イスラエルのアフリカ進出:「世界」を目指す者はアフリカを目指す

アフリカ歴訪中のネタニヤフ首相とエチオピアのデサレン首相(2016.7.7)(写真:ロイター/アフロ)

 イスラエルのアフリカ進出が加速しています。ネタニヤフ首相は2016年からアフリカ各国をたびたび訪問しており、今年10月には初めてアフリカ30ヵ国以上との首脳会合が開催される予定です

 イスラエルのアフリカ進出は、中東情勢にも影響を及ぼします。それは、アフリカの支持を取り付けることが、国際的に自らの正当性を示し、発言力を担保することにつながるからです。イスラエルが国際的な発言力を強めることは、パレスチナ問題にも大きく作用するとみられるのです。

イスラエルのアフリカ進出

 イスラエルのネタニヤフ首相は2016年6月、ケニア、ウガンダ、ルワンダ、エチオピアなどの東アフリカ諸国を歴訪。イスラエルの首相がアフリカを歴訪するのは、約30年ぶりのことでした。

 これに続いて2017年7月には、西アフリカ15ヵ国が加盟する西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の首脳会合に、アフリカ以外の国の首脳として初めて出席。そして、冒頭に述べたように、今年10月23日にはトーゴでアフリカ・イスラエル首脳会議が開催される予定です。

イスラエルは何を目指すか

 イスラエルがアフリカを目指す最大の理由は、パレスチナ問題をめぐるイスラエルの国際的な立場を回復することにあるといえます。

 イスラエルは四度の中東戦争を通じて、国連決議で「パレスチナ人のもの」と定められたヨルダン河西岸地区やガザ地区を占領。ガザ地区は2005年に返還されましたが、イスラーム過激派「ハマス」の活動を理由にイスラエルはこの地域を封鎖しており、ガザ住民は電力や食糧の不足に直面しています。また、ヨルダン河西岸地区にはユダヤ人が入植しており、やはりハマスの攻撃を理由にユダヤ人とパレスチナ人を隔てる分離壁の設置が進んでいます。

 この背景のもと、双方はたびたび衝突しており、2017年7月にもイスラエル兵への銃撃事件をめぐり、イスラエルがイェルサレムにあるイスラームの聖地付近に金属探知機を設置したことで緊張が高まりました

 そのため、近年ではイスラエルに対する「人種差別」の批判も噴出。米国トランプ政権の状況からも分かるように、今の世界では「人種差別的」というラベルは、多くの日本人が想像する以上の重みがあります。これを払拭し、パレスチナ問題における自らの立場を正当化することは、イスラエルにとって喫級の課題といえるでしょう

なぜアフリカか?

 イスラエルが「国際世論」の転換を図っていることと、そのアフリカ進出にはどんな関係があるのでしょうか。

 確かにアフリカは貧困国が多く、一国単位で考えれば大きな影響力をもちません。しかし、国連加盟国192ヵ国のうち、地理的にアフリカに属する国は54ヵ国にのぼり、イスラームの影響がとりわけ強いエジプトなど北アフリカ諸国をのぞいても49ヵ国あります。言い換えると、国連加盟国の約4分の1はアフリカの国なのです

 そのため、一国一票で採決される国連総会などで、アフリカは結束して投票する傾向があります。結束することで、アフリカの発言力を高めるためです。

 その結果、自らの正当性を示そうとする国は、多かれ少なかれアフリカの支持を取り付けようとしてきました。1971年、中国は国連代表権を台湾から勝ち取りましたが、そこにアフリカ諸国の支持は欠かせませんでした。裏を返すと、アフリカの支持を得そこなった場合、国際的に自分の正義を掲げることは困難です。

 そして、アフリカから支持を取り付けるために、一番手っ取り早い手段として援助や経済協力を用いることも、多くの国に共通するパターンです。それは欧米諸国だけでなく、例えば日本政府はアフリカ各国の首脳を招いた東京アフリカ開発会議(TICAD)で必ず「国連改革(日本の国連安保理入り)」を念押しします。また、冷戦期以来、中国と台湾はどちらが中国の正統な政府かをめぐり、アフリカで援助競争を繰り広げてきました。

イスラエルとアフリカ

 ところが、イスラエルはアフリカの間には、これまで冷たい関係がありました。

 アフリカの多くの国は1960年代に独立しましたが、1970年代まで総じてイスラエルと友好的な関係にありました。しかし、1970年代にその関係は一変。その転機は1973年の第四次中東戦争にありました。

 シリアとともにイスラエルを攻撃したエジプトは、アフリカ各国に対してイスラエルとの関係を見直すように要求。これはイスラエルを孤立させるためでした。

 一方、アフリカ諸国にとって、「アラブ人とユダヤ人」あるいは「ムスリムとユダヤ教徒」という対立軸は縁遠いものでした。むしろ、当時のアフリカにおいては、有色人種のあらゆる権利を制限する南アフリカ白人政府のアパルトヘイト(人種隔離政策)が「共通の敵」でした。

 そこで、中東諸国とアフリカ諸国は、イスラエルと南アフリカを「白人中心の植民地勢力」としてセットで位置づけ、お互いの立場を支持しあうことで、それぞれの「敵」に対する国際的包囲網を狭めていったのです。

 イスラエルと南アフリカは東西冷戦の文脈において明らかに西側で、先進国から支持・支援されていました。これも、かつての西側諸国による植民地主義の記憶が新しかった当時、中東とアフリカが連携することを助けたといえます。

 この背景のもと、1973年にアラブ石油輸出国機構はイスラエルを支持する国への石油禁輸を発表。そのなかには南アフリカも含まれました。これは当初は制裁に消極的だった西側を巻き込み、1977年から国連で南アフリカに対する経済制裁が段階的に決議される呼び水となりました。その結果、1994年に南アフリカでは全人種が参加する選挙が行われ、黒人政権が樹立されるに至ったのです。

 その「見返り」として、アフリカ諸国はパレスチナ問題でアラブ諸国を支持。とりわけ国連総会では、イスラエルのパレスチナ占領やユダヤ人入植、現地におけるパレスチナ人やムスリムの人権状況を非難する決議が毎年のように出されていますが、これに対してアフリカはほぼ一致してパレスチナを支持する立場を示してきました。そして、それはほぼ必然的に、イスラエルとアフリカの関係を冷却化させてきたのです。

イスラエルの目的と手段

 以上に鑑みれば、「パレスチナ問題でのイスラエル支持」を最大の目的として、イスラエルはアフリカ進出を図っているといえます。実際、2016年11月、ネタニヤフ首相は国内での講演のなかで、アフリカを含む各地を訪問したことを報告した後、以下のように述べています。

 「これらの国で我々がビジネスについて、安全保障について、経済や技術について話した後、彼らはこう聞いてくる。『パレスチナについて何か協力できますか?』と。それに対して私はこう言う。『もちろん、お手伝いいただけます。しなければならないことは一つだけ―それがリトマス試験紙です』」。

 要するに「パレスチナ問題で支持してくれれば、見返りとしてイスラエルは相応の協力をする」ということです。ここまで直接的な表現をする指導者も稀です。しかし、虚飾を除けば、アフリカに支援している国の指導者、政府は多かれ少なかれ、同様のことを考えているといえます。

 念のために言えば、アフリカ各国政府に「もらえるものをもらえば支持する」姿勢があることも確かです。冷戦期、中台の援助競争を背景に、定期的に中国と台湾の間で支持を入れ替えるアフリカの国が多かったことは、その象徴です。

 いずれにせよ、支持の確保に向けて、イスラエルも他の国と同様、援助や経済交流を進めています。2016年7月のネタニヤフ首相の東アフリカ歴訪には、70人のビジネスリーダーたちが同行し、民間企業同士で商談会が開かれました。また、ネタニヤフ首相の東アフリカ歴訪に先立って、イスラエル政府は129億ドルの経済協力を表明。ネタニヤフ首相は農業、エネルギー分野などでの協力を強調しており、これに沿って2016年12月にはイスラエルの乾燥地帯における農業技術をデモンストレーションする会合が、西アフリカ諸国を招いてイェルサレムで開催されました

切り札としての「反テロ」

 東アフリカ諸国を歴訪した際、ネタニヤフ首相は「イスラエルはアフリカに戻り、アフリカはイスラエルに戻る」と演説しました。これはアフリカ進出に向けたイスラエルの決意や自信を表すといえるでしょう。

 ただし、技術水準が高いとはいえ、イスラエルにとって、大規模産油国の多いアラブ諸国と資金協力や経済取り引きの金額で争うことには限界があります。また、日本を含む西側諸国や、中国など新興国と比べても、その金額はとりたてて大きいものではなく、埋没しがちです。そのイスラエルにとっての「切り札」は、軍事協力になるとみられます

 イスラエルは1947年の建国以来、常に戦闘に直面してきましたが、アラブ諸国との関係から欧米諸国からの武器輸入も制限されてきました。一方、大戦期にヨーロッパでの迫害を逃れたユダヤ人に高学歴層が多かっただけでなく、1989年の冷戦終結後、ソ連から多くのユダヤ人科学者、技術者がイスラエルに渡ったこともあり、イスラエルの技術開発力は高く、「中東のシリコンバレー」とも呼ばれます。それは民生分野だけでなく、軍事分野でも同様です。

 その一方で、対テロ戦争に直面するアフリカ諸国には武器の需要が多くありますが、西側諸国は必ずしも積極的ではありません。相手国の軍隊が、テロ組織だけでなく、政府に批判的な市民にもその銃口を向けた場合、先進国の国内問題となるからです。イスラーム過激派ボコ・ハラムが200人以上の女子学生を誘拐した際、ナイジェリア政府がボコ・ハラム掃討のための武器の提供を求めた際、米国がナイジェリア軍による「裁判ぬきの処刑」を理由にこれに応じず、女子学生捜索のための無人機を提供するにとどめたことは、その象徴です。

 これらに鑑みれば、技術水準が高く、なおかつ西側先進国と異なり「面倒な」ことを言わずに武器を輸出してくれるイスラエルは、テロの脅威が蔓延するアフリカにとって魅力的といえます。実際、イスラエルによるアフリカ向けの武器輸出は2015年の8億ドルから2016年には65億ドルに急増しています。また、イスラエル軍は既にイスラーム過激派との戦闘に直面するケニアなどで軍事訓練を提供しており、これも今後増えるものとみられます。

 こうしてみたとき、ネタニヤフ首相が示した自信は、必ずしも裏付けのないものともいえません。

 仮にアフリカ諸国の間でイスラエル支持が広がれば、それは国連などにおけるイスラエル批判を抑制することにつながるため、イスラーム諸国の間には警戒感が広がっています。また、パレスチナ問題を「覆い隠す」ことは、イスラーム過激派に絶好の大義を提供することにもなり得ます。そのため、イスラエルのアフリカ進出は、中東にも影響を及ぼすとみられます。

 その一方で、アフリカのなかでも対応は分かれています。ネタニヤフ首相が訪問した際、ケニアのケニヤッタ大統領は「世界は変化しつつあり、テロリズムのようなグローバルな問題は新たなパートナーシップの必要を意味する」と応じました。一方、ネタニヤフ首相が出席した2017年7月のECOWAS首脳会合を、国民の過半数をムスリムが占めるナイジェリア政府は欠席しています。したがって、イスラエルのアフリカ進出が一方通行で進むかは不透明です。

 ただし、少なくとも、イスラエルのアフリカ進出によって中東、アフリカの双方に小さくないインパクトが生まれ、さらにそれが中東以外の地域におけるイスラーム過激派の活動にも影響を及ぼし得るものであることは確かです。その意味で、文脈を無視して引用するなら、イスラエルのアフリカ進出はケニヤッタ大統領がいうように「世界が変化しつつある」ことを象徴しているといえるでしょう。