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本物のバニラアイスを滅多に食べられない理由――知られざるバニラ戦争

六辻彰二国際政治学者
(写真:アフロ)
  • バニラビーンズの取引価格は銀の価格より高くなっている
  • その背景には世界的なオーガニックブームや中国などでの需要増加とともに、主な供給地マダガスカルでのハリケーン被害などがある
  • バニラ・ブームによってマダガスカルでは好景気に沸く一方、奪い合いが激化している

 夏に向けてアイスクリームやソフトクリームの需要が伸びる時期だが、「本物のバニラ」を食べられることは減ってきた。原料のバニラビーンズがいまや高級品になっているからだ。

バニラ価格が500%上昇

 現在、日本で市販されているバニラアイスには「合成香料」や「香料」が使われることが多く、天然のバニラの種子、バニラビーンズを主成分とする「バニラ香料」が成分表示に記されているのは圧倒的に少数派だ。「本物のバニラ」が出回らない最大の理由は、価格の高騰にある。

 

 2014年頃まで、バニラビーンズは1キロ20ドル前後で取引されていたが、その後価格が上昇し続け、2018年には約600ドルにまでなった。これは昨年の銀の平均取引価格(528ドル)より高い

 なぜバニラビーンズ価格がそれほど高騰したのか。

 そこには需要の増加がある。世界的なオーガニックブームで天然バニラの需要が上昇。中国をはじめとする新興国の生活水準の向上がこれに拍車をかけている。

 その一方で、供給面の問題もある。最大の生産国であるアフリカのマダガスカルを、2017年、2018年と連続して巨大サイクロンが襲来。バニラ農家に大きな被害が出たことは、コストをさらに圧迫した。

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 こうして価格が上昇したことは投資家を引き寄せ、さらなる価格上昇を生んだ結果、バニラビーンズの卸売価格は過去5年間で約500%上昇した。そのため、商品単価がもともと高い洋菓子店など以外では、ほとんど使用できなくなっているのだ。

マダガスカルのバニラ戦争

 これと入れ違いに、価格高騰はバニラ生産国に好景気をもたらした。バニラ農家の多いマダガスカル北部を取材したBBCなど海外メディアは、好景気の恩恵を受ける農家や流通業者が家電製品やオートバイを新たに購入したり、住宅を新築したりする様子を伝えている。

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 しかし、それと同時に、海外メディアのほとんどはバニラ・ブームの影も見出している。

 価格高騰にともない、マダガスカルでは収穫間近のバニラビーンズの盗難や強奪が相次ぎ、農家のなかには山刀などで武装して一晩中バニラ畑を守らなければならない者が少なくないというのだ。

 もともとバニラビーンズの栽培は手間がかかる。新芽が花をつけるのに3~4年かかり、受粉できるのは1年のうち数日だけで、開花から出荷まで16~18カ月かかる。600輪の花を手作業で受粉しても、乾燥バニラビーンズは1キロしかとれない。

 つまり、バニラ・ブームによって、手間がかかる栽培をまじめにやるより、他人が汗水たらして栽培した作物を横取りしようとする者が続出しているのである。マダガスカル北部のサヴァ州のある農家の女性は、アルジャズィーラの取材に、「農家より泥棒の方が多い」と証言している。

 その結果、バニラ農家が強盗に殺害されたり、逆にバニラ農家が取り押さえた容疑者を暴行して死亡させたりする事件が続発しているのだ。バニラ・ブームが生んだ暴力と殺人を指して英紙ガーディアンは「バニラ戦争」と表現している。

 盗難を恐れる農家の間では、成熟していないバニラビーンズを収穫する動きも広がっており、バニラ戦争は品質の低下も招いている。

バニラ戦争の闇

 バニラ戦争を増幅させているのが、マダガスカルの公的機関を蝕む腐敗だ。アフリカ各国では汚職や公的機関による違法行為が珍しくないが、マダガスカルもそれに漏れない。

 BBCの取材に対して、マダガスカル北部の住民は警察がバニラ泥棒を取り締まる意志も力もないと不平を述べている。

 しかし、単に違法行為を取り締まらないだけではなく、警察自身が違法行為に加担しているという証言もある。たとえ他人の畑から盗んできたバニラビーンズでも、持ち込まれた流通業者は盗難品かを識別できない。

 そのため、流通業者もそれと知りながら違法なバニラ流通に加担している疑いは濃いが、なかには地方警察が盗難バニラを買い上げ、バニラ流通を取り仕切るケースも報告されている。取り締まりや規制が骨抜きになっているため、住民は自己防衛に向かわざるを得ず、周囲の人間も疑いがちになる。

 そのうえ、バニラ・ブームは環境破壊にも結びついている

 バニラ価格が高騰するなか、農家の間では畑を広げる動きが活発だが、なかには自然保護区の森を伐採している者もあるといわれる。とりわけ、高級家具や楽器(あるいは日本では仏具)の原料として人気のある紫檀(ローズウッド)が伐採され、違法に輸出されているとみられる。紫檀はワシントン条約で国際取引が規制されている。

 ところが、こうした状況は事実上野放しにされている。「国会議員と癒着した現地ビジネスマンが紫檀を主に中国などに輸出している」と告発した現地の環境保護運動家クローヴィス・ラザフィマララ氏は「公共の秩序を脅かした」として当局に拘束され、10カ月間投獄された経験をもつ。

 アムネスティ・インターナショナルなど人権団体などの働きかけもあり、ラザフィマララ氏は釈放されたものの、その後も身の危険を感じているとガーディアンに語っている。

 こうしてみたとき、バニラ・ブームはマダガスカルで現金収入の増加という光だけでなく、社会の闇も大きくしているといえる。

 バニラビーンズはもともと中南米が原産で、マダガスカルにはフランス植民地時代に持ち込まれ、主に輸出用として栽培されてきた。バニラ・ブームによってマダガスカルが振り回される状況は、植民地主義の影響が現代でもなお続いていることを浮き彫りにしているのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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