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シリア内戦に対する軍事介入:可能性、背景、特徴

六辻彰二国際政治学者

誰が化学兵器を使ったか?

8月21日、2年以上にわたって内戦が続くシリアの首都ダマスカス郊外で、化学兵器によるとみられる攻撃が発生し、子どもを含む数百名の死者が出ました。これを受けて、シリア情勢は緊迫の度をこれまでになく高めています。

シリア政府は国連による現地調査の要請を受け入れましたが、安全上の問題から、調査団の活動は予定より遅れています。そのため、8月28日現在、誰が化学兵器を使用したかについて、国連は正式な発表ができていません。

しかし、その一方で、米国やフランス、イギリスをはじめとする欧米諸国は、既に「アサド政権が反体制派を攻撃するなかで化学兵器が使用された」とする見方を固めています。また、サウジアラビアなど近隣アラブ諸国からなるアラブ連盟も、アサド政権が化学兵器を使用したとする決議を採択しています。欧米諸国はアサド政権への制裁として軍事介入を辞さない構えで、(西側向けの原油輸出国が多い)アラブ連盟諸国も基本的にこれを支持する立場です。

一方、アサド政権はこの事件への関与を否定し、化学兵器は反体制派が用いたと主張。欧米諸国による軍事介入は、内戦に乗じてシリア国内に流入し、活動を活発化させているアル・カイダなどの過激派を利するような混乱を呼ぶと警告したうえで、さらに「世界が驚くであろう自己防衛能力」についても言及するなど、強い拒絶反応を示しています。

シリア国内でも、アサド政権が化学兵器を使用したとする見方を疑う意見もあります。また、軍事介入に関しても、反体制派をはじめこれを歓迎する声がある一方、イラクやリビアのように混乱が増幅することを懸念する声もあり、賛否が分かれています

欧米諸国は軍事介入を実施するか

化学兵器使用の真偽だけでなく、介入の是非をめぐって意見が衝突するなか、しかし欧米諸国は既に軍事介入に向けての準備をほぼ完了しつつある模様です。8月28日、反体制派の連合体「シリア国民連合」と、これを支持する各国グループ「シリアの友人」主要11カ国(米、英、仏、独、伊、トルコ、サウジアラビア、エジプト、ヨルダン、UAE、カタール)代表がイスタンブールで会合を開き、この場で「数日以内に欧米諸国が軍事活動を開始する可能性」を伝えました。

米国政府はこの介入が「アサド政権を倒す」ためのものでなく、「化学兵器使用に対する懲罰」の意味合いが強いことを強調しており、手段も地上軍の派遣をともなう大規模なものでなく、空爆が中心とみられています。

しかし、軍事介入に対しては、冷戦時代からシリアを中東での拠点としてきたロシアが反対を表明しています。また、外国による介入を嫌う中国も、これに同調しており、国連安保理での決議はこれまで同様に困難な見通しです。果たして、国連安保理での決議が得られなくても、欧米諸国は介入するのでしょうか。

シリアへの軍事介入を促す要因

欧米諸国が空爆に限定した軍事介入を行う可能性をうかがわせる要因は、まずアサド政権の立場にあります。これまでにも、1999年のコソボ、2003年のイラクなど、国連安保理での明確な決議を経ずに、米国やNATOが特定の国に対して軍事介入したことはありました。しかし、これまでの事例は、コソボのミロシェビッチ政権のように「人道に対する罪を犯した者に制裁を加える」、あるいはイラクのフセイン政権のように「大量破壊兵器を保有している危険な体制を崩壊させる」という大義であっても、少なくとも結果的には「介入する側(欧米諸国)からみて都合の悪い政権を倒す」ものとなってきました。

シリアの場合、冷戦時代から欧米諸国と敵対する傾向が強くありました。米国が主に支援するイスラエルとの関係においては、これにテロ攻撃を行っているレバノンのヒズボラを支援してきました。また、やはり欧米諸国と敵対するイランとも友好関係にあります。さらに、2011年からアサド政権の退陣を求める反体制派との内戦で、2013年8月までに100万人以上の難民を出すなど、シリアは地域の不安定要因の一つとなっています。これらに鑑みれば、アサド政権が欧米諸国からみた「都合の悪い政権」であることは明らかです。

さらに、2011年以来、米国、フランス、イギリスは再三に渡って国連安保理でシリアへの介入を提案してきましたが、いずれも中ロの反対で実現してきませんでした。中ロの反対の根幹にあるのは、「国家としての主権は絶対で、何人もこれを侵してはならない」という考え方(主権尊重)です。これに対して、欧米諸国は「人道の危機」を唱えてきましたが、中ロに容れられませんでした。その意味で、欧米諸国が「介入を正当化するさらなる理由付けや契機」を求めていたことは確かです。化学兵器を含む大量破壊兵器は、戦闘と無関係の市民を巻き添えにする点で、強い「タブー意識」があります。したがって、「アサド政権による化学兵器の使用」は、その真偽にかかわらず、そしてシリアが化学兵器禁止条約に署名していなくても、介入を正当化する大義にはなり得るでしょう。

軍事介入を制限する要因

しかし、欧米諸国にとっても、アサド政権に全面的な攻撃を仕掛けることに、リスクが大きすぎることもまた確かでしょう。そのために、「空爆を中心とする、化学兵器使用に対する制裁」としての介入が行われるとみられているのです。

まず注意すべきは、欧米諸国の国内情勢、なかでも経済状況です。米国のみならず、ヨーロッパ諸国もまた、金融危機のダメージから立ち直りつつあるいま、各国に新たな戦線を開く余裕はありません。シリアへの軍事介入に関する懸念から、各国で株価が値下がりに転じたことは、これを象徴します。現段階でシリアに介入することが、必ずしも国内でも支持を得にくい状況に鑑みれば、欧米諸国政府が(自国兵士に死傷者の少ない)空爆に限定した介入で対応しようとしていることは、不思議ではありません。

次に、「都合の悪い政権に対する軍事介入」の不人気です。今回も、国連安保理でシリアへの介入が決議されたとしても、これまでと同様に中ロの反対で否決されるものとみられます。ロシアや中国ほど明確に反対せずとも、特定の政権を標的とした、欧米諸国による一方的な軍事介入に好意的な国は、難民の増加などで戦闘の悪影響を被っている周辺国(この場合はアラブ連盟諸国)を除けば、必ずしも多くありません。1990年代のように欧米諸国の発言力が段違いに大きかった時代ならまだしも、新興国の台頭で「国際世論」というものが多元化する現代にあって、人道や地域の安定といった大義を掲げるにせよ、結果的に自分たちと敵対する政権を打ち倒すために軍事介入することは、その後の欧米諸国の立場、評判にも係わってきます。今回、米国政府が「アサド政権の崩壊を目指す軍事行動でない」ことを強調していることは、これを反映したものといえるでしょう。

以上に鑑みれば、欧米諸国のシリアへの介入は、空爆を中心とする軍事活動をともなう点で2011年のリビアの場合と同様ですが、国連の決議を経た介入でない点で、これと異なるものになるとみられるのです。

入る前から出口を探す必要性

とはいえ、軍事介入が混乱を助長し、アル・カイダなどテロ組織の活動を活発化させる契機になり得るというアサド政権の主張は、それが介入をけん制するためのレトリックであったとしても、予想される事態からかけ離れていないと思われます。

リビアの場合、反カダフィ派は国民評議会として政治的・軍事的に勢力をほぼ一本化することに成功し、NATOは空爆と並行してこれに軍事訓練などを提供しました。実際の首都トリポリ陥落は、評議会勢力が行いました。つまり、リビアの場合は支援すべき対象が明確で、それを内戦の勝者の立場に立たせることで、手を引くタイミングを掴みやすかったといえるでしょう。

しかし、シリアの場合、イランやレバノンから流入したイスラーム過激派勢力は、シリア国民連合とも敵対しており、三つ巴、四つ巴の争いを展開しています。このなかで軍事介入することは、仮にアサド政権の勢力低下につながったとしても、入れ替わりにアル・カイダなどのテロ組織の勢力を増しかねません。シリアがソマリアやアフガニスタンのような「破綻国家」になれば、各地を追われた過激派にとっては、絶好の隠れ家となります。その意味で、欧米諸国はシリアに介入する場合、これまで以上に、入り口に入る前から出口について見通しを立てなければならないといえるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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