「森友」文書改ざんを「下剋上」から考える―戦前にも通じる日本特有の精神構造とは

文書改ざんを謝罪する麻生財務大臣(2018.2.12)(写真:ロイター/アフロ)

 3月12日、麻生財務大臣は森友学園への国有地売却に関する文書に書き換えがあったことを認め、謝罪。その後、麻生氏は「責任は近畿財務局の局長だった佐川」と断定していますが、詳しくは今後の捜査・調査を待つしかありません。

 仮にこれが首相本人や官邸周辺からの指示だったなら論外です。政治に利益誘導がつきものとはいえ、公文書の改ざんまで指示したとなれば、権力の濫用以外の何物でもありません。

 しかし、これが仮に麻生氏らが示唆するように、近畿理財局長だった佐川前国税庁長官やその周辺が「勝手にしたこと」だった場合、むしろ問題はより深刻です。単に「トカゲのしっぽ切り」という印象を与えるからだけではありません。それが戦前日本にも共通する「下剋上」を露呈するからです

「下剋上」とは

 ここでのキーワード「下剋上」は、戦後日本を代表する政治学者の一人、丸山真男が用いたものです。終戦直後の1949年に著された「軍国支配者の精神形態」(未来社『現代政治の思想と行動』所収)で丸山は、「下」からの圧力で「上」が振り回された結果、日本が戦争に向かったと論じ、その様を「下剋上」と呼びました。

 丸山の議論を、こことの関連で必要な部分だけ抜き出して説明すると、以下のようになります。

 もともと日本社会には、上から理不尽な圧力を受けた者が下の者に同じことをすることで、全体のバランスが保たれる傾向があります。先輩や上司のしごきやいじめに不満を覚えながら、同じことを後輩や部下にすること、といえば分かりやすいでしょうか。丸山はこれを日本の精神構造や社会の一つの特徴として「抑圧委譲の原理」と呼びました。

 しかし、この「抑圧委譲」は上に立つ者の権威が厳格な間は保たれるものの、「タテの指導性」が揺らいだ時には、むしろ下が上を揺り動かしやすくなります。戦前、農村や庶民の困窮に憤った一部の若手将校らが、「腐敗した特権階級」と目した軍上層部や政府高官の排除による「昭和維新」を目指して二・二六事件などを起こしましたが、軍上層部は参加者を厳罰に処することさえはばかりました。こうして軍・政府が「タテの指導性」を失い、「上」が「下」に引っ張られる「下剋上」により、危機が深刻化したといえます。

「タテの指導性」の弱体化

 本来「タテの指導性」が強い日本の社会や組織において、それが揺らいだ時にむしろ「下剋上」が起こりやすくなるという観点から今回の改ざんをみると、そこには戦前に通じる問題がみえてきます。

 日本の官僚機構は、この約十年で「タテの指導性」を弱めてきました。「官僚主導」を拒絶する風潮が強まるなか、民主党政権は2009年、各省庁の事務方の最高位である事務次官が集まる「事務次官会議」を廃止。これは2011年に各府省連絡会議、さらに翌2012年に次官連絡会議と改称・復活しましたが、強いリーダーシップを意識する安倍首相のもと、今度は「官邸主導」の傾向が強くなりました。

 日本の中央省庁はもともと独立性が高く、いわゆる55年体制のもとでは自民党の「族議員」と結託することで、官僚機構はさらに自己完結しやすくなりました。そのなかで「国益より省益」という風潮さえあったことは確かです。

 そのため、現政権による「官邸主導」は「タテ割り行政の是正」という意味で必要性が認められます。しかし、それは同時に、自分のところの大臣や事務次官のそれより「官邸の意向」が通りやすい状況を生み、省庁内の従来の「タテの指導性」を弱めるものでもありました(いわゆる「財務省の反乱」は独立性を脅かされてきたことへの、あるいは特定の人間の責任に問題を矮小化することで組織として自己保存を図るための防衛本能の現れとみられる)。これは「下剋上」が生まれやすい土壌という意味で、戦前に通じます。

スローガンの自縄自縛

 ところで、こうした「タテの指導性」の弱体化により、逆に最高責任者のスローガンを前面に掲げる「下」の者が全体を突き動かしやすくなります

 丸山によると、戦前日本で「下剋上」の主体となったのは、末端の官僚に接近した無役の民間人でした。戦前、ほとんどの政治勢力が規制されましたが、軍や政府が国民動員のために掲げた「八紘一宇」などのスローガンを熱心に支持する保守勢力は、むしろ活動を活発化。丸山は、彼らが現場責任者レベルの官僚と頻繁に接触し、上層部にあげる計画や方針の作成などを通じて国策を実質的に動かす原動力になったものの、自分自身が叫んだスローガンに縛られた上層部がもはやこれを押さえられなくなったと指摘します。

 これを踏まえて、東京裁判で被告らが一様に自分の責任を否定したことについて、丸山は以下のように述べています。「あの法廷に立った被告たちはむしろ彼らが地位の上ではるかに見下していた官民大小の無法者たちに引きまわされた哀れなロボットであるといってもいいすぎではない」【p95】。

 この観点から今回の問題をみれば、安倍首相のスローガンに繋がる「美しい国」を前面に掲げた学校の創設を籠池氏らが働きかけた際、これが「優先すべきもの」として関係省庁全体を拘束しやすくなった(いわゆる忖度が働きやすくなった)としても、不思議ではありません。

 官僚が忖度したとしても、それは必ずしも首相らの「実際の関与」を意味しません。しかし、仮に首相やその周辺が具体的な指示などをしなかったとしても、森友氏らの方針や計画が自らのスローガンに沿ったものである以上、売却価格を値切り倒すような利益誘導を官邸がコントロールすることも難しかったといえます。その場合、首相らは自らのスローガンを支持する者に縛り上げられる「下剋上」に陥っていたことになります。

既成事実への屈服

 とはいえ、籠池氏らが足しげく通った近畿財務局の担当者らが仮に「官邸の意向」を拡大解釈したとしても、エリート官僚が公務員としての倫理や法律に反して公文書の改ざんまでしなければいけないのかという疑問もあり得ます。しかし、この点にも戦前日本との共通性を見出すことができます。

 丸山によると、満州事変後の暴走を加速させたのは、日本で広くみられる「既成事実への屈服」でした。これは、起こった「現実」や行われた「決定」を前にしたとき、それに対する意見や信条を「私情」として殺し、状況に従おうとする精神構造です。

 東京裁判での証言から、丸山はいくつもこの例を拾い集めています。一つだけ紹介すると、関東軍参謀長、朝鮮総督、内閣総理大臣などを歴任した小磯國昭陸軍大将は裁判で「三国同盟にも中国や米国との戦争にも反対していた」と主張し、これにフィクセル検察官が「反対だったというが、なぜあなたは、これらを推し進める政府で重要な地位を占めることを受け入れたのか」と質問すると、「われわれ日本人のいき方として、自分の意見は意見、議論は議論といたしまして、国策がいやしくも決定せられました以上、われわれはその国策にしたがって努力するというのがわれわれに課せられた従来の慣習であり、また尊重せらるるいき方であります」【p109】。

 つまり、「自分と関係ないどこからか降ってきた」既成事実を批判的に検討するより、ブツブツ言いながらもそれに合わせていくことが、日本の、とりわけ教育も教養もある支配層(佐川氏は東大卒のエリート官僚)に特有の精神性だというのです。丸山はこの精神性が、一部の民間人や軍人が生み出した満州制圧などの既成事実に、政府中枢がひっぱられる土壌になったといいます。

 この観点から今回の問題を振り返ると、森友学園とのやり取りの記録が改ざんされたのは、佐川氏が国会で「昭恵夫人の具体的関与はなかった」、「事前の価格交渉はなかった」と答弁した後と報道されています。ただし、佐川氏が「なかった」と答弁した(なぜかは今後明らかにされる必要がある)昨年2月には、安倍首相も国会で「私や妻が関係したということになれば、首相も国会議員も辞める」と啖呵をきっています。このような既成事実が「降ってわいた」時、それに沿って行動するなら、洗いざらい明らかにするのではなく、文書の破棄や改ざんを選択することになります。その場合、丸山の言い方を借りれば、「私情」を殺した「既成事実への屈服」だったことになります。

下剋上の再来か

 念のために繰り返せば、詳しい事実の解明は今後に委ねられています。仮に捜査・調査の結果、今回の改ざんに「官邸周辺からの具体的な指示はなかった」と結論づけられたなら、たとえ疑わしくても安倍首相や麻生財務大臣に法的な責任を問うことはできません。

 しかし、その場合でも政府首脳は、官僚機構のタテの指導性の弱体化、スローガンの自縄自縛、既成事実への屈服などに基づく「下剋上」という、別の深刻な状況が生まれていることに目を向けざるを得なくなります。政治や行政に働きかけることは民主主義の根幹ですが、一部の勢力が最高責任者のスローガンを錦旗に要求を強めたとき、官僚が法律さえねじ曲げざるを得ないのであれば、それは病的な民主主義といえます。控え目に見積もっても、その責任の一端は政府首脳にもあるはずです。

 安倍首相は「働き方改革」を力説しています。もしそれが本気なら、戦前日本にも共通するこの環境を是正し、官僚が本分を全うできるようにすることは、国家公務員にとって最優先の「働き方改革」なのかもしれません。