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西アフリカ・エボラ出血熱のアウトブレイク:日本政府のあり方への疑問

六辻彰二国際政治学者

アウトブレイクへの反応

西アフリカでエボラ出血熱の感染が広がり、8月13日までに確認された死者数は1,069人、感染が確認、あるいは疑われるケースは1,975人に上りました。しかし、世界保健機関(WHO)はこの数字が過小評価されたものとの見方を示しています。アフリカでは統計データを集めることが困難で、まして治療にあたっていた医療従事者が相次いで感染するなど、混乱した状況にあっては、WHOの見方に同意せざるを得ません。

感染の拡大(アウトブレイク)はギニア、リベリア、シエラレオネの3ヵ国で特に目立ちますが、人の移動がグローバル化する現代にあって、アフリカ以外への感染の拡大が懸念されています。一方、外交官など現地駐在の外国人の退避も始まっています。

そのなかで、WHOや現場の医療従事者からは、各国に緊急支援を求める声があがっていますが、国際的な反応は必ずしも迅速とはいえません。8月11日、シエラレオネのコロマ大統領は「国際社会の反応の遅さに対する深刻な失望」を表明しました。

もちろん、アウトブレイクの対策のための支援を表明する国も少なくありません。米国、英国、フランスなどは医療関係者を派遣しており、ドイツなども患者を引き受けています。さらに、8月12日、未承認のワクチンの使用に倫理的な問題はないとWHOが判断したことで、カナダ政府は同日、800-1000回分のワクチンをWHOに寄付することを発表。また、中国政府も医療関係者を派遣していますが、7日には上記3ヵ国向けにおよそ5億円分の支援を発表しています。しかし、それでもアウトブレイクによる死者の増加に歯止めはかかっていないのです。

このなかで、日本政府は4月4日の段階で、UNICEFを通じてギニアに約52万ドルの資金協力を行うことを発表しました。しかし、その後5月から8月までに3度にわたって、WHOからの要請に基づいて国立国際医療研究センター国際感染症センターから人員が派遣されたが、いずれも1名をWHOミッションに派遣するにとどまりました。アフリカをフィールドにする者の端くれとして、実際に危険な現場に赴くことには、敬意を表してやみません。しかし、政府全体の反応のトーンが総じて低調であることは確かでしょう

なぜ「支援すべき」なのか

「なぜ国際協力を行うべきか」という質問に対しては、三つの次元の回答があり得ると思います。

  • 「困っている人を助けるのは、人道的に正しいこと」という「倫理的」回答(あるいは朝日的回答)。
  • 「非常事態において支援することで、自国の存在感を示せる」という「国益的」回答(あるいは産経的回答)。
  • 「感染症の拡散は誰にとっても脅威になり得る、つまり自分も無縁ではいられないのだから、協力してアウトブレイクに対応することは全員にとっての利益になる」という「国際社会」的回答(あるいは日経的回答)、の三つです。

一人の人間のなかに複数の回答があり得ることは否定できませんが、どのトーンが強いかで、その人のイデオロギーが浮き彫りになると思います。しかし、ここで重要なことは、どの視点からみるにせよ、エボラ出血熱のアウトブレイクに対する日本政府の対応が疑問視されるということです。

言うまでもなく、人道的観点からみるならば、感染症の蔓延によって生命を落とす人が続出する状況は、放置されるべきではありません。感染症の蔓延は、基本的に患者本人の責任ではありません。しかも、エボラ出血熱のアウトブレイクにより、大人と子供、男性と女性、若者と高齢者の区別なく死者が出ています。人道的な観点からすれば、これを看過することはできないでしょうし、少なくともどの国の政府も、何かしらの援助を提供する際には、これを口にするでしょう。実際、先述のギニアに対する緊急支援の際も、日本政府は「我が国とギニアとの友好関係及び人道上の必要に鑑み」と述べています。しかし、その主張からすると、リベリアやシエラレオネに特段の支援をしていないことは、「リベリアやシエラレオネとは友好関係がなく、人道上の必要も感じない」ということにもなりかねません。

次に、日本的な言い方でいえば「情けは人のためならず」という言葉に表されるように、困っている人に手を差し伸べることで、相手がなにがしかの形でお返しをしてくれることを期待する発想は、ある意味で人間の本性かもしれません。しかし、この観点からすると、やはり日本政府の反応は疑問です。2000年代の半ば以降の資源価格高騰により、今やアフリカは「最後のフロンティア」として、各国が資源や市場の争奪を繰り広げる舞台になっています。その意味で、いろいろと批判はありますが、中国がアウトブレイク3ヵ国全てに支援していることは、さすがといえばさすがです。実際、シエラレオネ大統領府ウェブサイトのトップでは、中国政府からの支援がでかでかと掲載されています。一方、これと張り合うようにして、日本政府は2013年の第5回TICAD(東京アフリカ開発会議)アフリカとの関係強化を内外に喧伝しています。また、2006年にはアフリカの医療の発展に貢献した人を顕彰する「野口英世アフリカ賞」を創設していますが、これもやはりアフリカとの関係強化を念頭に置いたものでした。これらを踏まえて今回の対応を振り返ると、アフリカで日本が「普段は愛想がいいが、非常時に静かな国」とみなされても致し方ないでしょう。「売り手市場」としての側面が大きくなる現在のアフリカでプレゼンスの拡大を図るとすれば、これは全くのマイナス要素と言わざるを得ません。

最後に、HIVや鳥インフルエンザに象徴されるように、ヒトの移動がグローバル化した時代背景のもと、感染症が世界的に広がることは珍しくありません。その意味で、国境を超えて最低限度の健康状態を保持することは、どの国にとっても影響を避けられない課題です。その観点から、「国際公共財」として各国の人々の健康状態を捉えるグローバル・ヘルスという言葉も国連やサミットなどでは定着しています。この観点からすれば、アフリカ域外に拡散する危険性のあるエボラ出血熱のアウトブレイクを、「対岸の火事」とみなすことはできません。これまで、日本政府もガーナのアクラ大学にHIVや寄生虫対策の研究を行う「野口記念研究所」を設置するなどの取り組みをみせています。しかし、感染症は次々と出てきます。また、今回のアウトブレイクをきっかけにリベリアで政府への不信感が広がるなど、影響は国家・社会全体に広がっています。5パーセントを超えるアフリカの経済成長は、今やアフリカだけでなく、欧米諸国やアジアの新興国の景気にも大きく影響を及ぼすようになっていますが、ビジネスイベントが相次いでキャンセルされるなど、今回のアウトブレイクが経済成長にも負の効果を及ぼすことは避けられない見通しです。

「社会を支えるコストはその能力に応じて負担すべき」とすれば、日本政府が好んで使う「世界第三位の経済大国」の名に恥じないコストを今回のアウトブレイクで負担しているかは、はなはだ疑問です。この手の批判に対して、日本政府から出ることが予想される反論は、「WHOへの拠出金で日本は第2位だ。グローバル・ヘルスに貢献している」というものです。確かに、日本政府は2014年度、WHO歳入の約10パーセントを占める約1億ドル拠出しており、これは米国(約2億3,000万ドル/約22パーセント)に次ぐ第2位です。むしろ、その観点からすると、日本よりGDPが大きいはずの中国が、約5,400万ドル(全体の約5.1パーセント)しか拠出していないことは、多国間関係より二国間関係を重視するその外交スタンスを示すと同時に、「国際公共財の提供に寄与していない」という中国への批判を裏書きするものといえるでしょう。しかし、いずれにせよ、予算が組まれた時点で想定されていなかった非常事態が噴出した場合、それに対応しなければ、少なくとも「国際公共財の提供に消極的」とみなされても仕方ありません。

終戦の日に思うこと

古来、病気は戦争と並んで、人間にとって大きな災厄でした。その克服は、社会の安定と発展に欠かせません。モノ、ヒト、カネが縦横に移動するグローバル時代にあって、同様の出来事は今後も増えこそすれ、減少することはないでしょう。

今春以来、日本政府のなかでは中国の海洋進出を念頭に、ODAのガイドラインであるODA大綱を見直して、フィリピンなどへの軍事援助を模索する動きがあります。総じて日本のODAは、いわゆる「国益重視」の側面が大きいことが否めませんが、現政権ではそれがとりわけ露骨なようです。しかし、仮に「国益重視」路線でいくとしても、先ほど述べたように、今回の対応は決して日本の国益に適うものとも思えません。

もう一つ、付け加えるならば、アフリカが国連加盟国193ヵ国中53ヵ国、つまり国連全体の約4分の1を占めていることに鑑みて、こういった非常時に欧米諸国や中国の後塵を拝しているのであれば、(私個人は全くその必要はないと思うのですが)日本政府の悲願である安保理常任理事国入りなど、夢のまた夢ということです。これまた先ほど述べたように、今やアフリカは「売り手市場」に近いのであり、「インフラ整備などの援助さえすれば貧困国が多いアフリカはなびくはず」というのは、全くの思い込みに過ぎません。特定の国との関係だけをみて、自らに都合のいい解釈でそれ以外の世界をみるのは、あの戦争に突っ込んでいった当時の政府に通じるものというと、言い過ぎでしょうか。

アフリカが日本から遠いことは確かです。とりわけ西アフリカとなれば、ヒトの往来も限定的でしょう。しかし、それらを踏まえたとしても、今回のアウトブレイクに対する日本政府の反応は、あまりに鈍いと言わざるを得ません。そこからは、日本政府あるいは現政権の内向き姿勢を、改めて見出すことができるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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