中国‐インド国境対立の再燃―インドICBM発射実験で高まる「アジアのもう一つの核戦争の脅威」

インド軍のPinaka多連装ロケット砲(2018.1.21)(写真:ロイター/アフロ)

 2018年1月18日、インドは大陸間弾道ミサイル(ICBM)アグニ5(Agni-5)の発射実験を行いました。この実験は中国を念頭においたものとみられ、射程約5000キロのアグニ5は中国沿岸の一帯をカバーするものです。

 中国とインドの間にはもともと領土問題がありましたが、昨年からそれがヒートアップ。両国はいずれもアジアの大国で、核保有国です。この対立は北朝鮮の核・ミサイル開発とならぶ「アジアのもう一つの核戦争の脅威」として、周辺国にも小さくないインパクトをもたらします。

中国とインドの国境対立

 両国の緊張は、2017年6月に中国が、ブータンとの国境付近のドクラム高原で道路建設を始めたことをきっかけに高まりました。

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 ドクラム高原はブータンが実効支配していますが、中国も領有権を主張しています。ブータンの中国への抗議を受け、ブータンの「保護者」インドがドクラム高原に部隊を派遣。これに対して中国も部隊を派遣し、両者は一時ドクラム高原でにらみ合う事態となったのです。

 ドクラム高原をめぐる一触即発の事態は、8月に両軍が撤退したことで一時落ち着きました。中国とインドは、お互いに正面衝突するリスクを避けたといえます

 もともと国境対立を抱えていた両国は、2012年に国境問題を定期的に話し合う会議(諮問・調整ワーキング・メカニズム)を設立。ドクラム高原での危機の後、11月にはこの会議が再開され、衝突を回避しながら「建設的かつ未来志向で」話し合いを続けることで合意されました。

対立の再燃

 ところが、一時おさまっていた対立は年末に再燃。12月26日、今度はインド北東部のアルナーチャル・プラデーシュ州で中国による道路建設が確認されたのです

 この土地は1954年からインドが実効支配してきましたが、常に中国との間で領有権をめぐる対立が続いてきました。実際、1962年に中国軍が侵入した中印国境紛争では、その主戦場となりました。そのため、インドはこの地の開発を進め、実効支配を強化してきました。

 昨年末にアルナーチャル・プラデーシュ州で確認された中国の道路は長さが600メートルに及ぶものでした。インド側の報道によると、この際に出動したインド軍とインド・チベット国境警察(ITBP)によって作業員が中国側まで追い返されました

 これに関して、1月3日に中国外務省スポークスマンは、報じられていた中国軍の展開を否定したうえで、「そもそも我が国はアルナーチャル・プラデーシュ州の存在を認めていない」と発言しています。つまり、「この地が中国のものである以上、道路建設そのものは問題ない」と強調しながらも、「中国が軍事的な緊張を高める意図はない」と主張したのです。これを反映して、中国国営のグローバル・タイムズ紙は同日「インドが戦争を欲している」という専門家の見解を報じています。

再びドクラムへ

 インド陸軍のラワット司令は1月8日、「アルナーチャル・プラデーシュ州での国境対立が終息した」と発表。ところが、両国の対立はこれで終わりませんでした。

 ラワット司令は12日に「国境警備の焦点を(カシミール地方の領有をめぐって長年争っている)パキスタンから中国に移す必要がある」と発言。これを受けて中国外務省は「非建設的」と批判。

 しかし、1月17日にはインドメディアが、衛星写真の分析などから、昨年の首脳会談以降も中国がドクラム高原で、7つのヘリパッドを含む建造物の建設を続けていたと報告。これを受けてインドの反中世論が沸き起こり、議会でもモディ政権への批判が噴出しました。冒頭で紹介した、大陸間弾道ミサイル、アグニ5の発射実験が行われたのは、その翌日のことでした。

焦点としての「ニワトリの首」

 中国がドクラム高原やアルナーチャル・プラデーシュ州に執着する一つの理由には、「一帯一路」構想があります。

 習近平国家主席が主導する「一帯一路」構想に基づき、中国はインド洋への出口を確保するため、インドの宿敵パキスタンに猛烈なアプローチを展開しており、中国西部の新疆ウイグル自治区にあるカシュガルとパキスタンのグワダル港を結ぶ中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の開発計画には560億ドルが投じられているといわれます。

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 その一方で、中国はCPEC以外にもインド洋への出口を構築しており、ミャンマーでの道路建設なども進めていますが、バングラデシュもやはりその候補。ところで、バングラデシュの北部にあたるインド領は細長く東西に延び、その形状から「ニワトリの首」とも呼ばれます。「一帯一路」の観点からすると、「ニワトリの首」は中国からバングラデシュに抜ける途上にあります。そのため、中国政府が「一帯一路」構想を推進するにつれ、この地をめぐってインドとの摩擦は大きくなるとみられます。

領土と経済

 インドのICBM発射実験を受けて、中国からは強い反発が生まれています。1月19日、中国外務省スポークスマンはドクラム高原が中国の領土であること、中国政府には国民の生活改善を行う義務があること、インフラ建設が正当であることなど、これまで通りの主張を展開したうえで、「他国が我が国のインフラ建設にコメントしないことを望む」と強調。その前日の18日、グローバル・タイムズ紙もインドのICBM発射実験を「中国にとっての直接的な脅威」と断じています。

 また、インドと同様、中国でも軍事衝突を念頭においた発言は相次いでおり、例えば人民解放軍軍事科学研究院のZhou Bo名誉研究員は、中国軍によってアルナーチャル・プラデーシュ州が占領された1962年の中印国境紛争を引き合いに出し、「インドが『今のインドが当時のインドと違う』というのであれば、中国も当時の中国と違うことを肝に銘じておくべき」と述べています。

 とはいえ、中国とインドが正面から衝突する可能性は、必ずしも高くありません。IMFの統計によると、2016年段階で中国とインドの間の貿易額は約711億ドル(IMF, Direction of Trade Statistics)にのぼり、双方にとって相手は主要な貿易パートナーです。

 両国間の経済関係は貿易にとどまりません。インドは、2015年に中国主導で発足したアジア・インフラ投資銀行(AIIB)から2017年末までに約15億ドルの融資を受けており、同行最大の借入国となっています。

 一般的に、経済関係が緊密になればなるほど、正面からの戦争は困難になります。自国の経済が相手国との取り引きを前提にしたものになれば、相手国に打撃を与えることは、それだけ自国もダメージを受けるからです。数百年にわたって戦争を繰り返したドイツとフランスが第二次世界大戦後、お互いに攻撃することをほぼ想定できなくなった一因は、経済交流の活発化にありました。中国とインドの場合も、お互いに核保有国であるばかりか、お互いに重要な経済取り引きの相手であるからこそ、簡単には攻撃できないといえるでしょう。

戦争は不可能だが、平和もあり得ない

 ただし、経済関係が密接になることは、「戦争の回避が利益になる」ことをお互いに理解するきっかけにはなりますが、必ずしも「仲良くなる」とは限りません。人間関係と同様に、場合によっては、交流が活発になることでトラブルが増えることもあります。ところが、交流が活発になるほど、トラブルを力ずくで解決することは困難になり、それはさらなるフラストレーションを呼びがちです。

 この観点から現代の中印をみると、「一帯一路」構想が中印の領土対立をエスカレートさせる要因になっているのと同時に、両国の衝突にブレーキをもかけており、「信用できない相手とつき合い続けなければならない」というストレスに基づく反感のみが募りやすいといえます。

 東西冷戦の時代、フランスの社会学者レイモン・アロンは冷戦を指して「戦争は不可能だが、平和はありそうにない」と表現しました。

 確かに冷戦時代の米ソは対立しながらも、その影響が大きすぎるために戦争を回避し続けました。しかし、米ソはほとんど交流を持たないことで「気に入らない相手とはつき合わない」と突き放すことができました。現代の中国とインドは、これと比較してもなお一層「戦争は不可能だが、平和はありそうにない」といえます。中国とインドの国境対立は、いわば経済取り引きがグローバル化し、トラブルを簡単に戦争で処理できない時代のフラストレーションを象徴するといえるでしょう。

 その状況のもとでは、断固たる意志を示すことだけでなく、正面衝突を回避しながら利益を確保する微妙な外交手腕が求められます。それは中国とインドだけでなく、その他の国も同様であり、やはり中国と国境問題を抱え、インド海軍と定期的に軍事演習を行う日本もまた例外でないといえるでしょう。