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TVに映るウクライナ避難民はなぜ白人だけか――戦争の陰にある人種差別

六辻彰二国際政治学者
ポーランドのメディカでウクライナ避難民の周辺を警護する警官(2022.3.10)(写真:ロイター/アフロ)
  • ウクライナから逃れているのは白人ばかりでなく、アフリカや中東からの留学生や移民労働者も多く含まれる。
  • 白人の避難民はほぼノーチェックで隣国に逃れているが、有色人種はウクライナ側でもEU側でも差別的待遇に直面している。
  • シリア難民危機をきっかけに欧米でエスカレートした外国人嫌悪は、ウクライナ戦争で浮き彫りになっている。

 ウクライナで人道危機に直面しているのは白人ばかりではなく、むしろ有色人種ほど危険にさらされやすい。

「黒人だから国際列車に乗れない」

 民間人殺害や化学兵器使用疑惑など、日々報じられるウクライナをめぐる人道危機はエスカレートする兆候をみせている。

 しかし、そのなかで危機にさらされているのは「白人のウクライナ人」ばかりではない。むしろ、ウクライナ在住の有色人種や外国人、とりわけアフリカ系やムスリムは、場合によっては白人より高いリスクにさらされている。

 例えば、彼らはウクライナを離れることさえ難しい

 ロシア軍による侵攻が始まった直後の2月末から、ウクライナからの脱出を目指す人々が隣国ポーランドなどとの国境に押し寄せたが、白人のウクライナ人(軍務を課された成人男性を除く)が問題なく逃れられた一方、アフリカ系や中東系の多くは引き戻された。

 その多くは留学生や移民労働者だが、なかにはウクライナ市民権をもつ者も含まれるとみられる。ともあれ、SNSにはウクライナ兵が白人を優先して国際列車に乗せ、アフリカ系をはじめとする有色人種は力づくで押し戻されるシーンが溢れた。

 西アフリカ、ギニアからの留学生はフランス24の取材に対して、ウクライナ西部リビウの駅でウクライナ兵に押し戻されたと証言し、「白人は問題なく通過しているのに、黒人はダメだと兵士は言うんだ」と不満を口にした。こうした証言は無数にある。

「ここはサルのくる場所じゃない」

 ウクライナ政府は差別を否定しるが、アフリカ諸国からは批判が噴出している。アフリカ各国が加盟するアフリカ連合(AU)は2月28日、「アフリカ人に対する異なる対応は受け入れられず、国際法にも違反する」という声明を出した。

 以前にも取り上げたように、ウクライナ軍の主体ともいえるアゾフ連隊には、白人至上主義的な極右団体としての顔がある。その意味でウクライナ軍兵士の対応は首尾一貫したものとさえいえる。

 とはいえ、「ロシアの非人道性」を強調するウクライナ政府にとって、自らが人道問題で批判されるのは避けたいところだろう。そのため、アフリカ系をはじめ有色人種が少しずつウクライナを脱出できるようになったこともまた不思議ではない。

 しかし、それでもやはり差別的な対応はなくなっていない。4月初旬、ポーランドに逃れたコートジボワール人男性はリビウの駅で国際列車に乗るための行列にいたところ、兵士から「ここはサルのくる場所じゃない」と罵られたという。

ウクライナ人ファーストの闇

 ウクライナからの避難民の多くは、隣接するポーランドなどのEU加盟国に逃れている。一般市民の間では、ウクライナから逃れてきた避難民を人種に関係なく支援する動きも少なくない。また、EUはウクライナ避難民をその国籍にかかわらず自動的に保護することに合意している。

 しかし、実際にはEU加盟国の公的機関が差別的な対応をとることも珍しくない

 例えばポーランドでは、白人のウクライナ人はほぼ無条件に受け入れられる一方、それ以外の人々に関してはウクライナに合法的に滞在していたことや、安全上の理由などで自国に帰還できないことを証明しなければならず、手続きに時間がかかる。その結果、国境付近に数多くの有色人種の避難民が滞留する事態となっている。

 ポーランドになんとか入国できたコンゴ人女性は仏ル・モンドに、国境での検査で警官が黒人に対してだけ銃を突きつけて検問をしたと証言した。また、宿泊施設なども白人に優先的に割り当てられており、ウクライナで医学を学んでいたケニア人留学生は「彼らはウクライナ人ファーストだ」と米Voxに語っている。

 ポーランドの国連大使はこうした報道が不正確だと反論しているが、批判は各所からあがっている。ケニアの国連大使が「人種差別を強く非難する。それはこうした非常時における連帯を損なうものだ」と力説した他、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は「差別、暴力、人種主義」を強く非難している。

 ポーランド以外にも、ハンガリーやブルガリアなど東欧のEU加盟国では多かれ少なかれ似たような報告があがっている。

「ウクライナ人はあいつらとは違う」

 非常時には平時以上にマイノリティへの排他的感情が剥き出しになりやすい。コロナ禍をきっかけに欧米でアジア系ヘイトが広がり、同じく中国でアフリカ系への差別が噴出したことは記憶に新しい。

 ヨーロッパの場合、2015年からのシリア難民危機が反移民感情をそれまでになく高め、なかでもポーランドやハンガリーなどでは白人至上主義者が議会や政府の中核を占めている。ウクライナ避難民に対する差別的な対応は、これを背景としている。

 ブルガリアのペトコフ首相はウクライナ避難民を指して「彼らはこれまでの連中とは違う。彼らはヨーロッパ人で、知的で、教育がある。これまでのような、出自も過去もはっきりせず、テロリストでさえあるかもしれない者たちとは違う」と述べている。この露骨なまでの差別的発言は、これら各国の風潮を象徴する。

 もちろん、ウクライナから多くの人が避難せざるを得なくなった直接的な原因はロシアによる侵攻であり、さらに自国民を救出する航空機などを派遣できない(あるいはしない)中東やアフリカの各国にも原因はある。

 しかし、少なくとも先進国が人権や人道の先導者を自認するなら、避難民への差別的な待遇を許すべきではないだろう。

 そうでなければ、人権や人道をめぐるダブルスタンダードが際立ち、「ロシアの非人道性」を強調しても説得力が損なわれる。相手を選ばず殺傷することと、相手を選んで助けたり助けなかったりすることを比べれば、程度の差はあれ人道に反する点では同じだからだ。

 グローバル化した現代の「新冷戦」は、かつての冷戦時代より情報やイメージの力が大きく、軍事力や経済力だけでその勝者になることは難しい。しばしば「冷戦型」ともいわれるウクライナ戦争だが、その意味では現代的な戦争でもあるのだ。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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