Yahoo!ニュース

最大の兵器輸出国は米国、それでは最大の輸入国は―最新報告で読む「緊張が高まる地域、緊張を加熱する国」

六辻彰二国際政治学者
(写真:ロイター/アフロ)

 日本は食糧の約40パーセント、エネルギーの90パーセント以上を輸入し、輸出がGDPの約16パーセントを占めています。その日本にとって、海外の紛争は直接火の粉をかぶらなくとも無縁でいられません。「兵器を多く購入している国」をみることは、いずれ火の手があがりかねないものを含め、緊張の高まる地域を確認できます。

 その一方で、「買う国」がある以上、「売る国」もあるのは当然ですが、今後これらの地域への兵器輸出が増えれば、それは相手のニーズに応えるものであっても、結果的にはさらに緊張を高めることにもなりかねません。日本は2014年に兵器輸出を事実上解禁しており、この点においても無縁ではありません。

どの国が兵器を売っているか

 世界的に有名なスウェーデンの研究機関、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は3月12日、過去5年間の兵器取引に関する報告を発表。2013‐2017年の5年間で、世界では2008‐2012年の5年間と比べて兵器の取引が10パーセント増加しています。兵器取引が全体的に増えていることは、世界全体で緊張が高まることを象徴します。

画像

 SIPRIは最近5年間の兵器輸出額の上位5ヵ国を、上から米国、ロシア、フランス、ドイツ、中国と報告しています。図1は、SIPRIの最新報告とデータベースから作成した、これらの輸出額の動向です。ここからは米国とロシアの兵器輸出額が飛び抜けて大きいことが分かります。米ロの輸出額は、それぞれ世界全体の約30パーセント、20パーセントにおよびます。

 この時期、米国オバマ政権は米軍の海外展開を縮小する代わりに同盟国への武器輸出をそれまでになく拡大。しかし、トランプ政権はオバマ政権以上に安全保障面で海外への関与を深めており、兵器輸出は今後さらに増加すると見込まれます。その場合、これに張り合うようにロシアの輸出額も増えるとみられます。

どの国が買っているか

 SIPRIの報告は、これとともに兵器の輸入額の多い国も紹介しています。それによると、輸入額の多い順にサウジアラビア、インド、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)、パキスタンの5ヵ国で、図2はそれぞれの金額を表しています。

画像

 ここから、大規模な兵器の輸入国が中東や南アジアに集中していることが分かります。このうちインドは2008‐2012年までの間から引き続き第1位ですが、第2位のサウジアラビア、第3位のエジプトの伸び率の高さが目を引きます。

 これらの地域では、もともとテロなどで不安定な国が多いだけでなく、国家間の対立も深刻です。例えば、第1位の第5位のインドとパキスタンは、カシミール地方の領有を60年以上にわたって争い、1998年にはお互いを仮想敵として核保有にまで至っています。また、中東ではサウジアラビアを中心とするスンニ派諸国とイラン、シリアの対立が深刻です。

米国の「再加速」

 それでは、緊張が高まる、この「兵器取引のホットスポット」である中東や南アジアに、積極的に兵器を輸出している国はどこなのでしょうか。

画像

 図3は、このうち中東のサウジアラビア、エジプト、UAEの過去5年間の兵器輸入に占める、今回の報告であげられた5ヵ国の内訳を示しています。この3ヵ国はいずれも基本的に米国と安全保障上のパートナーで、特にサウジに関して米国からの兵器輸入額の伸びが目を引きます

 オバマ政権時代、米国はイランとの関係改善を進め、これはサウジアラビアの中国接近を促す一因となりました。しかし、2015年に即位したサルマン皇太子のもと、サウジは宿命のライバル・イランとの対立を深め、イエメン内戦ではイランが支持する反体制勢力フーシ派を、サウジを中心とする周辺スンニ派諸国の連合軍が攻撃。東グータをはじめとするシリア情勢と異なり注目されにくいものの、多くの死傷者を出し、国連は「世界最悪の人道危機」と呼んでいます。

 サウジの強硬な外交方針と、米国の中東進出の「再加速」は、軌を一にしているといえます。

米国のパートナー内の温度差

 それにつれてサウジは米国との関係改善を進め、武器輸入を増加する一方、中国との関係を縮小させました。サウジに近いUAEでも同様の傾向がみられます。グラフでは2013-2017年のUAEの中国からの兵器輸入額は2008-2012年のものを上回りますが、これは2013、2014年だけのもので、サルマン皇太子の即位後はゼロです。

 これに対して、サウジやUAEと同じく米国と安全保障面で協力することの多いエジプトには、やや違ったパターンがみられます。エジプトでは2011年の「アラブの春」で親米的だったムバラク大統領(当時)が失脚。それまで抑えられていた反米世論が噴出しました。米国との関係にすきま風が吹くなか、2014年に就任したシシ大統領は安全保障面でパートナーの多様化を進めており、ロシアからも兵器輸入を増やしています。

 先述のようにトランプ政権のもとで兵器輸出は増加する傾向にあります。とりわけ、トランプ政権がイランと敵対的で、シリア内戦への関与も深める兆候をみせていることから、これらの国に対する米国の兵器輸出はさらに増加するとみられます。その場合、この地域、とりわけエジプトに対するロシアの兵器輸出も増えるとみられます

南アジアの倒錯

 これに対して、やはり「兵器取引のホットスポット」となっている南アジアでは、中東とやや異なるパターンが見受けられます。一言でいえば、この地域で米国は最大の「セールスマン」ではありません。

画像

 図4はインドとパキスタンの兵器輸入額を、輸入元別に表したものです。ここからは過去5年間におけるインド、パキスタンへの兵器輸出額が最も大きい国が、それぞれロシア、中国であることが分かります。このうちロシアは、冷戦期からインドへの最大の兵器輸出国であり続けました。これに対して、中国の「一帯一路」構想は伝統的にインドの勢力圏とみなされてきたブータン、スリランカ、モルディブなどを通過するもので、中国とインドの対立はこれまでになく高まっています。これもあって中国がパキスタン向けに兵器輸出を拡大することは、不思議ではありません。

 先述のように、インドとパキスタンは対立関係にあります。西側先進国との関係で、ともすれば中ロは同列にみなされがちですが、両国はそれぞれの戦略や方針に沿って行動する一面もあることが、ここから分かります。

米国の同盟国チェンジ

 その一方で、米国の動向も目を引くものです。やはり図3からは、2013-2017年の米国のインド向け輸出額が2008-2012年のそれと比べて6倍以上に急増した一方、パキスタン向けのそれが約5分の1に急減したことが見て取れます。

 冷戦時代、ソ連がインドを支援したのに対して、米国はパキスタンを支援していました。しかし、パキスタン政府は1990年代から隣国アフガニスタンで勢力拡大を図るため、アフガニスタン難民を訓練して、イスラーム過激派タリバンを育成・支援。対テロ戦争が本格化するなか、米国とパキスタンの関係は徐々に悪化していきました。

 その一方で、中国がユーラシア大陸、インド洋一帯に進出するなか、インドとともに米国もこれへの警戒を強めました。この背景のもと、米国はパキスタンからインドへ、そのパートナーを変更し、それにつれて兵器の輸出先を切り替えてきたのです

誰が火の手を大きくしているか

 緊張や対立が深まれば、どの国も自国の防衛のために軍備を拡張します。しかし、そのために関係国の兵器輸入が増加することは、地域の緊張をさらに高めます。冷戦時代の米ソの核軍拡競争は、その象徴です。各国が安全のために軍拡することで、かえって関係国間の緊張が高まり、結果的に全体にとって不利益になる状況を、国際政治学では「安全保障のジレンマ」と呼びます

 つまり、インドやサウジをはじめ兵器輸入を増やす各国は、それだけ厳しい安全保障環境に置かれているわけですが、同時にこれらが兵器輸入を増やすことで、結果的には中東や南アジアの緊張はさらに高まっているといえます。その意味で、相手の要望に沿ったものであったとしても、あるいはそれによって相手国との関係を強化できるとしても、兵器輸出は世界の不安定化を促す一因になり得ます。

 ところで、日本では冷戦時代から兵器輸出を制限してきましたが、2014年の閣議決定で定められた「防衛装備移転三原則」(移転禁止の場合の明確化、移転に関する情報公開、目的外使用および第三国移転に関する管理)で、これを原則的に認める方向に転じました。それは、場合によっては「安全保障のジレンマ」を加速させることに繋がるものです。

 ドイツの場合、兵器の大輸出国である一方、これまでの図からもみてとれるように、紛争当事国や緊張が高まる地域への兵器輸出は必ずしも多くありません。これはドイツ国内世論に配慮したものです。

 ひるがえって日本をみた場合、兵器輸出そのものの賛否は根強くあります。しかし、仮にこれを進めるとしても、相手国のニーズに応えるだけでは、「安全保障のジレンマ」を加速させかねないことを考慮する必要があります。友好国との関係を大事にすることと、全体の安定を意識することは同じではありません。兵器輸出を事実上解禁した日本は、この岐路に立っているといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

六辻彰二の最近の記事