「世界最悪の独裁者」ムガベの死――アフリカの矛盾を体現したその一生

ジンバブエのムガベ前大統領(資料、2008年8月)(写真:REX/アフロ)

  • ジンバブエのムガベ前大統領は在任中「世界最悪の独裁者」とも呼ばれたが、そのきっかけは白人の土地を補償なしに徴収したことだった
  • この問題は植民地時代に端を発するもので、補償なしの徴収はごく一握りの白人が土地の大半を所有するいびつな構造を暴いた
  • その一方で、ムガベは意図的に人種を政治的に利用した点で、現代のポピュリストの先駆けともいえる

 ジンバブエのロバート・ムガベ前大統領の一生は、アフリカが抱える矛盾を体現したようなものだったといえる。ただし、彼が死亡したことで、アフリカの矛盾が解消されるわけではない。

「世界最悪の独裁者」の死

 9月6日、アフリカ南部のジンバブエを37年間にわたって支配したムガベ前大統領が死亡した。アメリカなどで「世界最悪の独裁者」とも呼ばれたムガベの95年の生涯には、アフリカが抱える矛盾が凝縮されていた。

 ムガベが「世界最悪の独裁者」と呼ばれるようになったきっかけは、1990年代末に始まった白人財産の補償なしの徴収にあった。

 19世紀にイギリス人が多数入植したこの土地には、その後も白人が多く暮らしているが、人口でわずか1%に過ぎない彼らは耕作可能地の約40%を所有するなど、ジンバブエ経済を握り続けてきた。

 ムガベによる白人財産の没収は黒人への分配を名目にしたものだったが、これが私有財産の侵害にあたることは確かだ。

 その一方で、歴史のある一時期の征服・開拓の恩恵をその子孫が享受し続ける状況は、白人大土地所有者が珍しくないアメリカやオーストラリアをはじめ、各地でみられるものだ。ムガベの行動は確かに人権侵害かもしれないが、それと同時に現代にまで続く歴史的な不公正を暴くものでもあった。

 近代以降の欧米諸国の闇を白日の下にさらしたからこそ、ムガベは「世界最悪の独裁者」として欧米諸国で嫌われたといえる

黒人運動のリーダーとして

 とはいえ、欧米諸国がムガベと対立したのは白人の土地問題が初めてではなく、その因縁は1960年代にまでさかのぼる。

 ムガベは当時ローデシアと呼ばれたこの地で、白人支配に抵抗する独立運動のリーダーとして頭角を現した。当時の白人政権は日本を含む西側諸国から正当な政府とみなされ、これに抵抗するムガベらは「テロリスト」と目された。

 その黒人の抵抗運動を支援したのが、東西冷戦のもと「反帝国主義」を掲げるソ連や中国だった。なかでも中国は当時、国際的な足場を求めてアフリカ進出を進めるなか、ローデシアの反政府勢力への支援を惜しまなかった。

 「白人の植民地支配に苦しむ黒人を支援する」ことは、共産圏にとって絶好の宣伝材料だったともいえるが、この関係はジンバブエが2000年代以降、中国のアフリカ進出の一つの拠点になる土台となった。

 ともあれ、ローデシアでの内戦は最終的に、白人の財産の保護と引き換えに黒人にも政治的な権利を認めることで両者が合意して1979年に終結。翌1980年、ジンバブエと国名を改めたのである。

 その立役者となったムガベは、白人によって支配される黒人の代表としてアフリカで広く認知された。そのため、先述のように1990年代末からの白人財産の没収にも、アフリカのなかでは一定の理解がある

人種対立の扇動

 ただし、ムガベが体現したのは「欧米諸国がアフリカに残した矛盾」だけではない。ムガベは「黒人の正義」を振りかざしながら、自分やその支持者のみに利益を還元する矛盾を自ら演じてもきた

 先述した白人の土地財産の没収は、「人種間の所得格差の是正」を名目とした。しかし、徴収された土地のなかには、ムガベ自身やその家族、政権幹部の名義になったものも少なくなかった。また、黒人に分配されたものも、その大半がショナ人に優先的に配分された。ジンバブエで最大の人口を抱える民族ショナ人は、ムガベの出身母体で、その支持母体でもある。

 つまり、「黒人の利益」を謳った土地改革は、結局ムガベとその取り巻きによって私物化されたといえる。

 それでもジンバブエ国外からも少なくないムガベ支持の声があったことは、アフリカに根強い白人への反感をムガベが政治的な手段として利用した結果といえる。

 アメリカ政府から批判されたことを受けて、ムガベはジャマイカ系のコリン・パウエル米国務長官(当時)を(黒人奴隷トムの半生を描いたストウの小説の主人公)「アンクル・トム」と呼び、やはりアフリカ系のコンドリーザ・ライス国務長官(当時)を「白人の主人の奴隷」と呼んだ。

 こうした侮蔑的で挑発的な言葉をあえて投げつけることで、人種を政治的に利用し、敵を作りながらも味方を作る手法は、現在の白人至上主義者にも近い。

ムガベ後も矛盾はなくならない

 このようにムガベは様々な面でアフリカの矛盾を体現してきたといえるが、それは彼のパーソナリティが特異だったからというより、アフリカという土壌が生んだものといえる。そのため、ムガベがこの世を去っても、アフリカの矛盾は消えない。

 ムガベの後を受けたムナンガグワ大統領は、ムガベほど攻撃的なレトリックを用いないが、基本的にはムガベ路線を継承している。そのため、「黒人の正義」を振りかざしながらも特定の人間だけが利益を得る構図は、基本的にそのままだ。

 また、かつてはムガベなどごく一部にすぎなかった人種の政治利用は、欧米諸国をはじめ世界中に広がりつつあるが、アフリカも例外ではなく、例えば南アフリカでは経済停滞で社会的な不満が大きくなるにつれ、ジンバブエと同様に白人の土地の強制徴収を求める黒人の声も大きくなっている。

 ムガベの死は一つの時代の終わりを告げるとしても、アフリカの苦悩は今後も続くといえるだろう。