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「香港に自由を」と叫ぶ前に――「中国だから」の批判は人権尊重ではない

六辻彰二国際政治学者
香港の金融街セントラルでのデモ参加者(2019.11.14)(写真:ロイター/アフロ)
  • 日本ではそれ以外の国の問題をほぼスルーしながら、中国など特定の国に対してだけ人権を説くことが少なくない
  • こうしたダブルスタンダードは「普遍的価値として」人権を尊重していることにならず、説得力に欠ける
  • ダブルスタンダードを小さくしながら人権問題に取り組めるかが日本にとっての課題である

 「香港に自由を」「中国政府は人権を守るべき」という声は日本国内でもよく聞く。しかし、ただ中国を批判するためにそれを言うなら、嫌中感情を満足させるために人権を利用しているに過ぎない。

「香港に自由を」への違和感

 先日、新宿駅西口にいたところ、街宣車が「香港に自由を」「中国政府は人権を尊重しろ」と連呼するシーンに遭遇した。

 こうした論調は保守系を中心にメディアで珍しくない。その代表ともいえる産経新聞は香港問題に関して「日本は人権を守る側に立て」という社説を掲載。その主張の明確さは主要紙のなかでも群を抜く。

 デモを力づくで排除するべきではない、という趣旨に異論はない。

 ただし、それがただ「嫌中」を吐き出しているだけなら賛同できない。もし「中国だから」という理由でデモ鎮圧を批判するなら、人権を尊重することにならないからだ。

人権問題は中国だけではない

 人権とは読んで字のごとしで「人間の権利」であり、国籍や民族、性別などの属性にかかわらず守られるべきものである。

 したがって、人権尊重を強調するなら、相手がどの国かは問題でないはずだ。そうでなければ「普遍的な価値観として」人権を尊重していることにはならない。

 ところが、中国(および北朝鮮)以外の国が、同じように批判されるとは限らない

 例えば、イラクではこの数カ月間、やはり反政府デモが続き、治安部隊などの発砲ですでに300人以上の死者が出ている。しかし、例えば、香港デモに関して他のメディア以上に「人権を守れ」と力説する産経新聞は、イラクに関しては「国際社会の懸念が高まっている」と通信社の記事を掲載するにとどまっている。

ミャンマーへの物分かりの良さ

 同じことは、70万人以上の難民を出したロヒンギャ問題を抱えるミャンマーに関してもいえる。

 ミャンマー軍はロヒンギャ迫害の当事者とみられ、アウン・サン・スー・チー氏率いる政府はこれを制止できていない。深刻な人権侵害に対して、欧米諸国や国連はミャンマー政府やスー・チー氏への批判を強めている。

 ところが、日本ではこれと温度差が見受けられる。先ほどからの比較を念頭に産経新聞をみると、「人権問題だけでミャンマーをみるべきではなく、投資などを通じて関係改善に向けた努力をすべき」と論じている。

 ここで重要なのは、香港に関してとそれ以外で論調のギャップがあまりに大きいことだ。

人権の政治利用とは

 相手によって態度を変えることをダブルスタンダードと呼ぶ。ダブルスタンダードは「無原則で恣意的」、つまりご都合主義を意味する

 ご都合主義が信頼を損なうのは、個人も国家も同じだ。

 欧米諸国は冷戦終結後、世界各国に対して人権尊重や民主化を求めてきた。ヨソに求める以上、自らを律しなければ説得力がない。そのため、報道の自由ランキングフリーダム・ハウス・スコア人間自由指数など、人権状況を判定する主な評価で、ほとんどの欧米諸国は上位を占める(ちなみに、どの評価でも日本は先進国中で最下位レベル)。

 もっとも、その欧米でさえダブルスタンダードと無縁ではない。例えば、アメリカ政府は敵対するイランやシリアの人権問題を厳しく批判するが、軍事的、経済的パートナーであるサウジアラビアエジプトに関しては沈黙しがちだ。

ダブルスタンダードは信頼を損なう

 こうしたダブルスタンダードは、国際政治の冷徹さからすると当然ともいえる。

 ただし、それがあまり激しければ、いわれる側から「人権の政治利用」に不信感が強くなっても不思議ではない。

 ところで、欧米と対照的に、中国が相手国に人権尊重や民主化を求めることは、ほぼ皆無だ(できるはずもないが)。内政不干渉、主権尊重が中国の大義だからだが、欧米にダブルスタンダードが目立つことは、結果的に中国を利することにもなってきた。

 例えば、アフリカで中国が大規模な投資や援助を通じて急速に勢力を広げたことは、西側でもよく知られている。しかし、欧米のダブルスタンダードへの不信感が、「面倒なことをいわない」中国にアフリカを接近させた一因であることは、西側ではあまり語られない

欧米と同じ轍を踏むか

 元来、日本政府や保守派は内政不干渉を強調してきた。国連人権理事会が日本の表現の自由に懸念を示した際、これに最も強く反発したのは菅官房長官と産経新聞だった。

 内政不干渉を強調する点では、中国政府も同じだ。ミャンマーの事例に象徴されるように、内政不干渉を強調することは結果的に、深刻な人道危機を過小評価することにもなりかねない。

 その一方で、中国と異なり、日本では政府や保守派メディアほど意識的でなかったとしても、相手を選んで人権尊重を説く傾向がある。そのうえ、日本の場合、欧米ほど人権尊重に熱心といいにくい(国内のヘイトスピーチ規制や性的少数者の権利保護の遅れなどを含む)以上、ご都合主義は欧米よりさらに際立つことになる。

 念のために言えば、中国政府を擁護する気はないし、その義理もない。香港デモの根本要因である若者の不満を、中国政府は汲みあげるべきだろう。

 そのなかで日本が目指すべきは、欧米の二番煎じにもならない形で人権の旗を振ることではなく、ダブルスタンダードをできるだけ小さくすることを念頭に、人権や人道の確保に向かう道を模索することだろう。相手によって態度を変えたり、自らを棚に上げたりする者の言い分が、説得力をもって響くことはないのだから。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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