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グレタ現象の影で「消された」黒人活動家――環境保護における人種差別

六辻彰二国際政治学者
ダボス会議に合わせてスイスに集まった各国の環境活動家(2020.1.24)(写真:ロイター/アフロ)
  • 相次いで発生する差別問題は、一部の公務員の問題というより、社会全体の風潮の反映である
  • 政治家などの差別的な発言を厳しく批判するマスメディアもそれは例外ではない
  • 「途上国は環境保護にあまり熱心でない」という差別的な言説が広がった責任の一端は先進国のメディアにある

 一般によく聞かれる「先進国は環境保護に熱心だが、途上国はそうではない」という言説には先進国側の思い込みという側面がある。ある黒人女性活動家に対する差別は、これを浮き彫りにしている。

白人だけの集合写真

 5月にミネソタ州で発生した白人警官による黒人暴行致死事件で高まったBlack Lives Matterのうねりは、ウィスコンシン州ケノーシャで8月23日、カリフォルニア州ロスアンゼルスで9月1日に立て続けに発生した白人警官による黒人銃殺事件で、さらに高まっている。

 ただし、こうした公権力による差別は社会全体の風潮をある程度反映したもので、警官だけがとりわけ差別的ともいえない。その象徴ともいえるのが、アメリカのAP通信が1月に掲載した写真だった。

 この写真は、世界経済フォーラム(ダボス会議)のためにスイスに集まっていた、世界各国の若い女性活動家を写したものだった。その中心にはスウェーデンのグレタ・トゥンベリさんの姿があった。

 ところが、写真に写っていたのは4人だったが、実際には女性活動家は5人いた。本来、画面左端に写っていたはずのバネッサ・ナカテ氏が掲載された写真から外されていたのだ。

 23歳のバネッサ氏はアフリカの小国ウガンダ出身だ。彼女が「消された」結果、掲載された写真に残ったのは白人ばかりになった。

 これはいかにも「環境保護に熱心なのは欧米(白人)だけ」、「途上国(有色人種)は環境保護の重要性を理解していない」というイメージになった

「一つの大陸を消した」

 もちろん、どの写真を掲載するかの決定権はAP側にあるだろう。

 しかし、記者やカメラマンの要請で並んでもらった被写体に対して、この掲載された写真が無礼なこともまた確かだ。そして、今の時代、これが「差別的」と言われても文句は言えない。

 そのため、バネッサ氏本人だけでなく、他の4人からも批判の声があがったことは当然だろう。このうち、グレタさんは「全く受け入れられない」とツイートし、SNS上では彼女たちへの支持が沸き起こった。

 その結果、APは写真を5人のものに差し替え、さらには最高経営責任者が謝罪に追い込まれた。

 APはアメリカを代表する通信社で、常日頃は他のアメリカ主要メディアとともに、トランプ大統領の差別的な言動を厳しく批判する。そうであるだけに、この一件は根深い白人中心の意識を浮き彫りにしたといえる。

途上国に環境保護を求める人はいない?

 ただし、この写真が問題なのは、ただバネッサ氏個人への差別というだけではない。

 もう一つの理由として、APはバネッサ氏を「消した」ことで、まるで途上国には環境保護を求める人々がいないかのように扱い、ひいては途上国における環境問題の深刻さを過小評価したことになるのだ。

 この写真に関しては、「実際に欧米は環境保護をリードしていて、途上国はそうでないのだから、問題にされた写真のイメージは実態とかけ離れたものではない」という異論もあるかもしれない。

 実際、国家レベルの政策で言えば、欧米はこの分野で先進的だ。そして、経済成長を優先させたい途上国の政府が、温暖化対策などグローバルな取り組みに消極的なことも否定できない。

 しかし、民間レベルでいえば、バネッサ氏を含めて、途上国で環境保護を求める人は決して少なくない。

 ところが、それが表に出ることは多くない。途上国でも森林破壊や砂漠化といった問題は深刻化しているが、環境保護を求める声が押さえ込まれやすいからだ。

 英クィーンズランド大学のナタリー・バット教授らによると、2002年から2017年までの間に、世界50カ国以上で少なくとも1558人が環境保護をめぐって殺害された。この人数は2001年からアフガニスタンとイラクで殺害されたアメリカ兵の約半数に相当し、そのほとんどが途上国でのものだった。

 こうした「環境殺人」の多くでは、農地開発や鉱山開発、ダム建設などのために森林伐採、山河の造成が行われることに反対する運動の中心にいた活動家や先住民が狙われた。事件のほとんどが、事業を行なう企業や、事業を認可した政府などと結びついた反社会勢力、あるいは「警備会社」という名の傭兵によるものとみられている。

 2016年に中米ホンジュラスで、著名な女性環境活動家ベルタ・カセレス氏が殺害された事件で、同国屈指の建設企業デサロージョ・エナゲティコ社(DESA)の経営責任者が首謀者として逮捕されたことは、その典型だ。

 たとえ生命が脅かされなくとも、環境保護を求める者が「経済成長、国家発展を妨げる者」、「国家の敵」とみなされ、警察や軍の監視対象にされることも珍しくない。

 先進国でも、グレタさんに対する人格攻撃のように、目立てばパッシングされることがある。しかし、活動家の生命や安全が脅かされることは滅多にないだろう。

 だが、途上国では話が違う。殺害されたり、当局に弾圧されたりするリスクが途上国で環境運動を表面化しにくくしているのであり、バネッサ氏のように世界の表舞台に立つことには相当の覚悟が必要だ。

 だとすると、白人しか写っていないAPの写真は、少なくとも結果的に、途上国でリスクを背負って環境保護に取り組む人々を黙殺したことになる。その意味で、バネッサ氏がツイッター上で「あなたたち(AP)はただ写真を消しただけじゃない。一つの大陸(アフリカ)を消した」と抗議したことは不思議ではない。

途上国の環境破壊を大目にみる構造

 そればかりか、APはバネッサ氏を「消した」ことで、その意図にかかわらず、彼女に代表される途上国の環境活動家の多くが、経済成長を優先させがちな自国の政府だけでなく、富裕な国の政府や企業に対しても批判的なことを覆い隠したことにもなる。

 途上国の環境破壊には、海外の政府や企業がかかわるものが少なくない。

 例えば、先述のホンジュラスの事件の場合、発端となったダム開発事業には、中国企業だけでなくドイツ、オランダ、フィンランドなど欧米各国の政府も出資していた。また、この事業の発注主であるホンジュラス政府の後ろ盾はアメリカ政府だ。

 それ以外にも、例えば温暖化対策のなかで注目されるリチウムイオン電池の生産に欠かせないコバルトは、約56%がアフリカのコンゴ民主共和国で産出されているが、森林を切り開き、河川を汚染させ、子どもまで1日10時間以上働かせて経営される鉱山からコバルトを買い付けているのは、やはり富裕な国の企業だ。

 これらの問題の根本原因に、腐敗した途上国の政府があることは言うまでもない。しかし、先進国が利益を見出す場合、途上国が厳しい環境対策をとらないことは大目にみられやすいこともまた確かだ。

 本来ならメディアには、こうした闇に光を当てる役割が求められるはずだ。

 ところが、APの写真は「意識高い系の先進国とそうでない途上国」という紋切り型のイメージを再生産することによって、途上国の活動家が糾弾する闇を隠蔽するイメージ操作にさえなりかねない。

 APがうかつにも吐露した差別意識は、途上国の環境破壊をめぐる先進国の関心の低さだけでなく、構造化された差別のあり方をも浮き彫りにしたといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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