Yahoo!ニュース

2020年、ハイカカオチョコは値上がりするか――カカオ攻防最前線

六辻彰二国際政治学者
コートジボワールのカカオ農家(2017.4.24)(写真:ロイター/アフロ)
  • 取り引き企業との合意に基づき、大生産国コートジボワールとガーナがカカオ豆の価格を引き上げたことで、チョコレート市場は大きな影響を受けることを避けられない
  • この値上げはカカオ農家の貧困対策が大きな目的である
  • しかし、多くの企業はもともとこの合意に消極的なため、生産国との間で、その後もカカオをめぐるつばぜり合いは続いている

 この数年は「カカオ●%」など濃厚なチョコレート、いわゆるハイカカオが目立ち、クリスマスケーキもその例外ではないが、来年はこのトレンドが変化するかもしれない。カカオ豆の価格が上がったからだ

カカオ豆の値上げ

 世界のカカオ豆の約60%はコートジボワールとガーナで生産されている。どちらも西アフリカの貧困国で、カカオ輸出が重要な収入源の一つになっている。

 この両国は6月、カカオ豆の最低価格を1トンあたり2600ドルにすることを食品メーカーや流通業者と合意した。

 この価格体系は2020年10月から出荷されるものに適用される。

 これは大幅な引き上げだ。2017年初頭に1トンあたり1998ドルだったカカオ豆の取り引き額は、その後徐々に上昇していたが、それでもこの取り決め直前の5月には2315ドルだった。

 もちろん、コートジボワールやガーナ以外にもインドネシアなどカカオ輸出国は他にもある。しかし、これらで生産量を急に増やすことは難しい。

 そのため、この2カ国での価格引き上げは1400億ドル規模ともいわれる世界全体のチョコレート市場に大きな影響を与える。

なぜ値上げするのか

 今回の合意はカカオ農家の利益を確保するためのものだ。

 チョコレート生産にかかわる大手食品メーカーや農産物商社は、カカオ農家に対して強い交渉力をもつ。これが一因となって、チョコレート需要が伸びて取り引きが活発になっても、カカオ農家の所得は低いままだ

 例えばガーナの場合、カカオ農家は農村人口の約6割にあたる80万人にのぼるが、1日の1人あたりの収入は0.4〜0.45ドルに過ぎない。

 今回の実質的な価格引き上げは農家の収入を増やすためのもので、これと前後して1トンあたり400ドルを農家の利益として保障する仕組みも導入されている。

骨抜きになる改革

 ただし、これら一連の改革が実際にカカオ農家の利益になるかは不透明だ。

 まず、食品メーカーなどはカカオ豆の買い上げそのものを控え始めているロイターによると、6月からの一連の改革の後、10月までにコートジボワールとガーナで買われたカカオ豆は約15万トンで、これは昨年の同じ時期の45万トンと比べて大幅に減少した。

 これは企業にとっては合理的な決定かもしれないが、生産者からみれば「角を矯めて牛を殺す」になりかねない。

 そのうえ、1トンあたり400ドルの価格保障の規定が現場で守られるとは限らない。価格保障の導入後、食品メーカーなどはその支払いを渋っているといわれる。

 ジャパン・タイムズによると、コートジボワールでは10月までに買い上げられたカカオ豆のうち、全体の10%しか価格保障が適用されなかった

 取り決めがあっても守られにくいのは、食品メーカーなどが農家に対してもともと持っている優越的な立場によるといえる。

 コートジボワールやガーナが「カカオ農家の貧困解消」を掲げる一連の改革を求めた際、食品メーカーなどはこれに応じざるを得なかった。エシカル消費(倫理的な消費)の意識が高い欧米世論の監視と圧力のもと、「アフリカの農家を買い叩く企業」とみなされるのを避ける必要があったからだ

 しかし、実質的なコスト増には応じたくない。その結果、強い交渉力を背景に、企業が価格保障の取り決めに従わないことも珍しくないのだ。

交渉手段としてのエシカル消費

 これに業を煮やしたコートジボワールとガーナは10月、攻勢に出た。国内で操業する食品メーカーや農産物商社に、これまでより社会貢献に力を入れるよう求めることを示唆したのだ。

 人手が頼りのカカオ産業はもともと児童労働の温床として知られる。また、カカオ栽培の拡大は熱帯林の破壊を加速させてきた。

 これらに加担しているとして、グローバルな食品メーカーはしばしば欧米の人権団体などから糾弾されてきた経緯がある。

 そのため、現代では各社が企業の社会的責任(CSR)の一環として、児童労働の根絶や自然保護のための資金を「自発的に」供給している。例えば、アメリカの巨大食品メーカーMARSは、カカオ農家の生活改善、農村開発、環境保護などに10年間で10億ドル投資する計画だ。

 コートジボワールとガーナがその見直しについて言及したことは、企業の取り組みを法律で義務化することなどを想定していたといえる。

グローバル企業と貧困国の静かな闘い

 しかし、その後、コートジボワールとガーナは企業自身による取り組みを暫定的に認める、とトーンダウンさせた。

 両国にとって海外企業を追い詰めすぎることにはリスクがある。購入量をさらに減らされれば、元も子もない。

 そのうえ、汚職の蔓延するアフリカの政府には、海外企業と癒着して、さまざまなことを大目にみる公務員も珍しくない。そのため、海外企業を締め上げすぎることには内部にも抵抗がある。

 これらの背景から一旦アクセルを緩めたものの、それでも両国政府は共同声明で価格保障と社会保障を「両立できる」と強調し、チョコレート産業を持続可能にするため協議を続けると力説している。

 こうして、先進国の世論を頼みにしたアフリカの小国と海外企業のつばぜり合いは、今後も続くとみられる。

チョコレートから世界を考える

 このような対立でイメージが悪化するのを避けるため、さらにチョコレート価格を据え置くため、食品メーカーなどが今後カカオの含有量を減らし、ミルクなどの含有量を増やした商品に力を入れることも想像される。

 これは最終的には先進国の消費者にもかかわってくる話だ。

 カカオ豆の値上げに複雑な思いもあるかもしれない。しかし、これまでが安すぎたとするなら、カカオ豆の値上げは我々のライフスタイルを見直すきっかけにもなる。安いものには理由があるのだから。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

六辻彰二の最近の記事