• マザー・テレサが遺した救貧団体に対して、インド政府の政治的圧力が強まっている。
  • その背景には、「強者」である欧米の無意識の優越感への拒絶がある。
  • ただし、「強者に虐げられること」への拒絶は、結果的にさらなる弱者を虐げることにもなりかねない。

 貧者への奉仕活動で知られる故マザー・テレサの救貧院は、インド政府による締め付けに直面している。マザー・テレサの功績を否定する論調がインドで高まることからは、強者によって虐げられた者が自分より弱い立場の者を虐げる構図をうかがえる。

まるちゃんも憧れたマザー・テレサ

 今や国民的アニメである「ちびまる子ちゃん」の原作には、まるちゃんが偉い人に憧れる話がある。そのなかでエジソンやキュリー夫人とともに偉人の一人として取り上げられたのがマザー・テレサだった。

ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世とともに生誕地を訪問したマザー・テレサ(1986.2.3)
ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世とともに生誕地を訪問したマザー・テレサ(1986.2.3)写真:ロイター/アフロ

 東欧の旧ユーゴスラビア出身だったマザー・テレサは、ローマ・カトリック教会の修道女として1950年にインドの西ベンガル州で「神の愛の宣教者会」を設立した。その2年後には「死を待つ人の家」という名のホスピスを開設し、貧困の病人の介護やストリートチルドレンの養護などを行った。

 自分自身も貧しい身なりで救貧にあたるマザー・テレサの活動はメディアを通じて世界中に知られるようになり、1979年にはノーベル平和賞を受賞した。賞金の約19万ドルは新たな救貧院の設立に充てられたという。

 困っている人を助けるマザー・テレサに憧れたまるちゃんが、何も困っていないおじいちゃんに「何か困ったことない?」と尋ねて困らせたのは、この頃だった。

 1997年に逝去したマザー・テレサは2003年、没後6年という異例の早さでカトリック教会から「福者」に列せられた。

逆風にさらされる救貧院

 ところが、マザー・テレサの遺志を継いで救貧活動を続けてきた「宣教者会」は今、大きな逆風にさらされている。インド政府が12月27日、宗教団体としての認可申請を更新しないと発表したからだ。

 その理由は、「宣教者会」が海外から寄付を受けていることが法律違反というものだった。

 同日、西ベンガル州知事は「宣教者会」の銀行口座が凍結されたと明らかにし、「2万人以上の患者と職員が食料も薬もないまま放り出される」とインド政府を批判した。

 これに対して、インド政府は問題の口座に「敵対的な入金」があったと説明しているが、具体的には不明なままだ。

「宣教者会」の広報担当は「地元の支援があるので活動がすぐに滞ることはない」と強調しているが、海外からの献金が途絶えればいずれ活動が先細ることも懸念されるため、欧米メディアがこぞってこの問題を批判的に取り上げていることも不思議ではない。

‘聖女’への敵意

 なぜインド政府は「宣教者会」への締め付けを強めるのか。その大きな背景には、そもそもマザー・テレサを‘聖女’として扱うことへの拒絶がある。

 マザー・テレサに対しては、その生前から賞賛と同じくらい批判がつきまとった。当時、欧米のリベラル派からは「慈善は対処療法にすぎず、貧困を生み出す社会構造への批判がない」といった攻撃もあった。

 しかし、近年ではインド国内からの批判の方が目立つ。インド出身のジャーナリスト、クリティカ・ヴァラガーは2016年の論考「マザー・テレサは聖人ではなかった」で、改宗の強制疑惑、ハイチの独裁者から勲章を授与されたこと、質の悪い医療といった理由をあげてマザー・テレサが「慈善の金を第三世界に浪費した典型的な白人だった」と断定した。そのうえで、ローマ・カトリック教会とメディアが‘聖女’のイメージを作り出したことは「我々を助ける白人は特別な存在」と思わせることでインドの精神を傷つけたとも非難している。

 ヴァラガーの見解をここで詳しく検討する余裕はないが、熱帯地方に移り住んだ白人の没我的な慈善が白人世界から惜しみない賞賛を集める一方、現地からほとんど理解されないことは、他にもあったことだ。

 20世紀初めに西アフリカのガボンで宣教と現地人の治療に生涯を捧げたアルベルト・シュバイツアーは欧米で‘密林の聖者’と称えられたが、現地では変人とみなされやすかった。シュバイツアーが電気など文明の利器の使用を禁じたことがその一因で、ガボンの初代大統領は「シュバイツアー?あれは頭のおかしな、中気の老人だった」とこき下ろしている(伊藤正孝.1985.『アフリカ33景』.p52)。

精神的独立を目指すうねり

 こうした論調の背景には、「情け深い白人に導かれる無力な有色人種」という構図そのものへの拒絶がある。もっとも、こうした議論は彼ら/彼女らの自己犠牲を過小評価し過ぎる点で、逆に現地の受け止めを無視しがちな欧米の一般的論調とはネガポジの関係にあるといえるかもしれない。

 ともかく、ここでのポイントは、ヴァラガーのように「強者」である欧米の無意識の優越感を拒絶する議論が現代のインドで珍しくない、というより以前より高まっていることだ。

 途上国では経済成長や権利意識の向上とともに、欧米から精神的独立を目指すうねりがあるが、インドはとりわけそれが目立つ。「白こそ美しい」という暗黙の想定を含む美白クリームへの拒絶反応がいち早く生まれたのがインドだったことは、その象徴だ。

 だとすると、インド政府が海外からの献金を理由に「宣教者会」の口座凍結を命じたことは、「インドを虐げてきた」欧米の影響からぬけ出そうとするナショナリズムの高まりを反映したものといえる。

弱さを憎む弱者

 ただし、強者による差別や抑圧を拒絶することは、結果的には次の弱者を生むことにもなり得る。ナショナリズムの高まるインドでは、与党インド人民党(BJP)が「インド人=ヒンドゥー教徒」の図式を強調するのと比例して、少数派である異教徒への迫害が増加しているからだ。

 その主な標的はこれまで、人口の約14%を占める最大のマイノリティー、ムスリムだった。2017年、動物虐待防止を名目に、ヒンドゥーで神の使いと扱われる牛の輸送を禁じる法律が成立したことは、輸送業者の多くを占めるムスリムを狙い撃ちにしたもので、この年だけで10人以上のムスリム輸送業者がBJP支持のヒンドウー教徒のリンチで殺害された。

 さらに、2019年にインド議会が法律を改定し、2014年以前に流入したキリスト教徒やシーク教徒にはインド市民権が認められた一方、ムスリムはここから除外された。

 これに抗議するムスリムの座り込みをBJP支持者が襲撃し、これをきっかけに2020年2月にはデリーで大規模な暴動が発生した。この際、ほとんどの警官はムスリムに暴行を加えるヒンドゥー教徒を制止しようともしなかったと、インドの裁判所は認定している。

 インドではムスリムよりさらにマイノリティーであるキリスト教徒へのヘイトスピーチなども急増しており、「宣教者会」への締め付けはその延長線上にある。つまり、欧米という自分たちを虐げてきた強者を拒絶するインドの主流派は、自分たちのなかの弱者への敵意も明らかにしているのだ。

弱さの玉突き

 なぜ「強者への拒絶」が「さらなる弱者への攻撃」につながるのか。

 近年の世界ではヘイトが珍しくなくなっているが、その多くは「自分は政府や社会に虐げられている」という被害者意識に根ざしている。欧米の白人至上主義者の多くは、国策として移民が受け入れられた結果、自分たちの世界が侵食され、自分たちが不利益を被っていると考える。

 こうした被害者意識は、自分の権利への意識が強まるにつれ、増幅しやすくなっている。

 しかし、被害者意識による強者への拒絶が、そのより所として力への信仰を生んだ時、それは自分より力なき者に存在意義を見出さない思考に転換し、弱者へのマウンティングで自己肯定しやすくなる。

 多くの差別主義者が反エリート的、反権威的である一方、少数派の民族や宗教だけでなく女性、LGBT、障害者などを蔑視し、時に攻撃の対象にすることは、その現れである。ヒトラーがユダヤ人迫害を主導した時、これに率先して呼応した多くは富裕層ではなく、むしろ1929年の世界恐慌で落ちぶれた中間層だった。

 日本でも、特にイデオロギー的でもない普通の男性が、女性の権利を叫ぶフェミニストや生活保護受給者に尋常でないほどの敵意や軽蔑の念をみせることがあるが、これは「自分は常日頃から我慢を強いられている」という感覚があるからこそといえる。これはいわば「弱さの玉突き」と呼べるかもしれない。

 だとすれば、ヒンドゥー・ナショナリズムの高まるインドで「宣教者会」が締め付けられる状況は、世界中で広がる弱さの玉突きの一例に過ぎないともいえるだろう。