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バイデン政権が目指すアフリカの「失地回復」――アキレス腱は「人権」

六辻彰二国際政治学者
初のアフリカ歴訪でケニアに到着したブリンケン国務長官(2021.11.17)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • アメリカは中国包囲網の形成を念頭に、アフリカでの「失地回復」に本腰を入れている。
  • その方針は「人権や民主主義が定着している国に優先的に支援して連携すること」にある。
  • しかし、これは途上国の実態を踏まえないもので、価値観に過度に傾いた外交はむしろ中国を利する危険すらある。

 中国が勢力を広げてきたアフリカで、バイデン政権は「失地回復」を本格化させているが、その道のりは容易ではない。

「アメリカが帰ってきた」

 バイデン大統領と習近平国家主席のリモート会談が行われた直後の17日、アメリカのブリンケン国務長官は初めてとなるアフリカ歴訪をスタートさせた。ケニア、ナイジェリア、セネガルの3カ国訪問は、アメリカが「失地回復」を本格化させるものといえる。

 2000年代以降、アメリカはテロ対策と資源調達を中心にアフリカへのアプローチを強めた。

 しかし、「対テロ戦争」の厭戦ムードや2014年の資源価格の急落の後、そのアフリカ熱は急速に冷めた。さらに、「アメリカ第一」を叫ぶトランプ大統領が援助を減らしたうえ、ナイジェリアを「肥だめの国」と呼ぶなどの人種差別的な言動がアフリカとの関係をさらに冷却化させた。

 これに対して中国は、最近になってインフラ整備にブレーキをかけたものの、ワクチン外交でリードするだけでなく、対アフリカ貿易額でも他の追随を許さない。

 現代の米中対立は米ソが対立した冷戦時代と基本的に変わらないところがある。核兵器を突きつけ合う関係で、実際にはダメージの大きすぎる直接的な軍事衝突を避ける必要があるなか、勢力圏をいかに確保するかが勝負どころとなる

 この観点からすれば、トランプ政権時代にむしろ国際的に孤立し、ワクチン外交でも遅れをとったアメリカは、国連加盟国の約1/4を占めるアフリカでの陣取り合戦で、中国に後塵を拝してきたといえる。

陣取り合戦のカギは人権

 これを踏まえて、バイデン政権はすでにアフリカなど途上国を念頭に、クリーンエネルギー、農業・交通といった分野のインフラ建設、コロナ対策を含む保健・衛生支援などのため、約8000万ドルを拠出する方針を打ち出している。そのバイデン政権にとって、キーワードになるのが人権や民主主義だ

 戦略国際問題研究所(CSIS)でアフリカ研究を統括し、バイデン政権の国家安全保障会議(NSC)にも参加するジャッド・デバーモンド氏によると、人権や民主主義を重視することは、テロ対策や中国・ロシアへの対抗に役立つという。

 アフリカでは近年クーデタやテロが相次いで発生している。とりわけイスラーム過激派の勢力が広がる西アフリカでは、中国やロシアから軍事援助を増やす国も目立つ。

 この状況でデバーモント氏は、アフリカのなかでも人権や民主主義といった価値観が定着し、軍隊による人権侵害などを規制している国に優先的・集中的に援助を行なうことで、中ロの影響力に対抗できるだけでなく、政治に不満をもつテロ予備軍を抑え込めると主張する。

 中国包囲網を意識して民主的な国を優先的に支援するというコンセプトは、クリーンエネルギーを中心とするインフラ建設などその他の領域でも想定されている。

アキレス腱になる人権

 人権や民主主義を外交の柱にすることは、もともとこうした問題に熱心な民主党のリベラル派だけでなく、中国批判の核を占める共和党の保守派にも訴えやすいものだ。つまり、アメリカの国内世論向けにはいいかもしれない。

 とはいえ、そこには危うさもつきまとう。アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所のダリボル・ロハック研究員はボイス・オブ・アメリカの取材に「民主主義を重視すること自体はいいことだし、価値のあるものだろうが、中国に対抗するための幅広い関係を構築するなら、最高とはいえないかもしれない…民主的といえない国との協力も考えるべきだろう」と述べている。

 実際、アフリカに関していえば、欧米諸国の基準に照らして人権や民主主義に熱心といえない国の方が圧倒的に多いのが現実だ。

 例えば、今回ブリンケンがケニアやナイジェリアを訪問したことで、これらが一応「人権や民主主義で合格点にある国」とアメリカが認めたことになる。しかし、ケニアの選挙では各党の支持者同士の暴力的な衝突が慢性化していて、現職ケニヤッタ大統領自身も2007年大統領選挙での野党支持者の襲撃・虐殺を指揮した嫌疑で国際刑事裁判所(ICC)に召喚された経歴を持つ。

 また、ナイジェリア警察の対凶悪犯特殊部隊(SARS)は「テロ対策」や「暴動対策」の名の下に数多くの民間人を超法規的に殺傷しており、2017年から‘#EndSARS’ を掲げる抗議デモが頻繁に発生している。

 それでも今回ケニアやナイジェリアが訪問先に選ばれたのは、人権や民主主義に熱心だからというより、両国とも地域の大国で、しかも伝統的に欧米と悪い関係でなく、中国とやや距離があるという政治的な理由が大きい。

ご都合主義は中国を利する

 だとすると、人権や民主主義を必要以上に力説すればするほど、「関係のいい相手は人権や民主主義に熱心な国と認知する」アメリカのご都合主義も浮き彫りになる。外交に二枚舌は付き物とはいえ、それがあまりに露骨なら信頼やリーダーシップにかかわる。

 さらにいうなら、「民主化を支援することでテロを抑制しやすくなる」という考え方も単純すぎる。世界に冠たる民主主義国家を自認するアメリカで白人テロが横行しているように、独裁国家より民主主義国家の方がテロを抑え込めるという証拠はない。アメリカの後ろ盾で民主的な政府が発足したはずのアフガニスタンで、政府が汚職にまみれ、結果的に多くの国民の不興を買い、タリバンの活動をむしろ活発化させたことも記憶に新しい。

バイデン大統領と習近平国家主席のリモート会談(2021.11.16)
バイデン大統領と習近平国家主席のリモート会談(2021.11.16)写真:ロイター/アフロ

 「人権と民主主義を尊重する国が連携して中国包囲網を形成する」というコンセプトは、先進国の世論にとっては魅惑的かもしれない。先進国の大半の人々は、国連加盟国のほとんどを占める途上国のことなど、ほとんど関心を持っていないからだ。また、中国包囲網を形成するなら、外交戦略としても中国との差別化は必要だろう。

 しかし、あまりに価値観に傾いた外交は、テロ封じのパフォーマンスに疑問があるばかりか、そのご都合主義がかえって多くの途上国を糾合することを難しくする。実態を踏まえない外交戦略は、むしろ中国を利することにもなりかねないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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