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ウガンダ選手の失踪は例外ではない――消えるアフリカ系アスリートたち

六辻彰二国際政治学者
(写真:アフロ)
  • ウガンダ選手の逃避行は偶発的なものではなく、アフリカ出身選手が国際大会で行方不明になる事件は近年多発している。
  • そこには国際大会への参加が貧しい国を離れるチャンスと見る見方がある。
  • ウガンダの場合、コロナ禍だけでなく、バッタの来襲や高齢の「独裁者」への絶望がこれに拍車をかけている。

 五輪出場予定だったウガンダ人の失踪で日本は大騒ぎになったが、アフリカ人アスリートが海外で行方不明になることは珍しくない。生活の苦しさから国際大会を「国を出る」またとないチャンスとみるアスリートは多く、ウガンダはそれが目立つ国の一つだ。

レアケースではない逃避行

 東京五輪に出場するため来日し、大阪の施設から行方不明になっていたウガンダ・チームのジュリアス・セチトレコ選手は20日、三重県内で保護され、翌日東京に移送された。

 今回の五輪では海外選手の移動は厳しく制限されており、パスポートもチームが管理していた。失踪する際、セチトレコ選手は「生活が大変な国を離れたい」というメモを残し、名古屋まで新幹線で移動して知り合いのウガンダ人と接触したとみられている。

 東京での取り調べに対して、本人は難民申請をしたい意向を示しているが、ウガンダ大使館は帰国させた。

 ただし、今回の事件は偶発的なものではない。日本では免疫がないかもしれないが、アフリカのアスリートが海外で行方不明になることは、今や多くの国際大会でみられるからだ。

消えるアスリートたち

 恐らくこれまでで最大規模のアスリート失踪事件は、2011年にサッカーの国際親善試合のためフランスのホテルに滞在していたセネガル代表チームが全員姿を消したことだろう。

 そこまででなくとも、例えば2012年のロンドン五輪では、海外チームの21人の選手やコーチが行方不明になった他、82人が難民申請をした。その多くはアフリカの貧困国出身者だったが、それ以外にも大会終了後のオーバーステイも多発している。

 五輪だけではない。2018年にオーストラリアで開催されたコモンウェルス・ゲームズ(イギリスおよびイギリスのかつての植民地をはじめとする各国で行われる総合競技大会)では、少なくとも11人のアスリートが失踪した。その内訳はカメルーン8人、ウガンダ2人、ルワンダ1人だった。

 この大会には、今回のセチトレコ選手も参加し、重量挙げで10位の成績を残していた。チームメイトの失踪は、彼を触発していたのかもしれない。

ウガンダの状況はそんなにひどいのか

 こうしてみたとき、失踪するアフリカ人アスリートのなかでもウガンダはとりわけ目立つ国の一つだ。多くのアスリートが逃れたがるほど、ウガンダの状況はひどいのか。

 実をいうと、ウガンダ経済はアフリカのなかでは「まし」な部類に入る。

 ウガンダはコーヒー豆の輸出を中心としてきたが、近年ではアフリカ大陸最大の湖、ビクトリア湖を活用した淡水真珠の養殖など、新規事業にも国家主導で取り組んできた。その成果もあり、世界銀行の統計によると、コロナ発生前の2019年には6.8%のGDP成長率を記録した。これは2014年の資源価格下落後、低迷するアフリカ平均(2.3%)と比べても悪くないパフォーマンスといえる。

 ただし、経済が全体的に成長していても、多くの人がその恩恵を受けられるかは話が別だ。ウガンダは貧困国の多いアフリカのなかでもとりわけ所得水準の低い国の一つで、一人当たりGDPは817ドル(2020)にとどまり、アフリカ平均の1,483ドル(2020)と比べてもずいぶん低い。そのうえ、人口の約20%が貧困層とみられる。

 つまり、ウガンダの景気はそれなりによかったが、多くの人の生活がそれに比例して改善されてきたとは言いにくい。

コロナ、バッタ、高齢の「独裁者」

 この生活状況をさらに悪化させているのが、コロナ禍による観光業などへのダメージと、東アフリカ一帯で昨年から猛威を奮ってきたサバクトビバッタの来襲だ。

 サバクトビバッタによる農作物被害は深刻化しており、ウガンダでは約30万人が食糧不足に陥っている。

 生活の悪化を受け、ウガンダでは児童労働も増えており、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチが今年5月に発表した報告書によると、コーヒー豆農園やサトウキビ畑で1日10時間以上働く子どもも珍しくないという。

 こうしたなか、政府への批判や不満は高まっているが、こうした声はむしろ押しつぶされてきた。今年1月に行われた大統領選挙では、野党の有力候補ボビー・ワインが「コロナ対策に違反して選挙活動を行なった」という名目で逮捕され、これに抗議する野党支持者に警官隊が発砲して死傷者を出す騒ぎとなった。さらに、投票日直前にはインターネットも遮断されるなど、あまりに偏った選挙運営にアメリカの監視団が活動を取りやめるほどだった

 この選挙戦で勝利を宣言した現職ヨウェリ・ムセベニ大統領は、これによって6期目を確実にした。1986年から権力を握り続け、今年77歳のムセベニは、アフリカ最長の「独裁者」の一人といえる。コロナとバッタという二重の国難にもかかわらず、高齢の「独裁者」がなりふり構わず権力の座にしがみつく姿に、多くの国民が幻滅したとしても不思議ではない。

 ただし、いくら現状に絶望したとしても、その日の生活にも事欠く貧困層には、国外に逃れる術がほとんどない。逆に、ムセベニ政権とよろしくやっている富裕層、あるいは医師免許や理系の博士号などを持ち、欧米諸国でも移住を受け入れられやすい人々は、何も日本で逃亡する必要がない。

 その意味で、今回のセチトレコ選手による逃避行は「中間の悲哀」を体現したものだったといえる。今回の東京五輪はとかく話題に事欠かないが、コロナ感染拡大防止の観点から選手団の移動を制限していたことは、結果的に逃亡を図るアスリートを制限する効果を強めたということはできるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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