日本の開発援助と外交に関する4つの論点(2)「日本の開発協力は米国のものより中国のものに近い」

(1)で述べたように、日本の開発協力は他の西側先進国と大きく異なり、日本自身もメンバーであるDAC(開発援助委員会)の「貧困削減」の方針と一致しないところも目立ちます

欧米諸国の援助が倫理的な規範意識を強調し、これに基づく無償資金と基礎的社会サービスを重視するのに対して、日本のそれは実利性を強調し、貸し付けに基づくインフラ整備を重視します。前者は「宣教師型」、後者は「商人型」と呼ぶことができます。

一方、2000年代以降、急速に台頭してきたのが、中国、インド、ブラジル、サウジアラビアなど、先進国以外のドナー(援助提供国)で、これらは「新興ドナー」と呼ばれます。新興ドナーが全て同じ特徴を備えているわけではないですが、とりわけ中国の開発協力はやはり「商人型」の特徴を色濃く備えており、多くの点で日本のものと類似しています

日本は国際的な立場としてはDACメンバーの西側先進国ですが、開発協力の内容やスタイルとしては、新興ドナーとりわけ中国に近いといえます。

新興ドナーとしての中国

まず、新興ドナーについて確認します。

表1は、主な西側ドナーと新興ドナーのパフォーマンスについての比較です。これをみると、金額などでやはり圧倒的に西側ドナーの方が大きいようにみえます。

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しかし、ここでいくつか注意することがあります。

  • 西側ドナーと異なり、DACメンバーでない新興ドナーは援助状況に関してDACに報告をする義務を負っていないうえ、そもそも情報の透明性も低いため、これらのデータは完全といえない。
  • これらはDACのODA(政府開発援助)の定義に当てはまるものを対象としており、いわゆる「援助」に該当しない資金協力は含まれない。そこでは、ODAの範囲を超えた金利の融資や、輸出クレディットラインなど商業ベースのいわゆるOOF(その他の公的資金の流れ)が含まれておらず、新興ドナーの資金協力はむしろこちらの方が多いとみられる。

そのため、先ほどの表を額面通りに受け止めて、西側ドナーと新興ドナーのバランスを測ることはできません。とりわけ、中国は膨大な資金を用いて、開発途上国で橋、道路、発電所などの経済インフラの建設を行っています。例えば、世界銀行の報告では、既に2006年段階で中国がアフリカ全域でインフラ建設のために投入した資金は80億ドルにのぼり、これは同年のDACメンバーによるアフリカ向けODAの合計53億ドルを大きく上回っていました。その後の約10年間で、この金額がさらに増加していることは、容易に想像されます。

中国からの開発協力は、中国輸出入銀行や中国銀行など国営の金融機関から相手国に貸し付けを行い、相手国は中国企業にインフラ建設を発注する形式がほとんどです。図1は、中国政府が発表したデータに基づき、2009年までに中国がアフリカ向けに行った譲許性融資(金利などで借り入れ側に有利な条件の融資)のセクターごとの比率を表したものです。

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中国政府が出したデータらしく、「いつから2009年まで」ということすらはっきりしないのですが、それでもここからは中国の開発協力がインフラ整備に大きく重点をおいていることが分かります。

西側ドナーと中国の論争

新興ドナーとしての中国の台頭は、2000年代半ばから西側先進国の警戒を招いてきました。既に「中国脅威論」は1990年代からみられていましたが、それは安全保障や貿易だけでなく、中国がドナーとして大きな存在感を示し始めた2000年代半ば頃からは、開発協力の分野にもこれが及ぶようになったのです。

2006年12月、IMFのマゼライ理事(当時)は、新興ドナーによる融資をともなうインフラ整備が、返済義務によってアフリカの貧困国の新たな負担になり得ると指摘し、その筆頭である中国に強い懸念を示しました。さらに2007年2月には、世銀エコノミストM.ナイムが米紙ニューヨークタイムズに「望まれない手助け―ならず者の援助」と題するコラムを寄稿し、中国が相手国政府の腐敗といった問題に目もくれず、中国企業が受注する、必要性が疑わしい「ハコモノ援助」をアフリカで乱発していると批判。これらをきっかけに、政府と企業が一体となってアフリカの資源や市場を席巻する中国に対する、欧米メディアによる「新植民地主義」批判が広がっていきました。

それらで共通して見られた論点は、上記のものを含めて、以下の三点に概ね集約されます。

  • 「融資に基づく大規模なインフラ整備が貧困国の財政負担を大きくしかねない」
  • 「相手国のためでなく自国の利益のために援助を行っている」
  • 「相手国で深刻な人権侵害があったとしても、それに顧慮せず援助を行っている」

これに対して、中国が言われっぱなしで引っ込むはずはありません。これらの批判に対する中国側の反論は、要約すると、下記のようになります。

  • 「中国は相手国からの要請に基づいて協力している」(ここには「1990年代以降の西側ドナーが『貧困削減』の方針のもとで教育や医療など基礎的社会サービスに重点をおいてきたため、貧困国内部にある経済インフラ建設の要望に応えられていない」という反批判が内包されている)。
  • 「中国は開発途上国であり、相互利益(あるいはWin-Win)を前提とする南南協力の原則に基づいて開発協力を行っている」(「開発途上国」を強調することには、「中国自身の所得水準がまだ低いので、先進国と異なり『あげる』タイプの援助はできない」、さらに「中国はDACメンバーではないのだから、『贈与』や『基礎的社会サービス』を援助の中心に据えるDACのガイドラインに従う義務を負わない」という含意がある)。
  • 「中国は相手国の主権を尊重する」(これは翻って、1990年代以降、相手国における人権保護、民主化、経済改革などを援助の前提条件にしてきた西側先進国の方針を『内政干渉』『主権侵害』と批判する論理になる)。

こうして、開発協力は欧米諸国なかでも米国と、中国の間の「言説をめぐる覇権」の一つの舞台になったといえます。

日本と中国の類似性

しかし、派手な宣伝戦や舌戦が多くの目を引きがちである一方、その影で静かに進行する調整に関心を向ける人が少数派であることは、国際政治に限らず政治の常です。2009年、DACは中国とともに、援助に関する共同研究グループを立ち上げました。その後、DACの2011年の文書では、自国企業の関与を自明とする、融資に基づくインフラ整備を中心とする開発協力が「アジア・ドナー」に特徴的であることともに、中国は1970年代の東南アジアなどにおける日本の援助を「リサイクル」したと評価されました。つまり、この報告書は、中国のスタイルが特別なものでないことを認めたといえます。

この報告書が指摘するように、冷戦期の日本の援助には、日本企業の関与が濃厚で、当時欧米諸国からやはり「国益のための援助」と批判された経緯があります。その後、日本はタイド率(援助提供国から開発援助に関わる資材などを調達する割合)を引き下げ、いまやその水準は多くの欧米諸国を下回ります。その一方で、現在でも日本の開発協力の中核が「贈与以外の資金協力に基づく大規模なインフラ整備」によって占められていることは、(1)で述べた通りです。

これに加えて、―これはDACの文書ではあまり強調されていませんが―主権を尊重し、相手国の内政への関与に消極的な点でも、日中は共通します

中国に関しては、以前にも書いたので割愛します。一方の日本の場合、2003年の新ODA大綱では、開発協力の原則として「自助努力」が強調されました。これは、欧米諸国から「国益のための援助」を指弾され、「日本の援助には理念がない」と批判されたことに対する、日本なりの返答だったといえます。

「相手国の自立を促す」という自助努力の理念は、相手の自主性を最大限に尊重するものです。これは、欧米諸国が「望ましい社会のあり方」に関する高邁な理想と開発協力を結びつけるあまり、ともすれば宣教師よろしく「自分たちは正解を知っている。君らはその通りにやればよい」という態度になりやすいことと対照的といえます。ただし、その一方で、「相手の自主性」を尊重することは、「その方向性に何も注文をつけない」ことと表裏一体で、それは引いては「相手国政府が『自主的に』国民の権利を侵害しても」、これを容認することになりがちです

「内政不干渉」と「自助努力」

実際、日本はDACメンバーのほとんどを占める欧米諸国と対照的に、人権保護や民主化を援助の条件とすることは、ほとんどありませんでした。1988年のクーデタ後のミャンマーや、1991年の(その後の東チモール独立の導火線となった)サンタクルス事件後のインドネシアなどに対して、欧米諸国が援助を停止したなか、日本がそれと行を共にしなかったことは、これを象徴します。また、国連による経済制裁の対象となったアパルトヘイト体制下の南アフリカと最後まで貿易を続け、1988年に国連総会でアフリカ各国から名指しで批判されたことも、同様です。

最近でも、2015年10月に中央アジア5ヵ国を歴訪した安倍総理は、このうちのキルギスで「議会制民主主義定着のため、引き続き協力する」と強調していましたが、この滞在時に示された日本からの援助の内容は、幹線道路改造、マナス国際空港機材整備、日本の中小企業の海外展開のための無償資金協力などで、民主化支援のための、市民活動などへの支援などはもちろん、選挙運営を円滑にするための機材供与すら皆無でした。キルギス以外の、決して民主的とはいえず、政府に批判的な勢力が力ずくで取り締まられている残り4ヵ国では、民主主義のミの字も口にしないまま、それぞれインフラプロジェクトに関する交換公文や日本企業の進出に関する協定が交わされました(この外遊に関する情報はこちら)。

もちろん、テロなどによって生命が脅かされないことや、衣食住などの物質的な満足感を充足させることも重要な課題で、どんな状況下でも民主主義が何より最優先の課題かどうかには、疑いの余地があります。また、中ロとの勢力争いもあり、さらに中央アジアでの資源開発などに参入したいというのも分かります。さらに、人権保護や民主化を援助の前提条件とする欧米諸国の強硬な方針が開発途上国の反感を招いてきただけでないうえ、相手国との関係次第でこれをなかったことにするダブルスタンダードも顕著です。

とはいえ、日本政府が公式文書や外交的な場で(さらっと)口にするほど、相手国の民主化や人権保護に熱心とはいえず、そこではやはり内政不干渉原則に基づく「自助努力」が優先されていることもまた、確かといえるでしょう。つまり、人権保護や民主化に関する公式の場での発言のトーンに若干の違いがあるにせよ、開発協力を提供する際、相手国の内政にほとんど口を出さないという点において、日中間に大きな違いはないのです。

中国の開発協力の政治性

その一方で、日中間には相違もあります。そのうち、最大のものとして、人権保護や民主化を開発協力の前提条件にする欧米諸国への態度の違いがあげられます。

中国の場合、総じて相手国の内政に口は出さないものの、開発協力の提供を通じて相手国を自らの陣営に引き込み、引いてはそれをもって欧米諸国なかでも米国を批判するという点において政治的です。

その一例として、12月に第6回会合が開催された、FOCAC(中国-アフリカ協力フォーラム)があげられます。2000年に第1回会合が開かれたFOCACは、中国の対アフリカ政策のプラットフォームとも呼べるものです。毎回、この場で中国の対アフリカ援助が発表される一方、双方のビジネス関係者が集う大商談会という側面もあります(FOCACで示された援助内容に関してはこちら)。

このFOCACの会合で発表される共同宣言や行動計画には、その時々でトーンの差はあれ、概ね西側先進国による「援助の政治利用」や「人権のダブルスタンダード」を批判する文言が盛り込まれています(FOCACの公式文書はこちら)。これは中国政府の意向を反映したものですが、公式のドキュメントである以上、参加するアフリカ諸国の意向と全く反する内容が盛り込まれるはずはありません。

冷戦終結後に西側先進国が人権保護や民主化を援助の前提条件に加えたことにより、その圧力を最も強く受けたのは、援助依存度が高い貧困国の集まりであるアフリカだったといえます。結果的には、それによって民主化が進み、ガーナやセネガルのように、選挙による政権交代が実現した国もあります。とはいえ、近代以降、理念や思想を「輸出」し続けてきた欧米人には想像できないことでしょうが、外部から一方的に「スタンダード」を押し付けられることが愉快であるはずはありません。民主化しているか否かにかかわらず、ほとんどのアフリカ諸国にあるこの不満を、開発協力を通じて収斂させることで、中国は自らの国際的発信力にしているといえるでしょう。中国がアフリカをはじめ開発途上国の間で支持を集める状況は、米国などで警戒感をもって「北京コンセンサス」と呼ばれます。

日本の開発援助における「二重の」非政治性

これに対して、日本の場合、レシピエント(援助対象国)の内政に関して口を出さないだけでなく、欧米諸国による援助の政治的コンディショナリティ(条件付け)についても何も言わないという、二重の意味で非政治的といえます。

1993年から開催されているTICAD(東京アフリカ開発会議)は、日本の対アフリカ政策のプラットフォームです(TICADについてはこちら)。TICADはアフリカ各国首脳だけでなく、他の西側ドナーなども招いて開催される、日本政府が定期的に主催する国際会議としては最大規模のものです。

TICADで発表される共同宣言や行動計画には、毎度のように「国連改革の必要性」の文言が盛り込まれているものの、それ以外の政治的要素はほぼ皆無です。日本政府は基本的にアフリカ各国に人権保護や民主化を求めることがないだけでなく、政府によって支援されるアラブ系民兵によるアフリカ系住民の組織的な虐殺が報告されるスーダンや、政府による白人財産の一方的な接収が行われているジンバブエなど、深刻な人権侵害を理由に米国などから制裁を受けている国の代表も、TICADに問題なく出席できています(FOCACにはもちろん出席できる)。その一方で、FOCACと異なり、TICADは欧米諸国による「援助の政治化」や「人権のダブルスタンダード」への批判を打ちあげる場にもなっていません

つまり、日本は自らの援助を人権保護や民主化に結び付けることはほとんどありませんが、それをしている欧米諸国を批判することもないのです。2000年代以降、アフリカへの関心が高まるにつれ、日本のTICADを真似たようなフォーラムが、中国だけでなく、米国、EU、インド、ブラジルなど各国で開催されていますが、そのなかでもTICADはとりわけ非政治的な色彩が濃いものです。この点が、日中間の最大の違いといえるでしょう(続く)。