なぜサウジアラビアは中国に急接近するか-背に腹はかえられない3つの理由

サウジアラビアのムハンマド皇太子(資料)(提供:Bandar Algaloud/Courtesy of Saudi Royal Court/ロイター/アフロ)

  • サウジアラビアが中国に急接近したことは、海外進出でのトラブルやアメリカとの貿易戦争に直面する中国にとって、渡りに舟である
  • しかし、サウジのアプローチは、単に中国の足元を見たものではなく、サウジ自身にも必要なものだった
  • 中国とサウジアラビアの接近は、ユーラシア一帯の安全保障に大きな影響を及ぼす

 日本メディアではしばしば、中国が主導する「一帯一路」構想が相手国の反発を招き、順調に進んでいないという見解が示されるが、コトはそれほど単純ではない。アラブの盟主サウジアラビアは中国に急接近しており、両国の関係強化はユーラシア一帯だけでなくアメリカの政策にも影響を及ぼす。

サウジと中国の急接近

 日本の国際ニュースではあまり取り上げられなかったが、サウジアラビアの事実上の最高権力者ムハンマド皇太子が先週、アジア3カ国を歴訪し、パキスタン、インド、中国を訪問した。

 このうちパキスタンとインドでは、両国の間で緊張が高まるカシミール地方での衝突が激化しないよう働きかけたが、22日に訪れた中国では、経済関係の強化が主なテーマになった。

 報道によると、ムハンマド皇太子が掲げている、サウジを2030年までに近代化する国家目標「ビジョン2030」と中国の「一帯一路」をリンクさせることに両者が合意した。そのなかには、サウジアラビア最大の国営石油企業サウジアラムコに、精油所建設などで中国が100億ドルの投資を行うことなどが含まれる。

 世界屈指の産油国サウジアラビアにとって、中国はもはやアメリカ以上の顧客だ。ところが、「一帯一路」への参加を中国がしばしば要請してきたものの、サウジ政府はこれに微温的な反応を保ってきた。2017年5月、北京で開催された「一帯一路」国際会議に、ロシアのプーチン大統領やトルコのエルドアン大統領が出席した一方、サウジアラビアからはムハンマド皇太子ではなく、ハリド・アル・ファリフエネルギー産業鉱物資源大臣の出席にとどまったことは、その象徴だ。

 サウジはアラブの盟主を自認しているばかりか、冷戦時代からアメリカの同盟国である。そのサウジにとって、自分のナワバリを含む経済圏の構想を、しかも中国に打ち出されることが面白いものでなかったことは、想像に難くない。

ムハンマド皇太子の政治的嗅覚

 その状況から一転して、サウジアラビアと急接近できたことは、中国からみて歓迎すべきことだ。

 トランプ政権との貿易戦争に直面する中国にとって、リスクヘッジの必要は増している。

 そればかりか、中国は「一帯一路」の立て直しに迫られている。モルディブなど「一帯一路」の沿線にある各国で、中国との太いパイプを築いた独裁的な政府が政変で崩壊するケースも生まれている。そのなかで、アラブの盟主と関係を強化できれば、中東一帯への進出にも弾みがつく。

 その意味で、ムハンマド皇太子の政治的嗅覚は確かといえる。

 ただし、今回の関係強化は、単に中国が足元をみられたわけではなく、サウジアラビアにとっても必要なことだった。そこには、主に3つの理由がある。

 第一に、国際的な孤立を避けることだ。昨年10月に発生した、サウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の殺害事件後、サウジは国際的な非難にさらされてきた。特に、表現の自由や人権を重視する欧米諸国からの批判は強く、その世論に押されて同月にサウジで開催された国際投資会議では、欧米企業の経営陣の欠席が相次いだ。

 こうした背景のもと、欧米諸国ほどこの問題に熱心でないアジア諸国にサウジアラビアが目を向けたことは不思議ではない。この状況は、天安門事件(1989)の後、西側先進国から経済制裁を敷かれ、国際的な孤立に直面した中国が(国連で多数派を占める)開発途上国との関係強化に向かったことに近いといえる。

 とりわけ、「一帯一路」を活性化したい中国と接近することは、サウジにとって、欧米諸国からの投資の減少を補う効果を期待できる点でも重要とみられる。

アメリカへの牽制

 第二に、中国に接近することで、アメリカに圧力を加えることだ。

 トランプ大統領は歴代のアメリカ大統領のなかでもサウジアラビアとの関係を重視している。そのため、カショギ事件に関してもムハンマド皇太子を擁護し続けてきた。

 しかし、アメリカ国内ではもともとアルカイダなどイスラーム過激派とサウジアラビア政府の結びつきへの警戒がある。さらに、専制君主制のもとで人権が制約されることへの拒絶反応も強い。とりわけ、厳格なイスラーム体制のもと、女性の社会進出が制限されることへの批判は根深い。

 この背景のもと、カショギ事件が引き金となって、連邦議会では民主党だけでなく共和党の間からも、サウジアラビアとの関係見直し、とりわけ武器輸出のキャンセルを主張する声が強くなった。

 アメリカの外交は大統領の専管事項と思われがちだが、実際には議会が大統領にブレーキをかけたり、逆に後押しする法律を作ることは珍しくない(例えば、かつての日米貿易摩擦を主導したのは大統領よりむしろ議会だった)。

 この点で注目すべきは、サウジ政府が2月24日、駐アメリカ大使にリーマ王女を任命したことだ。リーマ王女は長く駐アメリカ大使を務めたバンダル・ビン・スルタン王子の娘で、アメリカ政界に太いパイプをもつ。とはいえ、サウジアラビアの大使に女性が就任するのは初めてのことで、このタイミングでのリーマ王女の起用は、「サウジが変わった」というPR効果を意識したものとみてよい。

 このような懐柔策を用いる一方で、サウジが中国に接近することは、中国への警戒感では共和党に劣らない民主党にも「あまりサウジを追い込みすぎるとまずい」と思わせる手段となる。その場合、アメリカはカショギ事件をうやむやにしやすくなる。

中東での権力闘争への布石

 サウジが中国に急接近する第三の理由として、中東での権力闘争を有利に運ぶことがあげられる。

 サウジにとっての宿敵はイランだが、最近ではトルコとの対立も目立つ。サウジはこれら両国と、シリア内戦やカタール断交をめぐってつばぜり合いを演じてきた(カショギ事件の究明にトルコ政府が熱心なのはこの延長線上にある)が、この構図のなかで中国とサウジは決して友好的な関係になかった。

 1979年のイスラーム革命後、イランは反米で共通する共産主義陣営との協力を進め、中国とも友好関係を築いてきた。また、中国は2015年のイラン核合意にも参加している。

 一方、中国とトルコは新疆ウイグル自治区での(トルコ系の)ウイグル人弾圧をめぐって対立してきた。しかし、その一方で、アメリカとの関係がギクシャクするトルコのエルドアン大統領は、2017年の「一帯一路」国際会議にも出席しており、経済面での協力には熱心だ。また、中国はサウジアラビアが経済封鎖するカタールとの取り引きも急速に増やしている。

 折しも、イランが支援するシリアのアサド政権が優位を保ったままで、シリア内戦は終結に近づきつつある。また、アメリカはイラン核合意を破棄して、イランへの締め付けを強化している。そして、トルコがカショギ事件をテコにサウジを追い詰めようとしている。

 このタイミングで、サウジアラビアが中国に接近したことにより、中国はこれまでの中東政策を微調整する必要に迫られる。言い換えると、サウジは中国にとって優先度の高い「一帯一路」を承認することで、中国のイランやトルコへのバックアップを減らそうとしているのである。

 こうしてみたとき、中国にサウジアラビアにとって、お互いに接近することにはメリットがある。現状では一時的な協力かもしれないが、トランプ政権のもとで米中対立やイラン包囲網が長期化すれば、サウジと中国の結びつきも恒常化する可能性は大きく、その場合ユーラシアの地政学的条件は緩やかに変化し続けるとみられるのである。