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キリスト教会が放火され、牧師が殺害される――ミャンマー軍の四断戦術とは

六辻彰二国際政治学者
東京五輪の会場付近でミャンマー軍政に抗議するデモ隊(2021.7.26)(写真:ロイター/アフロ)
  • ミャンマーでは少数民族カチンが多い地域で、兵士によるキリスト教会への放火や聖職者の殺害が頻発している。
  • これはカチン人の武装勢力を孤立させるための、軍による意識的な殺害・破壊である。
  • しかし、この戦術はミャンマー軍に対する憎悪を募らせ、対立の悪循環を呼ぶものでもある。

 教会を破壊し、聖書を燃やし、牧師を殺害する。果てはその指を切り落とし、結婚指輪を奪う。2月のクーデタ以降、混迷を深めるミャンマーでは、反体制派への協力を防ぐため、軍が無関係の市民に恐怖を植え付ける戦術をエスカレートさせている。

ポーズにすぎない緊張緩和

 ミャンマー軍政は10月18日、抗議デモ参加者ら5000人以上の政治犯を釈放すると発表した。これは同日、東南アジア諸国連合(ASEAN)が来週からの首脳会合にミャンマーを招待しないと決定したことを受けてのものだった。

デモ参加者の釈放を喜ぶ人々(2021.10.18)
デモ参加者の釈放を喜ぶ人々(2021.10.18)写真:ロイター/アフロ

 しかし、ミャンマー軍政による「緊張緩和」のアピールは、ポーズにすぎないとみられる

 実際、ミャンマー軍は2023年8月まで権力を握り続けると発表しており、軍政を長期化させる構えをみせている。また、「汚職」などの容疑によるスー・チーの裁判も続いている。

 何よりミャンマー軍政による反体制派の狩り出しは熾烈を極めており、とりわけ北西部のチン州、カヤー州、カチン州などでは、無関係の市民さえ見境なしに虐殺される地獄絵図が展開している。

狙われるキリスト教会

 ミャンマー北西部では2月のクーデタ以降、キリスト教会が相次いで兵士に攻撃されてきた。9月には、チン州サントランの教会で兵士が火をかけ、牧師を銃殺したうえ、その指を切り落として結婚指輪を盗んだと報じられている。

 ミャンマーでは2月から8月までに1000人以上が兵士に殺害されたといわれる。また、人道的な危機は7万6000人ともいわれる避難民を生んでいる。そこにはキリスト教会関係者も数多く含まれるとみられるのである。

 10月14日、チン州リアルト村が襲撃され、教会を含む村中が兵士に焼き払われたという。クリスチャン・ポストの取材に教区の聖職者は「あっという間に全て失われた」と証言している。

 ミャンマー人口の90%以上は仏教徒で、キリスト教徒は6%にすぎない。なぜ、キリスト教会が襲撃されるのか。

自治を求める少数民族

 ミャンマー北西部に暮らす少数民族カチン人は、その多くがキリスト教徒で、かねてからミャンマー軍政と対立してきた。

 ミャンマー軍政は1980年代から少数民族を迫害し、その居住地域にビルマ人を移住させる「ビルマ化政策」を推し進めてきた。これを煽ってきたのは「ミャンマーは仏教徒の国」と叫ぶ仏教ナショナリストで、なかには異教徒へのヘイトスピーチを繰り返す「仏教のビン・ラディン」と呼ばれる過激派さえいる。

 こうした背景のもと、各地の少数民族の武装勢力はミャンマー軍としばしば衝突を繰り返してきていて、とりわけカチン人の自治を求めるカチン独立軍(KIA)は激しい戦闘を行なってきた。

 このKIAは現在、ミャンマー軍政と敵対する国民統一政府にとって重要なパートナーになっている

 クーデタに反対する国民統一政府は9月7日、ミャンマー軍政に対する「全面戦争」を宣言した。平和的手段に限界を感じ、武装闘争に舵を切った民主化勢力のなかには、KIAなどの軍事訓練を受ける者も増えている。

 それにつれてミャンマー軍も北西部での取り締まりを強化してきたのである。これに関して、ミャンマー軍は「教会はテロリストの拠点」と主張し、攻撃を正当化している。

ミャンマー軍の四断戦術

 民間人をあえて標的にする手法は「四断戦術(Four Cut)」と呼ばれ、ミャンマー軍の得意な戦術だ。これは神出鬼没に現れてヒット・アンド・アウェイを繰り返すゲリラ戦術に対抗するためのもので、武装勢力が周囲から支援を受けられないよう、情報、資金、食糧、補充兵を「断つ」ことを眼目とする

 ゲリラ戦を展開する武装組織を社会的に孤立させ、弱体化させるため、四断戦術では「武装勢力に協力的」とみなされる民間人を意識的に攻撃することで恐怖心を植え付け、武装組織に近づけないようにすることが重視される。そのため、カチン人のより所であり、多くの人が行き交うキリスト教会が意識的に標的にされてきたのである。

 また、北西部では兵士によるカチン女性のレイプも数多く報告されているが、これも四断戦術の一環だ。

 ミャンマー軍はこの四断戦術を1960年代から少数民族の取り締まりで用いてきたが、2008年に軍事政権が民政移管を発表した後は一時的になりを潜めた。しかし、ロヒンギャ危機が深刻化した2017年頃から、ミャンマー軍は四断戦術を再開したと見られている。

 その四断戦術が北西部でエスカレートすることは、ミャンマー軍がKIAと地元キリスト教徒の結びつきを弱め、ひいては民主化勢力の勢いを削ぐためのものといえるだろう。

 それは裏を返せば、ミャンマー軍がそれだけ民主化勢力や少数民族に脅威を感じていることの現れでもある。

 こうした人道危機が広がることに鑑みれば、ミャンマー軍の「緊張緩和」が対外的なポーズにすぎないことは明らかだ。そして、それはミャンマー軍への怨嗟をさらに広げるものでもあり、ミャンマー情勢は悪循環の一途をたどるとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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