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過激派から解放された元・子ども兵を待ちうける拷問 アフリカの子どもに銃を取らせる世界(5)ソマリア

六辻彰二国際政治学者
アル・シャバーブの若い兵士(2011.2.11)(写真:ロイター/アフロ)
  • ソマリアではイスラーム過激派の子ども兵が捕まった場合、政府系の治安機関によって拷問されたり、弁護人なしの軍事法廷で処罰されたりしている
  • 軍や情報機関には政府の統制が及んでおらず、これが元子ども兵に対する非人道的な扱いを助長させている
  • 海外の支援が「国家の再建」より「テロ対策」に向かいやすいことは、政府の能力の向上が進まない一因となっており、これは結果的に子ども兵の社会復帰を困難にしている

 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、ソマリアではイスラーム過激派の子ども兵が政府系の勢力に捕まった場合、拷問されたり、弁護士がいないまま軍事法廷に立たされたり、成人なみの刑罰を科されたりしている。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、これが国際人道法に反すると批判する。

 元子ども兵に対する過酷な取り扱いの主な原因は、汚職や権力の私物化にある。ソマリアでは軍や情報機関による勝手な行動を政府が制御し切れていないのだ。そのうえ、海外からの支援は「国家の再建」より「テロ対策」に向かいやすく、これが元子ども兵の社会復帰があと回しにされる要因になっている。

「破たん国家」ソマリア

 ソマリアでは1991年以来、内戦が続いてきた。各地に武装勢力が林立した結果、北部のソマリランドは分離独立を主張し、南部をイスラーム過激派アル・シャバーブが実効支配するなど、もはや国家としての体裁さえともなわない「破たん国家」と呼ばれる。

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BBCより作成

 難民流出や過激派の活動は周辺国の危機感を強め、その働きかけによって2008年にはソマリアの各勢力を糾合した連邦政府が樹立された。これによってソマリアの和平と復興が期待されたが、連邦政府は首都モガディシュと同国中部しか実質的に支配できていない。そのため、国内が分断された状況に大きな変化はない。

子ども兵の流転

 そのソマリアでは2015年から、連邦政府が250人以上の子ども兵を解放し、国連児童基金(UNICEF)などに引き渡してきた。これは国際的な要求の高まりを受けてのもので、そのなかには過激派に徴用され、当局に拘束されていた元子ども兵も含まれる。

 拘束中あるいは解放された元子ども兵にインタビュー調査を行ったヒューマン・ライツ・ウォッチは、ソマリア当局による元子ども兵の過酷な扱いを明らかにしている。

 インタビュー調査に応じた少年の一人ハムザは、2015年末、15歳のときにイスラーム過激派アル・シャバーブに誘拐され、兵士として戦闘に従事させられた。

 しかし、2016年3月、プントランドでの戦闘で64人の仲間のほとんどが死に、ハムザは運よく生き延びたものの、プントランド自治政府軍に捕まった。ところが、捕虜になることで過激派から解放されたハムザを待っていたのは、拷問と不公正な裁判だった。ハムザによると、プントランドの刑務所で4人がかりの暴行で自白を強要された後、弁護士がいないまま軍事法廷に立たされ、懲役10年の刑を科されたという。

 北東部を実効支配するプントランド自治政府軍は、アル・シャバーブ対策などでソマリア連邦政府に協力している。

情報機関の暗躍

 ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書は、プントランド自治政府だけでなく、ソマリア連邦政府の機関が元子ども兵を非人道的に扱う様子も浮き彫りにしている

 ハムザのように戦闘中に捕まり、拘留された子ども兵の処遇(例えば「子ども」として扱うか、UNICEFに引き渡すか)は、多くの場合ソマリア国家安全保障情報局(NISA)によって決められる。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチのインタビューに応じた16歳の少年の場合、戦闘中に捕まった後、外部との連絡を絶たれたうえ、NISAの監獄で暴行を加えられ、自白を強要されたという。

「彼らは夜になると、僕を房から連れ出して自白させようとした。ある晩、彼らは何か金属の棒のようなもので僕を打ちのめした。それで2週間血が止まらなかったけど、治療されることはなかった」

出典:Human Rights Watch

「被害者」か、「加害者」か

 元子ども兵を「被害者」と捉えるか、「加害者」と捉えるかはデリケートな問題だ。

 多くの場合、実際には両方の側面があるが、ソマリア当局はアル・シャバーブの元子ども兵を「加害者」として扱いがちといえる。

 ただし、たとえ「加害者」でも、捕虜の人道的な処遇を定めたジュネーブ条約で、拷問や弁護人なしの裁判は認められていない。

 一方、ヒューマン・ライツ・ウォッチをはじめとする国際人権団体は、元子ども兵の「被害者」としての側面を強調し、ソマリア当局の対応が国際法に違反していると主張する。

 1989年の「児童の権利に関する条約(子ども条約)」によると、「子どもの逮捕、拘束、投獄は最後の手段で、できるだけ短期間にすること」と定められており、各国政府には「司法手続き以外の手段」を適用するよう求められる。これに従うと、元子ども兵に対しては刑罰より矯正と社会復帰を優先させるべき、となる。

 ソマリア政府は2015年に子ども条約を批准している。

ガバナンスの欠如

 少なくとも、ソマリア当局による元子ども兵の取り扱いに、国際法上の問題が多いことは間違いない。その背景には、内戦が続いたソマリアで、政府が軍やNISAを統率しきれていないことがある。

 先述のように、ソマリア政府は海外からの要求を受けて、子ども兵の解放を段階的に進めてきた。しかし、2017年1月の国連の報告書によると、2016年までにソマリアで確認された子ども兵6163人のうち、アル・シャバーブのものが4213人で最も多かったが、ソマリア軍のものも920人にのぼった。

 つまり、ソマリア軍自身が子ども兵をリクルートしているのだ。そのうえ、これまでに解放された数(250人)は、その総数からみて必ずしも多くない。これらは、政府の方針が治安機関に徹底されないことを示す。

軍と情報機関の「独立性」

 政府が統率しきれない軍やNISAの内部には、汚職や腐敗がはびこっている。

 2017年12月、アメリカはソマリアへの軍事援助の停止を発表。その最大の理由は「アメリカ軍が求める説明責任を果たしていない」ことだった。

 これに先立つ同年6月、アメリカ軍はソマリア政府関係者とともに援助の実態調査を行っていた。そこでソマリア軍が兵員の数を水増しして装備支援を要請したり、アメリカから提供された食糧が行方不明になったりしている状況が明らかになった。これだけでもソマリア軍のガバナンスに疑問符がつくには十分だった。

 しかし、ソマリア政府のその後の対応は、治安機関を監督しきれていないことをさらに浮き彫りにした。事態の発覚を受けて、ハッサン・アリ・カイレ首相が自らアメリカに援助の削減を申し入れたのだ。

 カイレ首相は「治安機関の再建を目指す」「透明性を向上させる」と強調したが、それだけなら援助を受け取りながらでもできるはずだ。政府が自ら軍事援助の削減を申し出たことは、「兵糧攻め」にして軍やNISAに改革を求めるものといえる

 それは裏を返せば、政府が治安機関を掌握しきれておらず、元子ども兵の虐待や拷問が止められない状況を物語る。

「テロ対策」優先の支援

 この状況は、テロ対策の優先によって加速する。

 ソマリアへは、アフリカ諸国の2万人以上の部隊で構成されるアフリカ連合平和維持部隊が2007年から派遣され、主に南部の治安維持にあたってきた。しかし、この部隊は2020年までに撤退することになっている。

 一方、先進国とりわけアメリカは「ソマリアの再建」より「アル・シャバーブの掃討」に力を入れている

 アメリカ軍は2011年からドローンによる空爆を続けており、2017年7月にはアル・シャバーブの指導者アリ・ムハンマド・フセインを殺害するなどの戦果をあげてきた。トランプ政権のもと、アメリカ軍は空爆にさらに力をいれる一方、人権や法の支配をソマリア政府に求めない傾向を強めている。

テロ対策の逆効果

 しかし、幹部が死亡しても、アル・シャバーブの活動が止むことはない。連邦政府に限界があるなか、アル・シャバーブはその支配地域に根をはっている。彼らが住民から税金を集めるなか、海外からの援助の一部がアル・シャバーブに流れる構図さえできあがっている。

 さらに、アメリカ軍の攻撃によるメンバーの減少を、アル・シャバーブは子ども兵の徴用でカバーしている。国連はアル・シャバーブの戦闘員の半分以上をいまや子どもが占めていると報告している(彼らもアメリカ軍によるドローン攻撃の対象に含まれる)。

 つまり、空爆が軍事的成果をあげても、ソマリアが「破たん国家」である状況に大きな変化はない。「国家の再建」が遅々として進まないなか、子ども兵の徴用が減らないばかりか、治安機関の元子ども兵に対する拷問や虐待は野放しにされてきたといえる。

人道と安全保障の交差点

 元子ども兵の社会復帰がおざなりにされる状況は、人道的に問題があるだけでない。

 アル・シャバーブの徴用から解放された元子ども兵が刑期を終えて出所した時、行き場のない彼らには「加害者」としての烙印しか残らないことになりかねない。社会的な孤立が、元子ども兵を再び戦場に向かわせる原動力となることは、アフリカの他の国でも確認されている。大人に利用された子どもを放置することは、安全保障の面からみても問題といえる。

 言い換えると、元子ども兵が非人道的に扱われる状況は、ソマリアの内戦をより混迷の淵に導く一因になりかねないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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