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ロヒンギャ問題でミャンマー政府をかばう中国:日本にとっての宿題とは

六辻彰二国際政治学者
北京で会談するアウン・サン・スー・チー氏と習近平氏(2017.5.17)(写真:ロイター/アフロ)

 ミャンマーでロヒンギャの武装集団と治安部隊の衝突が深刻化するなか、9月5日に国連はロヒンギャ難民約12万5000人が隣国バングラデシュに流入したと発表。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2012年から今年初旬までに国外に逃れていたロヒンギャ難民は約16万8000人にのぼります。そのため、この約10日間で発生した難民を含めると、ロヒンギャ難民は少なくとも既に約30万人にのぼるとみられます。

 この状況を受けて、ロヒンギャを迫害するミャンマー政府への批判が噴出。8月30日、ミャンマーをかつて植民地として支配していた英国は、国連の安全保障理事会でロヒンギャ問題を議論することを提案しました

 ロヒンギャのほとんどがムスリムであることから、イスラーム圏でもこの問題への関心は高く、9月3日にサウジアラビアの国連代表はミャンマー政府を非難する声明を発表タリバンに銃撃されながらも女性の教育の重要性を訴えてノーベル平和賞を受賞したパキスタンのマララ・ユスフザイ氏も、ミャンマーの民主化運動を率い、同じくノーベル平和賞を受賞したアウン・サン・スー・チー氏の不作為に疑問を呈しています

 ところが、そのなかでミャンマー政府を擁護する数少ない国の一つに中国があげられます今年3月、国連安保理でミャンマー軍の行動に対する非難声明を出すことが議論された際、中国はロシアとともにこれに反対。その後も、中国政府は安保理でのミャンマー批判をブロックし続けてきました

中国政府の基本原則

 中国によるミャンマーの擁護は、その国際関係の大原則にあります。中国政府が何より強調するのは「主権尊重」、「内政不干渉」の原理です。この論理に従えば「ロヒンギャ問題はミャンマーの『国内問題』であり、外国が口出しすべきことでない」となります

 付け加えると、中国の主張によれば「植民地時代、確かな主権がなかったことで中国人の人権が外国人によって侵害されたのだから、人権を守るためには主権が優先されるべき」となります。

 この論理を前面に押し出すことで、中国は国際的に批判される国の政府とも友好関係を結び、時には安保理常任理事国としてこれらの政府をかばってきました。白人の土地・財産を黒人政権が一方的に接収しているジンバブエ、アサド政権による民間人への空爆が続くシリアなどは、その代表例です。

 ミャンマーの場合も、1988年にクーデタで軍事政権が発足すると、欧米諸国はこれを批判して経済制裁を実施しましたが、中国はこれとの関係を維持し続けた歴史があります。その意味では、「一貫性がある」という言い方もできるでしょう。

「第二のダルフール」

 その一方で、「内政不干渉」の原理を盾に、中国が自国の利益の拡大を目指すことも珍しくありません。ダルフール紛争は、その典型です。

 スーダンのダルフール地方では、2003年からアラブ系民兵によるアフリカ系住民への襲撃や虐殺、略奪が横行し始めました。アラブ系民兵はスーダン政府の支援を受けているとみられるため、欧米諸国はこれへの制裁を実施。2008年に国連はダルフール紛争を「世界最悪の人道危機」と呼び、バシール大統領は現職大統領として初めて国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状を発行されるに至りました。

 ところが、そのなかでスーダンへの経済進出を加速させた筆頭が中国でした。欧米諸国が経済制裁を敷くなか、中国企業はスーダンでの油田開発で大きなシェアを握り、中国政府からの開発協力で橋や道路の整備も進みました。つまり、中国はダルフール問題を「スーダンの国内問題」と捉え、欧米諸国と一線を画すことで、大きな利益をあげたのです。

 ただし、中国政府が「内政不干渉」で自らを正当化しようとも、ダルフール紛争が中国に対する「人権・人道を顧みない国」、「自国の利益のためなら何でもする国」というイメージを国際的に流布させる契機になったこと自体は否定できません。2008年の北京五輪で、聖火リレーが各地で妨害された一つの要因には、ダルフール紛争がありました。

 こうしてみたとき、ロヒンギャ問題は中国にとって「第二のダルフール」になる可能性が大きいといえます。中国はミャンマー政府やスー・チー氏をかばう一方、同国で大きな利益をあげているからです。

ミャンマーにおける中国

 図1は、ミャンマーの貿易額を示しています。ここから見て取れるように、欧米諸国が経済制裁を敷いた1980年代末からミャンマーの貿易に占める中国の割合は急増しましたが、その後停滞。しかし、ミャンマーの輸入に占める中国の割合は2000年代前半から、輸出におけるそれは2000年代末から、それぞれ上昇しています。

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 2011年に軍事政権は体制転換を決定。これを受けて欧米諸国も経済制裁を解除し、日本を含む西側諸国の投資などが相次いでいますが、それでもミャンマーの貿易額に占める中国の割合は30パーセントを越え、最大の貿易相手国です。

 このうちミャンマーの輸出について触れると、中国がミャンマー政府との間で天然ガスのパイプライン建設に合意したのは2008年2013年には天然ガスの輸入が始まり、この前後から中国のミャンマーからの輸入額は急増し始めました。

 さらに2017年4月には、ミャンマーのメイド諸島から中国本土に伸びる石油パイプラインも完成。これにより、中東やアフリカからタンカーで運ばれた石油が、よりスムーズに中国に輸送されるとみられます。

 これと並行して、中国はミャンマーで大規模なダム開発なども進めてきました。1997年にはサルウィン河に2200万キロワットを発電できる7つのダムを建設するプロジェクトに関して当時の軍事政権と合意。しかし、このダム建設に自然環境や現地住民の住環境への悪影響があるという反対を受け、ミャンマー軍が少数民族の鎮圧に乗り出しました

 こうして、ロヒンギャ難民への国際的な関心が高まるなか、中国は一貫してミャンマー政府を擁護する一方で経済的な利益をあげてきたのです。ダルフール紛争での批判を受け、当時の国家主席だった胡錦涛氏は周辺国での開発協力を増やし、不安定な地域情勢を背景に国連PKOへの参加を増やすなど、「貢献」を前面に押し出すことで、国際的な批判を和らげようとしました。しかし、習近平氏のもとで中国政府はより周囲との軋轢を躊躇しない傾向を強めており、ロヒンギャ問題でも譲る気配はみえません

 この背景のもと、民主化運動のヒロインとして一時は西側諸国で持ち上げられたスー・チー氏を中国が擁護し、結果的にロヒンギャ問題への対応が遅れるというねじれが生まれているといえるでしょう。

日本政府にとってのロヒンギャ問題

 その一方で、人道危機が深刻化するミャンマーへの対応は、日本にとっても他人事ではありません。

 中国政府ほど大声でないにせよ、日本政府も「主権尊重」、「内政不干渉」を大方針としており、実際に欧米諸国が経済制裁を敷いていた間もミャンマーと僅かながらも貿易を続け、開発協力を提供していました。

 今回のロヒンギャ問題に関しても、8月上旬に岸外務副大臣が訪問した際にミャンマー政府との間で話題になったとは確認されません。それでいて岸副大臣は(「中国の封じ込め」を念頭に)民主主義や法の支配の重要性を強調しています。また、8月末からの衝突に関しても、日本外務省からは「ミャンマー軍への攻撃」を非難し、「早期の治安回復」を求める声明しか出されていません。つまり、ロヒンギャ問題に関して、日本政府はほぼ完全にミャンマー政府の側に立っているといえるでしょう

 念のために言えば、ロヒンギャが「ただの被害者」ではなく、ミャンマー軍への攻撃をしている勢力があることも確かです。また、バングラデシュなどの難民キャンプでは、アル・カイダや「イスラーム国(IS)」が戦闘員をリクルートしている懸念もあります。

 さらに、日本にとってもミャンマーは「東南アジア最後のフロンティア」として経済的な関心が高く、それが相手国政府との関係を重視させたとしても、不思議ではありません。そして、「人権重視」を叫ぶ欧米諸国に、自分たちと関係の深い国における人権侵害には口を閉ざしがちな「二重基準(ダブルスタンダード)」がある(例えばサウジアラビアなど)ことも疑いありません。

 とはいえ、その一方で、ミャンマーの治安部隊や過激派仏教僧、さらに一般ビルマ人がロヒンギャを迫害していることもまた確かです。これに関連して、ミャンマー政府はラカイン州でロヒンギャの保護にあたっているNGOなどを「テロリストを支援する者」として規制し自らに批判的なBBCなど海外メディアに検閲を行っています

 ロヒンギャの一部がテロに加担しているとはいえ、このようなミャンマー政府・軍による「国家テロ」が問題視されているなか、「民主主義と法の支配を共有している」と相手に述べることは、外交辞令であるとしても、控え目にいったとしてもバランスを欠いたものと言わざるを得ないでしょう

日本にとっての宿題

 多くの日本人は、日本が西側先進国の一国であることを疑いません。しかし、少なくとも人権や民主主義といった側面において、日本と欧米諸国の間には大きなギャップがあります。

 先述のように、日本政府は「主権尊重」、「内政不干渉」を大方針としてきました。それはミャンマー軍事政権との関係だけではありません。例えばアパルトヘイト(人種隔離政策)体制下の南アフリカが国連によって経済制裁の対象となったとき、最後まで同国と貿易を続けたことで、日本は1988年にアフリカ諸国から国連総会において名指しで批判される事態を招きました。現代でも、欧米諸国が経済制裁の対象としているジンバブエやスーダンの政府代表は、日本政府と支障なく公式の会見をもっています。

 相手国の「国内問題」に口を出さない態度は、控え目といえるかもしれません。しかし、それは結果的に、相手国にある不公正を見過ごすものでもあります。

 さらに、「内政不干渉」を盾に、相手がどんな政府でもそれとのみ関係を築くことは、その政府が転覆しないという前提に立つもので、民主主義の観点からだけでなく、危機管理という意味でも問題です。その指導者が失脚した時、それとのみ強い関係をもっていた「前歴」がプラスに作用することはありません。

 のみならず、それは日本政府が求める「国際的なリーダーシップ」に繋がるのかも疑問です。「人権侵害」を叫ぶ欧米諸国や、それと国連安保理で拒否権さえ用いて対立する中国は、それぞれに欠陥がありながらも、少なくとも相手国における存在感は大きくなります。しかし、日本政府は欧米諸国と一線を画しながらも、それを批判することは皆無です。現状において、ミャンマー政府にとって日本政府は「毒」にはならないでしょうが、「薬」にもなりません

 相手国政府の立場のみをおもんばかりながら、一方で最終的には「西側先進国」としての立場を優先させて欧米諸国と歩調を合わせるというどっちつかずの方針は、かねてからの日本政府の宿題だったといえます。ロヒンギャ問題と中国の行動は、期せずしてこれを提起しているといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)、『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)など。

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