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ウクライナ「義勇兵」を各国がスルーする理由――「自国民の安全」だけか?

六辻彰二国際政治学者
ウクライナのゼレンスキー大統領(2022.3.1)(写真:ロイター/アフロ)
  • ウクライナ政府は世界に向けて、ロシアと戦う「義勇兵」を募っているが、各国政府はこれに慎重な姿勢を崩さない。
  • ウクライナには2014年以降、すでに「義勇兵」が数多く集まっていたが、戦争犯罪や人種差別といった問題が指摘されてきた。
  • 各国政府には、「義勇兵」として実戦経験を積んだ者が帰国した場合、自国にとって逆にリスクになるという懸念があるとみられる。

 ウクライナ政府が「義勇兵」を呼びかけているのに対して、どの国の政府もうやむやの反応が目立つ。そこには「自国民の安全」という表向きの理由以外にも、「義勇兵」が逆に自国の安全を脅かしかねないことへの懸念がある。

「義勇兵」呼びかけへの警戒

 ロシアによる侵攻に対抗して、ウクライナ政府は外国から「義勇兵」をリクルートしている。ゼレンスキー大統領は「これは…民主主義に対する、基本的人権に対する…戦争の始まりである…世界を守るために戦おうという者は、誰でもウクライナにやってくることができる」と述べた。

 さらにウクライナ政府によると、「参加者には月額3,300ドルが支給される」。これに対して、欧米では退役軍人を中心に呼応する動きがあり、在日ウクライナ大使館にもすでに70人ほどの応募があったという。

 ところが、各国政府はロシアを強く非難し、ウクライナ支援を鮮明にしながらも、「義勇兵」には目立った反応をみせていない。日本政府も「理由にかかわらずウクライナに渡航しないこと」を求めている。

 そこに「自国民の安全」への配慮があるのは確かだ。また、たとえ非正規兵でも自国民がウクライナで戦闘にかかわれば、自国もロシアと交戦状態になりかねないという懸念もあるだろう。

 しかし、それ以外にも、先進国とりわけ欧米には「義勇兵」が自国の過激派の育成になりかねないことへの警戒があるとみられる。

ウクライナ北部のチェルノブイリにある石油貯蔵タンクから上がる黒煙。ウクライナ政府によるとロシア軍の攻撃によるもの。
ウクライナ北部のチェルノブイリにある石油貯蔵タンクから上がる黒煙。ウクライナ政府によるとロシア軍の攻撃によるもの。提供:Press service of the Ukrainian State Emergency Service/ロイター/アフロ

ウクライナに生まれた極右の巣窟

 なぜウクライナ「義勇兵」が欧米の過激派の育成になるのか。端的にいえば、これまでに「自由と民主主義のため」というより「白人世界を陰謀から守るため」ウクライナに集まる者が数多くいたからだ。

 「ウクライナもロシアも白人の国では?」と思われるかもしれないので、複雑な事情を多少なりともわかりやすくするため、以下では事実を箇条書きにして並べてみよう。

「義勇兵」はすでにいた

・2014年のクリミア危機をきっかけに、ウクライナでは祖国防衛を掲げる民兵がロシア軍と戦闘を重ねた。

・その代表格であるアゾフ連隊には、欧米各国から活動家が次々と加わり、その数は2015年段階で総勢1,400人にも及んだ。

・クリミア危機の後も、東部ドンバス地方ではロシアに支援される分離主義者とウクライナ側の戦闘が断続的に続き、アゾフなどはその最前線に立ってきた。

・そのなかでアゾフなどの民兵には、捕虜の虐殺といった戦争犯罪が指摘されてきた。

極右の「独立国」

・クリミア危機後、アゾフなど民兵はウクライナ国防軍に編入された。

・ところが、国防軍の一部となりながら、アゾフはナチスを賞賛する一方、人員のリクルートや訓練を独自に行なってきた。

・資金面でも、アゾフには仮想通貨などを用いた海外の白人至上主義者などからの献金が集まってきた。

・歴代のウクライナ政府は、ドンバスの分離主義者やロシアに対抗する必要から、アゾフの問題行動(後述)をほぼ黙認してきた。

・2020年に本部を訪問したアメリカのジャーナリストに対して、アゾフの広報責任者は「ここは国家のなかの小さな国家のようなものだ」と説明している。

ウクライナに集う差別主義者

・祖国防衛を掲げるアゾフなどウクライナ極右は、「ウクライナらしくないもの」を排除するため、LGBTやロマ(ジプシー)を迫害してきた。

・アゾフは「プーチンはユダヤ人だ」といった人種差別的なヘイトメッセージや陰謀論をSNSで拡散し、欧米の白人極右を惹きつけてきた。

・2019年2月にNZクライストチャーチでモスクを銃撃し、51人を殺害したブレントン・タラントも、事件前にウクライナ行きを希望していた。

・イギリスやカナダで「テロ組織」に指定されているアトムワーヘン分隊のメンバーもアゾフで訓練を受けている。

・ウクライナで活動する外国人は、2020年までに1万7,000人にのぼると推計された。

・なかにはシリアからウクライナへと戦場を渡り歩く、職業的傭兵と化した者もいる。

ウクライナ侵攻で高まる社会的認知

・アゾフはアメリカ国務省から「ナショナリストのヘイトグループ」と呼ばれ、Facebookなども「危険な組織」としてその投稿を規制してきた。

・ウクライナの現在のゼレンスキー政権は基本的に中道系で差別的ではないが、ドンバスの分離主義者やロシアに対抗する必要から、アゾフなど極右の活動を取り締まれなかった。

・これと並行して、欧米はアゾフに目立たないように軍事訓練を提供してきた。

・ロシアによるウクライナ侵攻が始まると、アゾフは国防軍の一部としてこれに対抗する一方、未成年や高齢者を含む民間人の訓練を行ない、総力戦を推し進める主体となっている。

・現在ウクライナには各国から義援金が寄せられているが、これに混じってアゾフもクラウドファンディングなどで募金を募っている。

義勇兵か、外国人戦闘員か、傭兵か

 「義勇兵」というとロマンティックな響きがあるかもしれないが、「外国人戦闘員」と呼びかえることもできる。

スペイン内戦中のゲルニカ空爆から70周年を迎えてバルセロナで開催された、ピカソの大作「ゲルニカ」の鑑賞会(2007.4.25)
スペイン内戦中のゲルニカ空爆から70周年を迎えてバルセロナで開催された、ピカソの大作「ゲルニカ」の鑑賞会(2007.4.25)写真:ロイター/アフロ

 なんと呼ぶにしても、外国人が自発的に集まった事例には、古典的なものとしては1936年からのスペイン内戦があり、最近のものでは2014年からのシリア内戦がある。そして、これらに集まった外国人の多くは、自分の国の現状に不満を抱いていた点で共通する

 スペイン内戦の「義勇兵」は、若き日の文豪ヘミングウェイが参加したことがあまりに有名で、ナチス支援のフランコ将軍に対抗した「自由の戦士」のイメージが強い。しかし、「義勇兵」で編成された国際旅団は、もともと当時のヨーロッパ各国で冷遇されていた共産党を中心に発足したもので、総勢約6万にも及んだメンバーには失業者なども多くいた。

 一方、シリア内戦では「イスラーム国」(IS)の「建国」宣言に合わせて世界中から約3万人が集まったが、最近の研究ではその多くが社会的孤立、貧困、差別といった問題を抱えていただけでなく、精神疾患や犯罪歴があったといわれる(彼らはISから給与を支給された)。

 もっとも、ISの外国人戦闘員とウクライナ「義勇兵」を同列に扱えば非難されることはわかりきっている。

 また、反体制派ISによるリクルートと、ウクライナ政府の呼びかけとでは、正当性が違うという主張もあり得る。

 高まる反ロシア感情によるこうした反感や批判を招きやすいからこそ、各国政府は「義勇兵」に正面から反対できない。

 ある国の政府が給与を支給して外国人に戦闘参加を呼びかけるのが正当かは疑わしく、それは国際法で禁じられる「傭兵」にあたる可能性があるが、こうした議論さえ現状ではできるはずもない。

第二のシリアになるか

 しかし、その危険性も認識しているからこそ、先進国の政府はウクライナの「義勇兵」リクルートを事実上スルーしているといえる。

 各国から「義勇兵」が集まれば、それがどんなイデオロギーの持ち主であれ、アゾフの勢力が増すウクライナ国防軍の指揮下に置かれる。それは結果的に、極右による多国籍の大軍団を生みかねない。

 ウクライナに集まる外国人の危険性については、以前からすでに多くの専門家が指摘してきた。それは現地の戦闘を激化させるだけでなく、国外にまで影響を及ぼしかねないからだ。

 欧米ではすでにイスラーム過激派によるものより、白人極右によるテロ事件の方が多くなっている。コロナ対策が厳しすぎると不満を募らせ、2020年にミシガン州知事の誘拐を試みたプラウド・ボーイズや、2021年に連邦議会議事堂を占拠したQ-Anon支持者をはじめ、現在の体制をひっくり返す「内戦」を主張する勢力も珍しくない。

 だからこそ、アメリカ政府は白人極右による「ドメスティック・テロリズム」を国家安全保障にとっての脅威と位置付けている。

 こうした状況下、ウクライナで「義勇兵」として軍事訓練を受け、戦闘に参加した白人極右が母国に戻れば、ドメスティック・テロリズムのリスクは格段に高まりかねない。それは「シリア帰り」の元ISが各地でテロ活動に走ったことを想起させる。

 そのため、ロシアによる侵攻の前から、欧米各国の政府はウクライナの外国人戦闘員に神経を尖らせてきた。今回の当事者の一角を占めるNATOも2017年の時点で、シリアとウクライナに共通する現象として外国人戦闘員を取り上げ、その安全保障上のリスクに関する調査・研究を行なってきた。

眼前の脅威、明日のリスク

 ところが、ロシアによる侵攻が始まると欧米ではウクライナの極右や外国人戦闘員に関するネガティブな論評は影を潜めた。

 ウクライナ侵攻をきっかけに、Facebook がアゾフを称賛する投稿を許容するようになったことは、こうした気運を象徴する。

 当然といえば当然で、眼前の脅威に対抗するため、それ以外と一時休戦することは珍しくない。それはちょうど、それまで共産主義への警戒感の強かったアメリカが、日独伊の枢軸国との戦争が始まるや、「民主主義とファシズムの戦い」の旗印のもとにソ連を招き入れたことと同じだ。

 とはいえ、第二次世界大戦以前、国際的に孤立していたソ連が大戦中に立場を強め、大戦後に成立したアメリカ主導の国連で常任理事国の座を得たように、どんな決着に至るかはともかく、ウクライナ侵攻が欧米でこれまでになく極右と外国人戦闘員の正当性と社会的認知を高める転機にもなり得る。

 眼前の脅威としてのロシアと、明日のリスクとしての極右テロ。先進各国の政府は両方を視野に入れざるを得ないのであり、「義勇兵」スルーはその象徴といえるだろう。

【追記】ゲルニカ空爆70周年展示会の写真のキャプションを一部修正しました。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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