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大地震後トルコで広がる外国人ヘイトと暴力――標的にされるシリア難民

六辻彰二国際政治学者
トルコ・ハタイでの救助活動(2023.2.14)(写真:ロイター/アフロ)
  • 大地震が発生した後、トルコでは略奪だけでなく「シリア人が犯人」と決めつける論調も広がっている。
  • シリア難民を毛嫌いする極右勢力のヘイトメッセージは、シリア人への暴行やリンチをも増やした。
  • この問題は以前からの政治対立を背景にしており、未曾有の災害に直面するトルコにとって大きな課題となっている。

 大災害に見舞われたときにマイノリティが「魔女狩り」の標的にされることは珍しくない。2月6日に大地震が発生した後、トルコで広がるシリア難民への憎悪と襲撃は、国際的な救助活動の妨げにもなりかねない。

救助活動を妨げる暴力

 トルコ南部ハタイに派遣されていたオーストリア軍とドイツの連邦技術支援隊は2月11日、被災地での救助活動を一時停止した。現地の治安悪化が理由だった。

 ハタイに限らずトルコ各地では援助物資や商業施設、さらに一般住宅などを狙った略奪が横行しているだけでなく、「盗っ人」へのリンチや拷問も相次いで報告されている

 TwitterをはじめSNSにはこうした動画が次々とアップされているが、「盗っ人」とみなされた者が群衆に暴行されて流血するなど、あまりに凄惨で生々しい映像が多く、次々と削除されるイタチごっこが続いている。

 トルコ政府は当初、略奪そのものを否定し、救助活動を一時停止したオーストリアやドイツを批判していた。

 しかし、略奪が数多く報告され、「政府が市民を保護できていない」という不満が噴出するなか、トルコ政府もこれを無視できなくなった。

 その結果、2月12日には略奪の容疑で64人を逮捕するなど、トルコ当局も取り締まりを強化している。

沸き起こるヘイト

 治安が悪化するなか、とりわけ「盗っ人」とみなされやすいのが、シリアやアフガニスタンからの難民だ。

 その一つの引き金になったのは、イスタンブール技術大学のO.A.エルジャン教授が2月8日、Twitter上で「シリア人が被災地の支配者になっている」と述べ、ハタイなどシリア難民の集中している土地が「国家安全保障の問題を引き起こしている」と主張したことだった。

 略奪にかかわり、暴行される者にはトルコ人も多く、エルジャン教授の主張は露骨なヘイトメッセージだが、6万以上の「いいね」がついただけでなく、今も削除されていない。

 こうして広がる反シリア感情により、今でもTwitterなどのSNSには「盗っ人のほとんどはシリア難民」といった書き込みが目立つだけでなく、「薬を持っていたら‘盗んだのだろう’と言われて集団で暴行された」「自分たちは盗っ人じゃない」といった、トルコに暮らすシリア人の叫びが溢れている。

大地震以前からの確執

 シリア難民に対するヘイトの拡散は、地震発生以前からの延長線上にある問題だ。

 2011年からの内戦を逃れたシリア難民は660万人以上とみられるが、そのうち360万人は隣国トルコが受け入れている

 2014年に大挙してヨーロッパにまで押し寄せたことで、シリア難民の問題は一躍関心を集めた。しかし、それはヨーロッパで外国人排斥を叫ぶ極右の台頭をそれまで以上に後押しした結果、ヨーロッパ各国は経済協力と引き換えにトルコにシリア難民の一部を移送した。

 これもあってトルコはシリア難民の最大の保護国になってきたのだ。

 ところが、トルコ政府は昨年、100万人以上の難民を強制的にシリアに送り返す方針を打ち出した。コロナ禍で経済が減速するなか、難民受け入れを見直すべきという声が強くなった結果だった。

 いわばもともと政治問題化していた難民の取り扱いが、大地震をきっかけに噴出したといえる。避難所になっていたモスクから追い出されたシリア人女性はイギリスメディアの取材に対して、「モスクはトルコ人優先だと言われた…彼らは私たちを憎んでいる」。

極右の取り締まり

 トルコ政府にとって、大地震への対応に加えて、沸き起こるシリア人へのヘイトは頭の痛い問題だ。

 トルコのエルドアン大統領はこれまで、少数民族クルド人を弾圧するなど強権的な統治を推し進めるのと並行して、トルコ・ナショナリズムを鼓舞してきた。その意味では大地震をきっかけに沸き起こる排外主義にも通じるところがある。

 その一方で、シリア人ヘイトを野放しにすれば欧米からの不興をこれまで以上に買うだけでなく、治安の悪化によって一般トルコ人の政権批判をも招きかねない。

 こうした背景のもと、エルドアン政権はトルコ・ナショナリズムを鼓舞しながらも極右の取り締まりに着手せざるを得なくなっている。

2月12日、トルコの検察当局は極右政党「勝利」党首であるU.ヨズダー議員に対する調査を開始した。確たる証拠もないままにシリア人を盗っ人と決めつける発言をしたことが問題視されたのだ。

 もともとヨズダーはヨーロッパ極右の影響を受け、それ以前からシリア難民を受け入れたエルドアン政権を批判する急先鋒として台頭していた。エルドアン政権がシリア難民の強制送還に着手したのは、ヨズダーら極右の台頭を受け、その支持者の政権批判を和らげるためだったと見られる。

 その意味で、大地震はエルドアン政権にとって、政敵を取り締まるきっかけになったともいえる。

 共通の苦難に直面しても争いが絶えないことはコロナ禍に直面した各国でみられた現象だ。大災害に見舞われた国でもそれは同じで、大地震の裏で広がるトルコの政争と憎悪はこれを象徴する。そのなかで最も苦しむのが、最底辺の人々であることもまた国を問わず同じといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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