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アメリカ極右はなぜ黒人デモを支持するか――コロナがとりもつ意外な関係

六辻彰二国際政治学者
ワシントンにあるリンカーン記念堂での抗議活動(2020.6.10)(写真:ロイター/アフロ)
  • 黒人男性の死亡をきっかけに広がった抗議デモには、「人種差別反対」のために暴力も辞さない極左だけでなく、これと対立する極右の一部も合流している
  • イデオロギー的に対立することの多い両者は、「権力による個人の抑圧」への反対で一致している
  • これに加えて、デモの広がりには貧困などへの不満やコロナの影響もうかがえ、再選を目指すトランプ氏にとって最大の試練となり得る

 各地で広がる黒人デモには、あらゆる差別に反対する過激な極左だけでなく、常日頃はこれと敵対することの多い極右の一部も合流している。一見、水と油の両者には、コロナをきっかけに接点が生まれたからだ。

「人種差別反対」に協力する極右

 黒人男性ジョージ・フロイド氏が白人警官に暴行され、その後死亡した事件をめぐり、人種差別に反対する抗議デモは、全米だけでなく世界各地に広がっている。

 そのなかでアメリカでは暴行、掠奪、放火などもエスカレート。アメリカ全土で6月8日までに1万人以上が逮捕された。

 アメリカの調査報道機関センター・フォー・パブリック・インテグリティのCEOで、自らも黒人であるスーザン・スミス・リチャードソン氏は、「人種差別反対」に便乗した暴力の横行の背景に、貧困や格差への不満、さらにはコロナにともなう生活苦があると指摘する。だとすると、今回の抗議デモはアメリカの様々な不満が合流して広がったものであり、その矛先に政府の責任者であるトランプ大統領がいても不思議ではない。

 そのトランプ大統領は、極左アンティファがデモを扇動していると断定し、「テロ行為」と批判を強めている。実際、アンディファはあらゆる差別に反対するだけでなく暴力的な活動も目立ち、今回の抗議デモでもその関与はしばしば報告されている。

 しかし、デモに合流するのは、トランプ政権に批判的な極左だけではない。むしろ、本来トランプ政権の支持基盤であるはずの極右の一部も、抗議デモに参加しているのだ。

ブーガルーとは何か

 アメリカのほとんどの極右は白人至上主義の影響が強く、今回の抗議デモに反対のデモを行う者も少なくない。

 しかし、ブーガルー(Boogaloo)と呼ばれる極右の一派は、むしろ今回の抗議デモへの支持を表明している。

 ブーガルーとはもともと1960年代にニューヨークなどで流行したラテン系音楽を指す。しかし、当局の監視をかいくぐりながら活動する極右が、自分たちの集まりを指す隠語として用いるなかで、この語は定着した。

 思想集団としてのブーガルーには、多くの極右勢力で広くみられる白人至上主義的な主張やキリスト教福音主義の影響があまりない。その一方で、他の極右にも増して政府の権威を否定し、法律などによる権利の制限に反対する傾向が強い

 銃規制にも反対で、黒人デモを支持して集まったブーガルーのメンバーには、ライフルなどの銃器をこれ見よがしに所持している者が少なくない。

 ブーガルーはいわばアメリカ開拓時代からの「自由放任」を重視し、政府の権限を極小化するべきと唱えるリバーダリアンの一派といえる。

なぜ黒人デモを支持するか

 そのブーガルーが黒人デモを支持する背景として、コロナの影響があげられる。

 コロナが蔓延した3月以降、アメリカ全土でロックタウンが広がるなか、これに反対する抗議デモも各地で増加。その多くはロックタウンで働く機会を失った人々によるものだったが、そのなかには「権利の制限」に反対するブーガルーなど極右の姿も多く確認された

 多くの州や市でロックタウンは緩和されつつあるが、現在でもブーガルーはこれに抗議を続けている。

 そのなかで、白人警官による暴行をきっかけに発生した黒人デモにブーガルーが呼応したのは、「政治権力によって個人の権利が踏みにじられることの拒絶」への共感があるからといえる。イデオロギーを超えた連携は、こうして生まれたのだ。

イデオロギーを超えたうねり

 もっとも、大規模な政治変動の歴史をひも解けば、こうしたイデオロギーを超えた連携は珍しくない。一般的に信じられているのとは違って、政府への異議申し立ての引き金はイデオロギーよりむしろ生活上の不満であることが多いからだ

 実際、フランスで一昨年の暮れから断続的に続く、燃料費の引き上げや年金改革に反対する抗議デモ、イエローベスト運動は極右と極左を飲み込んだものだ。また、2011年に中東で広がった政治変動「アラブの春」は、多くの国で民主化を求める勢力やイスラーム主義者など幅広い勢力を巻き込んでいた。

 さらに時代をさかのぼれば、フランス革命やロシア革命も、決して一枚岩の勢力によってではなく、時の権力者に不満を覚えた様々な政治的立場の勢力によって実現した。20世期を代表する政治哲学者の一人、ハンナ・アレントはフランス革命以来の多くの革命において、貧困や不正などに「激怒する人々」が主導権を握った結果、政治的イデオロギーが重要でなくなったことを見出している。

「…(フランス)革命はその方向を変え、もはや自由が革命の目的ではなくなった。すなわち、革命はその目的を人民の幸福(筆者註:つまり生活上の満足感)におくようになっていたのである。…種々の革命が一般的にフランス革命の影響下におかれ、特に社会問題の支配の下に立たさせることになったのは明らかである」

出典:『革命について』、92-93ページ。

トランプ大統領にとっての試練

 トランプ大統領は、こうした歴史や学術的考察には興味がないかもしれない。

 しかし、それでもブーガルーが極左アンティファと足並みを揃えることは、トランプ大統領にとって大きな問題だ。それがアメリカ市民の間にイデオロギーを超えて生活や政治のあり方に不満が募っていることを象徴するだけでなく、極右の多くがトランプ大統領にとっての支持基盤であるからだ。

 ブーガルーはアメリカの極右全体を代表するわけではない。しかし、それでもブーガルーがそこにいる以上、トランプ氏お得意のレッテルばり、つまり「抗議デモ=悪あるいは反米」といったシンプルなイメージ化もしにくい。

 だからこそ、トランプ大統領はピンポイントでアンティファを批判するわけだが、抗議デモが拡大し、長期化すればするほど、11月に大統領選挙を控えたトランプ氏にとって不利な条件になり得る。少なくとも、これまで分断を煽ってきたトランプ氏にとって、今回のデモが最大の試練になることは間違いないだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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