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ウクライナ侵攻に落とし所はあるか――ロシアに撤退を促せる条件とは

六辻彰二国際政治学者
ウクライナ侵攻を報じるニューススクリーン(2022.2.24)(写真:ロイター/アフロ)
  • ロシア軍が開始した「特別軍事作戦」はウクライナへの軍事侵攻に他ならない。
  • これに対して先進国が取れる対抗策には限界がある。
  • ロシアを撤退に追い込めるとすれば、ウクライナでの戦闘が長期化した時とみられる。

 いよいよロシア軍がウクライナ全土に向けて攻撃を開始した。これを止めるための交渉が可能になるのは、戦闘が長期化した時しかないと見受けられる。

怒涛のウクライナ侵攻

 プーチン大統領は2月24日、ウクライナでの「特別軍事作戦」を宣言した。これと前後して、ウクライナ東部のドンバス地方にロシア軍が侵入しただけでなく、南部のオデッサなどには黒海から部隊が上陸し、首都キエフなどにもミサイル攻撃が始まったと報じられている。

 これに関してロシア政府は「ウクライナの‘軍事政権’による大量虐殺で、ロシア系人を含むウクライナ人が苦しめられている」として、「これは(自衛権を定めた)国連憲章第51条にのっとったものだ」と主張している。

 ロシア政府は「極右が強い影響力をもつウクライナ政府のもとでロシア系人が迫害されている」と言いたいのだろう。

 しかし、仮にそうだったとしても「大量虐殺」と呼べるかは別問題だ。さらに外国からの侵略に対する自衛権を認めた国連憲章第51条をどのように曲解しても、ウクライナ侵攻を正当化することはできない。

 もっとも、そうした大義名分にあまり意味がないことは、ロシア政府自身が一番よくわかっていることだろう

 基本的にロシアの目的は「欧米の影響力がウクライナに伸びないようにすること」にある。ウクライナのNATO加盟反対はその中心だが、欧米はこれに言を左右にして明確な返答をしてこなかった。

 ロシアが本気であることを欧米に認めさせる手段は多くない。だからその手段としてウクライナ侵攻を開始した、というのが問題の本質である。

 だとすると、この事態を収拾することは容易ではない。ロシア軍を停止させる手段がほとんどないからだ。

経済制裁の限界

 欧米や日本は、ロシアに対してすでに投資凍結、要人の資産凍結、ロシア国債の引き受け停止といった制裁に踏み切ってきた。

 しかし、その効果に大きな期待はできない。アメリカをはじめ各国はロシアとの取引を全面的に停止するとは言っておらず、軍用品やハイテク製品を除けば輸出規制も行われていない。

 また、金融機関同士の送金を暗号化して伝送するシステム(SWIFT)からロシアの銀行をシャットアウトする措置も取られているが、そもそもロシアの銀行の間では欧米主導のこのシステムの導入率が低い

 さらに、仮に欧米や日本がこれまで以上に経済取引を制限しても、ロシアの取引相手は先進国だけではない。折しもロシアの主力輸出品であるエネルギー食料は、今や歴史的な高騰を続けている。そのため、欧米や日本から資金が調達できなくなっても、それでロシアの財源がすぐに枯渇することは考えにくいのである。

 とすると、残る手段は二つしかない。「ウクライナを軍事的に支援する」か、「ウクライナをロシアに譲る」かだ。しかし、どちらもコストが高いことは疑いない。

NATOの存在意義

 ロシアが侵攻を開始したことで、NATOは存在意義を問われている。

 ウクライナはNATO加盟国ではないので、少なくともNATOにウクライナを防衛しなければならない法的義務はない。とはいえ、これまでの経緯から無視することもできない。

 2014年のクリミア危機をきっかけに、NATOは迅速に事態に対応する高度即応統合任務部隊(VJTF)を発足させた。VJTFは現在、2万人規模とみられている。今回、NATO関係者の間では「今こそVJTFが先鋒になるとき」という意見が強い。

 もっとも、VJTFが正面から動けば、それこそ第三次世界大戦に至る可能性すらある。そのため、決定の責任を負わなければならない加盟国政府とりわけアメリカは慎重にならざるを得ない。

 さらにコロナ禍で経済に大きなブレーキがかかっている今、民主主義国家ほど軍事予算の拡大には慎重である。

 NATOが動くかは予断を許さないものの、当事者であるウクライナもこの点には大きな期待を見せていない。

 ウクライナのクレーバ外相は世界に向けて、金融支援や人道支援、ロシアに対する制裁の強化、ロシアの孤立化などとともに、ウクライナへの武器支援を要請しているが、NATOの軍事協力そのものを求めていない。ここには「そこまで期待してもムダ」という割り切りを見出せる。

「ウクライナを譲る」のか

 とすると、欧米や日本には「ウクライナを譲る」しかなくなる。つまり、ロシアが求めてきた「ウクライナのNATO加盟が将来にわたってない」と確約することだ。

 あえていうなら、欧米や日本は、ロシアがそうであるほど、ウクライナに利益や必要性を見出していない。だから、衝突を回避するという意味では、ウクライナを引き渡すことは合理的なのかもしれない。

 しかし、それはNATOの屈服を意味するだけに、少なくとも今すぐにこれを受け入れることは、特にアメリカにとって簡単ではない

 この手詰まりを短期間に打開することは難しく、欧米や日本が有効な手立てを打てなければ、その間にロシア軍は首都キエフを含むウクライナ全土を掌握することも想定される。

ロシアとの交渉があり得る場合

 仮にロシアと何らかの落とし所を見つけられるとすれば、それは戦闘が長期化した場合とみられる。

 危機のエスカレートを受けて、ウクライナ政府はすでに軍隊を36万人にまで増強する方針を示しているが、ロシア軍は総勢90万人にも及ぶ。ウクライナの軍事予算はロシアの1/10ほどである。

 圧倒的な戦力差があることは間違いなく、ロシア軍が本気になればキエフを落とすことも時間の問題かもしれない。

 しかし、問題はその後である。

 ソ連時代からのロシアを唯一撃退したのは、アフガニスタンだった。1979年にソ連軍の侵攻を受けたアフガニスタンでは、航空機すらもたないゲリラ戦術が奏功し、1988年にソ連軍は撤退に追い込まれた。

 同様に、仮にキエフが占領されたとしても、ウクライナの抵抗で事態が泥沼化した場合、ロシアは現在の強気の姿勢を保ちにくくなる(ウクライナ政府は市民に武器を提供し、抗戦を呼びかけている)。

 そうなった時、欧米のいずれかの国が仲介することで、ロシアの「名誉ある撤退」と引き換えにウクライナのNATO加盟が将来的にもないと約束できれば、アメリカの体面もそれほど損なわれない。その間、原油価格が下落するなど、ロシア経済に打撃があれば、交渉はさらに進めやすいかもしれない。

 もっとも、それは長期に及ぶ戦闘が前提となる。その間、多くの人命が失われることも容易に想像される。それは「第三次世界大戦を起こさせない代償」というには大きすぎるかもしれない。

 これよりもっと犠牲が少なく、スムーズに解決できる策があるなら、そちらの方が余程いいことは間違いないが、少なくとも筆者には思いつかない。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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