• 西アフリカのギニアでは国民に広がる生活苦を背景にクーデタが発生した。
  • そのため、海外からの批判にもかかわらず、多くのギニア国民はこのクーデタを受け入れている。
  • 形式的な民主主義のもと国民の生活が守られない国が多いアフリカでは、ギニアのように危機を打開する手段としてクーデタに期待する状況が広がっている。

 アフリカでは経済停滞や感染症の拡大、食糧危機を背景に、クーデタが各地で発生している。

「高齢の大統領は休めばいい」

 西アフリカのギニアで9月5日、クーデタが発生し、アルファ・コンデ大統領が軍に拘束された。クーデタを率いたママディ・ドムボヤ大佐はかつてフランス外人部隊にも所属した歴戦の軍人だが、憲法の停止を宣言したうえで、新憲法のもとで新たな政権を発足させることを提案している。

 今年2月のミャンマーのケースでそうだったように、一般的にクーデタというと「民主主義の敵」「文民統治の危機」などネガティブなトーンで語られやすい。実際、国連だけでなくアメリカなど欧米諸国はクーデタを批判しており、周辺国もギニアの「西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)」加盟資格停止といった制裁を科すなど、反対の姿勢をみせている。

 おまけに、ミャンマー軍事政権を黙認する中国政府までギニアのクーデタを批判しているのが目を引く。

 ところが、ギニア国内の反応はおよそ海外と正反対だ。クーデタ部隊と大統領支持派の部隊との間で小さな衝突が発生したものの、大きな混乱はほとんどない。また、クーデタに反対する声もあるが、目立った抗議デモも発生していない。

 むしろ、権力を握ったドムボヤ大佐は群衆の歓声に迎えられて議会議事堂に入った。ある女性はドイツメディアの取材に「とっても幸せ。…彼(大統領)は休めばいい」と皮肉を込めて語り、83歳と高齢であるコンデの退場を喜んだ。

クーデタ・ドミノ

 ギニアの例は特別なものではない。西アフリカでは昨年以来、ドミノ倒しのようにクーデタが相次いでいるからだ。

 マリでは昨年8月、クーデタでケイタ大統領ら要人が拘束された。その後、周辺国の調停で暫定政権が発足したが、クーデタを率いたゴイタ大佐が今年6月、大統領に就任した。

 さらに、近隣のニジェールでも今年3月末、大統領官邸が軍の一部に襲撃された。ただし、2期目の就任式を目前に控えていたバズム大統領は無事で、政権転覆は未遂に終わった。

 そして、4月にはチャドで、1991年からこの国を支配してきた「独裁者」デビー大統領の死去にともない、デビーの息子マハマ・デビーが軍の支持で、議会の承認を経ないままに大統領に就任した。野党はこれを「憲法を無視した事実上のクーデタ」と呼んでいる。 

 ギニアの事例は、アフリカで昨年から4番目のクーデタなのである。

国民のためにならない経済成長

 このようにアフリカではクーデタが連鎖しているのだが、国によって事情はそれぞれ異なる。ギニアに限っていえば、少なくとも国内でクーデタに好意的な声が目立つのが大きな特徴だ

 なぜ多くのギニア国民はクーデタを支持するのか。そこには国民生活を覆う不安や危機を打開することへの期待がある。

 ギニアの昨年のGDP成長率は、アフリカ開発銀行によると5.2%だった。一昨年の5.6%からわずかに下がったが、コロナ禍に直面した世界にあっては、むしろ例外的に高い水準といえる。

 ただし、それはほとんどの国民には無縁の好景気だった。景気を支えたのは、輸出額の約半分を占めるボーキサイトだった。ボーキサイトはアルミニウムの原料で、その世界最大の輸出国がギニアなのだ。

 ところで、現代の資源採掘は高度に機械化されていて、あまり雇用を生まない。また、汚職の蔓延するアフリカでは、政府と海外企業の癒着によって利益が流出することも珍しくない。

 実際、ボーキサイト生産がいくら好調でも、ギニア国民の約55%は貧困層のままだ。好景気にともなう物価上昇は、多くの国民にとって、ただ生活苦が増える以外の意味をもたない。

 これに拍車をかけたのが、感染症の拡大だ。昨年来、コロナだけでなくエボラ出血熱(致死率はコロナよりはるかに高い)が蔓延し、ギニアでは物流や人流が滞っている。その結果、世界食糧計画によると、41万人以上が食糧不足に直面しており、これは全世帯の21%に相当する。

「民主派」の末路

 社会・経済的な危機はただでさえ政府への批判や不満を高めるが、ギニアではこれが怒りに変わった。危機の最中でもコンデ大統領は自分の権力を維持することに頭がいっぱいだったからだ。

 今回のクーデタで失脚したコンデは、もともと民主派として台頭した。1958年の独立以来、一党制や軍事政権によって統治されたギニアで、2010年に初めて行われた民主的選挙でコンデは当選したのだ。

 ところが、アフリカでは「政治家が民主的なのは権力を握るまで」というパターンが珍しくない。コンデも昨年、「大統領の任期は2期まで」という憲法の規定を強引に変更したうえで、3期目を目指して大統領選に立候補し、勝利したのである。

 もっとも、この勝利は反対派の抗議デモを力ずくで鎮圧し、数十人の死者を出しながらのものだった。コンデは国内の和解と融和を強調したが、その就任式は権力を永続化させようとするセレモニーに過ぎなかった

 国難ともいえる状況で、高齢の「独裁者」が権力の座にしがみつけば、多くの国民から失望されるのは当然だ。選挙で不正がまかり通り、平和的に政府を交代できないなら、なおさらだ。

 そのため、今回のクーデタに肯定的な見解は、ギニアの一般市民だけでなく、他のアフリカの国の専門家の間にもある。セネガル出身の政治学者イビラヒム・ケイン博士は、そもそもコンデ3選に疑問の余地が大きかっただけでなく、イエスマンに囲まれた高齢のコンデ大統領が現実とかけ離れた判断しかできなかったと指摘する。

 ちなみに、こうしたコンデ政権と癒着した国の筆頭が、ギニア産ボーキサイトの37%以上を輸入する中国だった。だとすれば、先述のように中国政府が「内政不干渉」の原則を放り出してまで、今回のクーデタを批判しているのは、いわば当然の成り行きともいえる。

ミイラとりはミイラになるか

 こうしてみた時、一般的にネガティブなイメージで語られやすいクーデタに、ギニアで「腐敗して無能な政府を倒す最後の手段」というポジティブな意味が見出されやすいのは不思議でない。そして、これはギニアに限った話ではない。

 経済の停滞、貧困の蔓延、食糧不足などへの危機感、そして危機に対応できない(しない)政府への不満、形式に過ぎない選挙への幻滅といった条件は、アフリカ各地で充満している。そうした国ではギニアと同じく、多くの人に「国家のためのクーデタ」を期待させやすくなる。

 もっとも、民主主義が万能でないのと同じく、軍事政権にも絶対はない。

 古来、軍事力で権力を握った者の多くは最終的に権力に溺れ、自分たちが倒した「独裁者」と同様の、あるいはそれ以上の「独裁者」になることも珍しくない。ミイラとりがミイラになる連鎖だけが続けば、経済停滞や食糧不足といった危機はさらに加速する。アフリカは今、さらなる混迷のふちに足を踏み入れているのかもしれない。