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「日本の支援は独裁者を支える」-中途半端なカンボジア選挙支援で中国とのレースに埋没する日本

六辻彰二国際政治学者
日本政府から送られた投票箱の写真を撮る現地ジャーナリスト(2018.2.21)(写真:ロイター/アフロ)
  • 日本は相手国の内政に口を出さない傾向が強いが、それは独裁や人権侵害を黙認する結果にもなり得る
  • 「出来レース」のカンボジア選挙を支援することは、人権や民主主義を重視しない国というイメージを日本に持たせることにもなりかねない
  • 相手国の政権が半永久的に変わらないという暗黙の想定が覆った時、カンボジアにおける日本の立場を挽回することは難しい

 開発途上国における選挙や民主化のための日本の支援は、時に独裁的な政府を支援するものにもなる。

 カンボジアでは与党が強権化し、最大野党カンボジア救国党の参加を認めない形で選挙を強行しようとしているが、日本政府はこれに明確な批判をしないまま、選挙の実施を支援している。現職政権に何一つ注文をつけない日本の支援は、人権や民主主義の観点からみて問題があるだけでなく、やはり現職政権に何一つ注文をつけない中国との差別化をも難しくしている

カンボジア政府の強権化

 6月17日、カンボジア救国党を支援する在外カンボジア人が、東京の銀座とニューヨークの国連本部前で、日本政府に7月の下院選挙への支援をやめるよう求めてデモを実施。このうち、銀座のデモには1000人が参加したとみられる。

 カンボジアでは1998年からフン・セン首相が権力を握っており、2013年から第四期を務めている。長期政権のもと、カンボジアでは表現の自由や報道の自由が制限されており、国境なき記者団の最新の「報道の自由度ランキング」では179カ国中142位にとどまる。

 そのうえ、2017年11月には最高裁判所が、最大野党である救国党がアメリカの手を借りて権力を握ろうとしていると断定し、解党を命じた。その結果、同党の118人の議員は5年間の政治活動が禁じられている。

 これと並行して、野党以外の反体制的な言動に対する取り締まりも強化。2018年2月には不敬罪が強化され、5月には「王族がフン・セン政権と結託して救国党が選挙に出れないようにした」とフェイスブック上に書き込んだ教員が逮捕されている。

 この背景のもと、野党の間には下院選挙をボイコットする運動も広がっている。これに対して、6月15日にカンボジア政府は、ボイコットした野党に対しては法的措置をとると発表。ボイコットされれば与党の勝利の正当性が損なわれるため、これを避けるための脅しといえる

欧米諸国は支援を中止したが日本は継続している

 フン・セン政権の露骨な強権化に対して、アメリカやEUは7月の選挙に向けた支援を中止。これに対して、日本政府は2月、カンボジア選挙管理委員会に750万ドル相当の援助を提供。さらに4月には、訪日したフン・マネ中将との会談で安倍首相はカンボジア下院選挙への変わらぬ支援を約束した。

 日本政府が開発途上国の人権侵害や非民主的な政府に及び腰の対応になりがちなのは、今に始まったことではない。典型的な事例でいえば、1988年にクーデタが発生し、国名をビルマからミャンマーに変更した軍事政権に対して、欧米諸国が援助を停止したのに対して、日本はわずかながらも援助を続けた。また、1989年の天安門事件後の中国の場合、日本は欧米諸国による経済制裁に一番最後に一応加わったものの、一番最初にこれを解除した。

 日本政府には、内政不干渉の原則を重視する傾向が強い。その結果、相手国の人権問題などに口を出すことには慎重になりがちだ

 日本政府はこれを「関係を遮断するのではなく、関係を維持しながら相手が良い方向に向かうように働きかける」と正当化する。

 もちろん、とにかく口を出せばよいというものではない。しかし、日本政府による内政不干渉は相手国の既存の秩序を容認するものとなり、結果的にそのもとでの問題を黙認することにもなる。

 また、「関係性を通じて相手に働きかける」と言いながらも、それはあくまで一般論に止まりがちで、ミャンマーの軍事政権が民主化したきっかけは軍事政権自身の情勢判断によるものだった。そこに日本政府が強調する「働きかけ」の影をみることはできない。

 カンボジアの場合でも、5月に日本政府はカンボジア政府に「公正な選挙の実施」を求めているが、あくまで一般論の域を出ていない。これはいわば「何も言っていないわけではない」というポーズにとどまるといえる。

 G7などで安倍首相はしきりに「日本が欧米諸国と普遍的価値観を共有している」と強調するが、政治的な立場はともかく、実際の行動の面で欧米諸国とのギャップは大きい。

カンボジアに伸びる中国の影

 特にカンボジアの場合、日本政府が及び腰になりやすい一因には、中国の存在がある。

 「一帯一路」構想のもと、中国は東南アジア一帯にも勢力を広げている。このなかでカンボジアは、隣国ヴェトナムの影響力から逃れるため、とりわけ対中シフトが目立つ国の一つ。2018年1月には李克強総理がカンボジアを訪問し、新たに19の経済取引に調印した。カンボジアは2020年までに中国からの観光客を年間200万人に増やし、貿易額を60億ドルにまで増やすことを目指している。

 中国が開発途上国で勢力を広げる一因に、相手国の内政に、日本以上に口を出さないことがある。強権的な政府にとって、「やかましい」欧米諸国より、「静かな」中国の方が好ましいと映る。ロヒンギャ問題で国際的に非難されるミャンマー政府を擁護し続けてきたことに象徴されるように、内政不干渉の原則を最大限に強調する中国の方針は、結果的に相手国の強権的な政府との癒着を可能にする。

 中国の勢力拡大に神経をとがらせる日本政府からみると、中国が7月の選挙に向けて何も発言しない以上、ここで欧米諸国とともに人権侵害や非民主的な対応を理由にカンボジア政府を批判することは得策ではない。言い換えると、カンボジアでの失地回復を目指す日本政府は、同じく内政不干渉を強調する中国の動向をにらみながら、フン・セン政権の「出来レース」ともいえる選挙運営を大目にみているといえる。

中途半端さがもたらす埋没

 繰り返しになるが、何でも口を出せばよいというものではない。しかし、何も口を出さないのもやはり問題である。

 日本政府はカンボジア政府による不公正な選挙運営を事実上黙認している。情報化が進んだ現代、その動向はカンボジア国内でも知られている。つまり、フン・セン政権に甘い対応をとることは、野党支持者からみれば、日本は自分たちを抑圧する者と結んでいると映る

 現実政治的な観点からみて、仮にフン・セン政権が半永久的に続くなら、それでも問題ないかもしれない。しかし、実際にはそんなことはほぼあり得ない。いずれ政権が交代した時になって、「これまで日本はカンボジアの民主化に貢献してきた」と言っても、誰がそれを信用するだろうか。ミャンマーの軍事政権を支援し続けた結果、民主化運動のリーダーだったスー・チー氏が政権を握って以来、日本がミャンマーで微妙な立場に立たされていることは、その象徴である。

 日本の政府・自民党は、「日本が長期政権だから外国もそうであるはず、あるいはそれが望ましい」と考えているかもしれない。しかし、日本の特殊事情で海外をみることには弊害も大きい。

 少なくとも、選挙支援を続けてフン・セン政権を支援したところで、カンボジアにおける中国の優位は簡単には揺るがない。だとすれば、今からでもカンボジア政府に対して、より強いメッセージを送るべきだ。さもなければ、日本政府は「人権や民主主義を重視する西側先進国としての立場」をさらに損なうだけでなく、中国とのレースでも埋没することになるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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