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コロナの余波「食品値上がり」――世界的な買いだめと売り惜しみの悪循環

六辻彰二国際政治学者
東京都内のスーパー(2020.3.27)(写真:ロイター/アフロ)
  • コロナへの不安から買いだめが広がるなか、世界全体で食品の価格が上昇し始めている
  • 食糧輸出国のなかに輸出を制限する国が増えていることは、これに拍車をかけている
  • この事態に不安を感じてこれまで以上に買いだめに走る消費者が増えれば、その先にはアリ地獄がある

 コロナへの不安にかられて「そんなに本当に食べるのか」というくらい食品を買い込むことは、まわりまわって世界全体の食糧事情を悪化させかねない。

世界的な食品値上がりの予兆

 東京都中央卸売市場では3月から4月にかけて、ハクサイやホウレン草などの値段が2.1倍上昇した。外出を自粛し、自宅で炊事する人が増えたからとみられる。

 一方、入国規制の強化で、技能実習生をはじめ外国人労働者に頼る農家では人手不足も深刻だ。

 緊急事態宣言が7都府県から全国に拡大したことで、この傾向は当面さらに強まるとみてよい。ただし、残念ながらこれすら入り口に過ぎない可能性もある。

 食品価格は海外でも値上がりしていて、食糧自給率60%の日本は遅かれ早かれその影響を受けざるを得ないからだ

 例えば、中国では3月末の4日間で大豆の先物価格が5%上昇。中国は世界最大の大豆輸入国だ。また、ロックタウンが広がった4月上旬、アメリカでは小麦価格が8%、コメが25%上昇した。主要穀物の値上がりは、その他の食品にも波及しかねない。

買い占めが呼ぶ価格上昇

 なぜ食品価格が世界的に値上がりするか。その背景としては、まず食品の買いだめがあげられる

 日本だけでなく、欧米でも3月頃からパニック買いが広がった。その結果、例えばアメリカでは3月、食品需要が40%増加したといわれる。

 それだけでなく、食品関連企業などの一時閉鎖も深刻だ。米紙ニューヨーク・タイムズは従業員に感染者が出て一時閉鎖を余儀なくされた、アメリカ屈指の食肉メーカー、スミスフィールズ・フーズの経営者の「我が社の一時閉鎖はアメリカの食肉供給を致命的なほど危険に追いやるもの」というコメントを紹介している。

 その結果、食品が手に入らない事態も発生している。コロナ感染者がアメリカに次いで多いイタリアでは、とりわけ所得水準の低い南部で食糧を買えない人が増え、3月末に政府は食品の割引券(バウチャー)の導入を発表している。

 こうした状況を受け、国ぐるみで買いだめに向かうケースもある。中国は年間消費を賄えるだけの小麦とコメを備蓄する方針を示している。

輸出規制の広がり

 ただし、食品が値上がりしているとはいえ、世界全体で食糧が足りないわけではない。

 アメリカ農務省によると、例えば小麦とコメの場合、世界全体の生産量は約12億6000万トンで、これは年間消費量を上回り、在庫はおよそ4億694万トンにのぼる。つまり、少なくとも現状では、世界全体の食糧生産は地球人口を養うのに十分といえる。

 それにもかかわらず、食品価格が世界的に上昇し始めているのは、需要が高まっている一方、輸出する側で規制が広がっているからだ

 例えば、世界第1位の小麦輸出国であるロシアでは4月2日、小麦や大麦などの輸出をそれぞれ700万トンまでに制限する政令が発令された。これは昨年の5分の1以下の水準だ。

 ロシア政府はこれを「国内市場をまかなうため」と説明している。国内の価格上昇を抑えるためというのだ。そのため、輸出規制の期間は6月末あるいはコロナ収束までとされている。

 こうした措置はロシア以外でもみられ、カザフスタン、ウクライナ、エジプト、ベトナム、インドなどがすでに食糧の輸出を制限している。

 その結果、例えば全土がロックダウンされたインドでは、行き場を失ったイチゴを乳牛に与えるといったことも増えている。

「食品を売らない」選択はなぜか

 「このタイミングで食糧輸出を制限するなんて火事場ドロボーみたいじゃないか」という意見もあるかもしれない。

 また、ロシアの場合、頼みの綱だった原油の価格が下落するなかで、国際的な発言力を確保するため食糧を武器にしている側面も見逃せない。

 ただし、輸出国の売り惜しみは豊かな国の買い占めに対する一種の自衛ともいえる。買った食品が本当に消費されるかさえ疑わしい外国のパニック買いのために、自国の食糧は譲れないからだ。

 実際、豊かな国に食糧が必要以上に集まる構図は、コロナ蔓延以前からあったものだ。食糧が規制なく売買され、購買力のある国に(食品ロスが出るほど)流れてきたことは、地球人口を養えるだけの食糧生産量があるにもかかわらず、飢餓が蔓延していたことの一因である。

 その結果、1845年のアイルランドや1973年のエチオピアのように、大飢饉が発生している国から食糧が輸出されることさえ珍しくない。コロナはこうした人間社会の矛盾を改めて浮き彫りにしたといえる。

 とはいえ、国際的な取引が減れば、食品価格は上がりやすく、それが輸入する側の食卓に影響を及ぼすことは確かだ。そのしわ寄せを最も喰うのは所得の低い人々であるため、WHOだけでなく国連も食糧輸出の規制に懸念を示している。

状況次第で長期化する恐れ

 その一方で、事態を楽観する意見もある。コロナが収束すれば寸断されていたサプライチェーンは回復されるはずで、そうなれば影響は一時的なもので済む、というのだ。

 その方が筆者もありがたい。しかし、この目算には落とし穴がある。

 「世界恐慌後の1930年代以来最悪の景気低迷」ともいわれるなか、株式市場の低迷が長期化すれば、投資家が農産物や資源の市場に資金を移しやすくなる。それは食品価格を実態以上に引き上げる効果をもつ。これはリーマンショックの後にもみられたことだ。

 つまり、コロナが収束してもすぐに食糧価格が下がるとは断定できない。

 この不安感が先行すれば、結局パニック買いに拍車がかかることになり、世界はこのアリ地獄に陥るかどうかの瀬戸際にあるといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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