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スポーツ界に迫るタリバンの影――アフガン女子アスリートの相次ぐ国外退避

六辻彰二国際政治学者
ポルトガルに逃れたアフガン女子サッカー・ユース代表(2021.9.30)(写真:ロイター/アフロ)
  • タリバン復権後のアフガニスタンからは、女子アスリートが相次いで国外に退避している。
  • 彼女たちの多くは殺害予告などを受けている。
  • ただし、女子スポーツをどう扱うかについては、タリバン内部にも温度差があるように見受けられる。

 タリバン復権の余波はスポーツ界にも及んでおり、アフガニスタンの各種競技の女子アスリートが集団での国外退避を余儀なくされている。

女子アスリートへの殺害予告

 イスラーム過激派タリバンが復権したことで、アフガニスタンでは女性が学校や職場に行くことに制限が加えられつつあるが、その影響はスポーツにも及んでいる。女性の社会参加を制限しようとする圧力が強まるなか、身の危険を感じる多くの女子アスリートが、相次いで国外に避難しているのだ

 例えば、サッカー女子の強化指定選手チームは10月11日、イギリスに受け入れられることが決まった。

 13歳から19歳までの強化指定選手35人は8月、コーチや家族とともに、タリバンが進撃を続けていたアフガニスタンを逃れ、隣国パキスタンに入国を認められた。しかし、ビザの期限切れが迫り、行き場を失いかけていた総勢約100人の集団に、イギリスに渡る道が開けたのである。

 この逃避行を支援したイギリスのROKiT財団のギル代表は英BBCのインタビューに「素晴らしい決定だ…彼女たちのうち7割は殺害予告を受けた経験がある」と話している。

「女性にスポーツは必要ない」

 念のために付け加えると、タリバン復権の以前から、アフガンの女子アスリートには保守的な勢力からの脅迫や嫌がらせが絶えなかった。しかし、タリバンが8月末に首都カブールを奪還したことで、こうした圧力はかつてなく強まった。

 その象徴は、タリバンの文化委員会のワシク副議長が9月初旬、豪SBSに今後アフガン女性がスポーツを「禁じられるだろう。なぜなら、女性がそれをする必要がないからだ」と述べたことだった。

 その理由として、ワシク副議長は「スポーツをすれば、顔や身体を覆わない状況も増える。イスラームは女性がそのようにすることを認めていない。…現代はさまざまな記録機材があり、多くの人がそれをみる…我々は女性がそれらをさらすことを認めない」と力説した。

 事実、1996年から2001年までタリバンが支配していた頃のアフガニスタンでは、こうした女子スポーツが全面的に禁じられていた。

 もともとイスラームで女性が頭部などを覆うことが求められるのは、「美しいものは隠さなければならない」という考え方による。イスラームの生まれた頃の7世紀のアラビア半島は戦乱が絶えず、女性の拉致・略奪は日常茶飯事だった。女性を人目に触れさせなくするのは、これを守るためだったのであり、当時の世界では類例をみないほど女性の安全に配慮した考え方だったといえる。

 女子アスリートの盗撮が各国で社会問題になっていることを考えれば、タリバンの考え方は一つの究極的な解決策なのかもしれない。

 しかし、それは競技に打ち込む女性・少女の意志や希望を無視するものだ。少なくとも、こうしたタリバンの姿勢が、多くの女子アスリートに国外退避を決断させたことは間違いない。

サッカー以外でも相次ぐ退避

 サウジアラビアなど多くのイスラーム諸国でも、基本的に女子アスリートの活動は制限されやすいが、アフガンほど強い抵抗が生まれることは珍しい。

 アフガンでは20年前の米軍による攻撃でタリバン政権が一度は崩壊し、その後はアメリカの肝いりで女性の社会参加が促されてきた。つまり、規制がいったん大幅に緩められ、それが再び180度転換したことが、規制が続いた場合より、拒絶反応を強くしたといえる。

 その結果、アフガン国外に退避したのはサッカー女子のユース強化指定選手だけではない。例えば、サッカー女子代表チームはオーストラリアに受け入れられている。

 その他、バレーボール自転車テコンドーなどの競技でも、女子アスリートが集団で各国に庇護されている。

 ただし、運よく海外に逃れられた女子アスリートばかりではない。例えば、クリケット女子代表チームは国際大会にも参加できないまま、今もアフガンから離れられないでいる。

白黒つけられない女子スポーツ

 とはいえ、アフガンにとどまらざるを得ない女子アスリートも、競技への道が完全に遮断されているわけではない。

 アフガン・クリケット協会のアジズラ・ファズリ議長は10月13日付けのアル・ジャズィーラで、「我々の宗教と文化を頭に入れなければならない。例えばサッカーのような競技をする場合、我が国では女性が他の国と同じように短パンを着用することはできない」と留保する一方、「タリバンは公式には女子スポーツを禁じていないし、女性がスポーツをすることを問題にしていない」とも述べている。

 ファズリ議長はタリバン復権の前からクリケット協会の議長を務めていて、イスラーム過激派とは無縁の立場だが、クリケットをはじめ女子スポーツの存続をタリバンに働きかけてきた。

 その立場から言葉を慎重に選ばざるを得ないことがうかがえるが、少なくともファズリ議長が指摘するように、これまでのところ「女子スポーツ禁止」はタリバン高官の発言にとどまり、公式に決定されたものではない(高官の発言が政府の公式方針と食い違うことがあるのは日本でも珍しくない)。

 そこには、海外からの反応とコアな支持者の間で揺れ動くタリバンの姿を見出せる。

 タリバン内部には海外との関係構築を優先させようとする派閥と、イスラームの価値観に忠実であろうとする派閥がある。どちらに大きく転んでも、タリバンそのものが内部分裂しかねない。だからこそ、「女子スポーツ禁止」を強調する高官がいても、公式には何も禁じられていないとみてよい。

 だとしても、それは女子アスリートにとって安心材料とはいえない。白黒が明白につかない間、女子アスリートの立場は宙ぶらりんであり続けるからだ。その間も、‘非公式の’脅迫は彼女たちを悩ませ続けるだろう。

 政治に翻弄されるアフガンの女子アスリートの苦難は、始まったばかりなのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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