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中国に近づく白人極右――コロナで強権化するハンガリーの「独裁者」

六辻彰二国際政治学者
新年の演説を行うオルバン首相(2020.1.9)(写真:ロイター/アフロ)
  • 白人至上主義的なヨーロッパ極右のなかで、ハンガリーのオルバン首相は珍しく中国との関係を重視する
  • そこにはフランスやドイツが主流を占めるEUへの反感と、コロナを機にEUの影響力がハンガリーに増すことへの警戒がある
  • オルバン首相のもとでハンガリーは中国にとってヨーロッパにおける拠点になりつつある

 移民排斥などを叫ぶヨーロッパ極右のなかにあって、ハンガリーのオルバン首相は親中派であることを隠さず、そのもとでハンガリーは中国の「一帯一路」がヨーロッパを貫く起点になり得る。

「中国との友情は不変」

 ハンガリーのオルバン首相は10月2日、中国の建国記念日に習近平国家主席に親書を送り、「国際環境が変わっても両国の友情は不変」、「コロナ禍との戦いは両国の友情を証明する」とメッセージを送り、中国との親密な関係を強調した。

 日本では知名度が高くないものの、オルバン首相は移民排斥を叫ぶヨーロッパ極右の代表格の1人だ。2010年に就任してからは、選挙の際に野党に関して公共メディアで報じさせないようにするなどしてきたため、対立する立場からは「独裁者」とも呼ばれる。

 極右首相のもと、ハンガリーでは移民への差別や暴行が増えている。2015年のハンガリーメディアの世論調査では4人に1人が「‘政治的な暴力’はやむを得ない」と回答したが、この風潮はコロナ禍でエスカレートしている。

 ところが、オルバン首相はそれを抑えるどころか、「コロナは外国人が原因」と述べ、アジア系などへの差別や暴行を非難することは、ほとんどない。

 この白人至上主義的なオルバン首相が中国との親密さをアピールしていることは、一見奇異に映るが、ご都合主義を常とするポピュリストとしては不思議ではない。

「不都合な事実」をなかったことにするために

 フランスやドイツの極右は一般的に、外国人排除を叫ぶ延長線で中国への反感が強い(もっとも、日本人も特に好意的にみられているわけではないが)。その一方で、既存のエスタブリッシュメントに実権を握られる拒絶反応から、反EU感情が強い点でも共通する。

 ただし、ハンガリー極右は移民排斥や反EUを掲げていても、それが反中国に結びつかない点で特異である

 ハンガリーではこれまでに確認されたコロナ感染者や死者は、イタリアやスペイン、フランスなどと比べて必ずしも多くない。しかし、経済に関していえば、ハンガリーはヨーロッパでも特に悪化が目立つ国の一つで、IMFは今年のGDP成長率を‐6.1%と見込んでいる。これは中・東欧平均の‐5.8%よりさらに低い。

 そのため、ハンガリーは4月にEUから約10億ユーロ(1230億円以上)の資金協力を受けているが、こうした援助はイタリア、ドイツ、フランスの各国向けに次ぐ規模だ。これら各国に比べて、ハンガリーの経済規模ははるかに小さい。

 つまり、コロナをきっかけにオルバン首相は、これまで批判し続けたEUへの依存を深めたことになる。これはオルバン首相にとって「不都合な事実」だ。だとすると、EU以外の大きな勢力と関係を深めることは、EUからの影響力を相殺する一つの手段となる。

これまでの布石

 もっとも、オルバン首相はコロナ以前からすでに中国へのアプローチを強めていた。

 例えば、2017年に北京で開催された「一帯一路」会議にオルバン首相は、ロシアのプーチン大統領らとともに出席している。その際、オルバンは「中国が目指す新たなグローバル化の取り組みに参画できることを誇りに思う」とさえ述べている。

 「一帯一路」会議に閣僚レベルを参加させる国は、イタリアなど他のEU加盟国でもあるが、首脳クラスの参加は極めて珍しい。これだけでも、習近平国家首席はさぞご満悦だったことだろう。

 反EUを掲げるヨーロッパ極右は、その多くがアメリカへの接近を図ってきた。しかし、彼らにとってトランプ大統領は、方針やスタンスでは近いものの、「頼れるスポンサー」ではない。在日米軍の駐留経費の問題に象徴されるように、「アメリカ第一」のトランプ大統領は海外パートナーの支援には消極的だからだ。

 その結果、コロナ蔓延のなかでもハンガリーと中国はセルビアのベオグラードとハンガリーのブタペストを結ぶ高速鉄道の建設に合意した。この事業のための中国の投資は総額40億ユーロに上る。

 中国との正面衝突を回避する政府を批判していればいいフランスやドイツの極右と異なり、オルバン首相の場合、曲がりなりにも政権を握っている以上、リップサービスだけのトランプ大統領に全面的につき合ってはいられない。まして、アメリカ大統領選挙で劣勢が報じられている状況では、なおさらだ。

 中国接近はそのなかで生まれた方針といえるが、これは結果的にハンガリーがヨーロッパにおける中国の拠点になる公算を大きくしているのだ。

コロナをテコとする強権化

 こうした背景のもと、中国からの支援を受けるなかで、オルバン首相はこれまで以上に強権化しつつある

 ハンガリー議会は3月、コロナ対策を理由に緊急事態を宣言したが、ここでは期限が明記されなかった。緊急事態宣言は政府の権限を限りなく強めるため、1カ月など期限を設けることが一般的だ。

 期限が明記されなかったことにEUやアメリカから懸念の声があがったことを受け、議会は6月末に緊急事態宣言の終結を可決した。しかし、それと同時に今度は、政府が議会の承認なしに緊急事態を宣言できる法案が可決されたため、オルバン首相が権力を独占する状態がいつ復活してもおかしくない。

 この状況のもと、5月には、政府や国営メディアが発信する内容に反するコロナ情報を伝えることが禁じられた。これにより、政府に批判的な民間ジャーナリストには懲役刑が科されかねない状況にある。

 中国政府は3月半ば以降、「コロナ封じ込めの成果」を強調し、約90カ国に向けてマスクなどを提供するなど、コロナ危機をテコに中国の影響力拡大を図ってきた。そのなかで、武漢などで行われた強権的な封鎖なども勧めてきたといわれる。オルバン首相の権力独占はいわば中国のコロナ外交の一つの縮図ともいえる。

 親中的な白人至上主義者という特異な立場はこうして生まれたのであり、オルバン首相のもとでハンガリーは中国の「一帯一路」がヨーロッパを貫く突破口になり得るのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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