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中国艦船のレーダー照射を「面子」から考える (1)

六辻彰二国際政治学者

「承知していない」から「事実と違う」へ

2月5日、小野寺防衛相は、1月30日に東シナ海で中国海軍の艦船が、海上自衛隊の艦船に射撃管制用のレーダーを照射していたことを発表しました。これに併せて、やはり1月19日、別の中国艦船が海自ヘリコプターにレーダーを照射した可能性も明らかにしました。これは実際の発砲に準じる行為で、少なくとも戦闘状態にない国同士の間で行われるには、あまりに攻撃的な意思表示です。偶発的な武力衝突の危険性に対して、日本政府だけでなく、米国政府も懸念を示しています。

日本政府の抗議に対して、中国側の担当者は当初、「まず事実を確認したい」と応えたと伝えられています。「これを承知していたわけでない」という姿勢をみせた後、7日夜の声明で、中国政府は日本政府の主張が「事実に合致しない」として、むしろ日本の艦船から追尾されたと非難し始めました。

考えられる筋書き

尖閣問題をめぐる日中間の緊張が少なくとも表面的にはやや沈静化していたタイミングで、かつての「餃子農薬混入事件」などと同様に、自らの責任を全く否定し、むしろ日本に責任の全てがあると声高に主張する姿勢に、うんざりしたひとも多いでしょう。かくいう私もそのひとりです。なぜ、中国は責任を認めないのでしょうか。

今回の事案には、およそ二つのシナリオが考えられます。

  • 国際常識に乏しく、なおかつ反日的な末端の兵員が、勝手にレーダーを照射した。それを公にすれば、人民解放軍の管理能力に対する評価を著しく損なうため、「事実でない」と強弁している。
  • 日本に対してプレッシャーをかけるため、実は政府レベルから、明示的であれ暗示的であれ、フリゲート艦にレーダー照射の指示があった。それもやはり公にできないので、知らなかったふりをして、「事実でない」と強弁している。

前者の場合、まさに偶発的な武力衝突を引き起こしかねない問題です。経済的なコストや国際世論、さらに日米同盟の存在を考えれば、いま中国政府が日本相手に戦争を仕掛けることは考えにくいわけですが、現場レベルで意図しない衝突が発生してしまった場合は話しが別です。故に、仮に今回の事案がシナリオ1に沿ったものだとすると、中国政府は対外的に日本への非難を強めておきながら、他方で(こっそりと)人民解放軍の綱紀粛正に向かうと考えられます。

一方、後者の場合、共産党、政府、人民解放軍に至るまで、中国全体が日本へのプレッシャーを強めようとしていることを意味します。シナリオ2が真実だった場合、軍事的な緊張を高める手法をとるか否かはともかく、今後とも同様のことが起こることになるでしょう。

「面子」に突き動かされる中国

いずれが真実かは、今のところ藪の中です。しかし、いずれにせよ、中国が自らの責任を認めず、むしろ日本を批判していることは確かです。その根本的な背景には、中国の行動原則である「面子(メンツ)」があります。

政治学者の木村雅昭・京大名誉教授は、中国社会を律する原則としての「面子」・「顔」を、自分自身の自分に対する内面的評価を重視する「名誉心」と異なり、社会的な立場によって自分に課される外面的評価を優先させる意識と捉え、その端的な例として、ノーベル文学賞にもノミネートされた中国の小説家・林語堂の文章を引用しています。「『顔』 を西欧流の『名誉』 と混同することは、悲しむべき誤りである。・・・地方長官の醜い息子が芸者屋に行ってひじ鉄砲を食い、一隊の巡警をひきつれて、その女の逮捕とその家の閉鎖を命じたとする。その息子は『顔』をかち得たわけだが、『名誉』を守ったのだとはいえないと思う』【木村雅昭『国家と文明システム』pp.243-244】。

つまり、周囲のひとからみた「自分の立場」を意識し、それにふさわしい行動を取らなければならない、というのが中国的行動パターンといえるでしょう。林語堂の例にあった「醜い息子」は、「地方長官の息子」としての社会的な立場、つまり「芸者屋の女ごときにバカにされては、他の者の手前、立つ瀬がない」という外面的評価を、「ひじ鉄砲を食ったことに逆切れするのはみっともない」という内面的評価に優先させたもの、と理解されます。このように外面を重視し、外面的評価を「立てる」ために細心の注意を払うことが行き過ぎれば、周囲から「その立場にふさわしい」という認知は得られるとしても、共感や賛同は得にくくなります

同時にまた、外面的評価を「立てる」ことが優先されれば、翻って内面を覆い隠すことにもなります。中国の贈答品には、箱の包装ばかり立派で、中身が貧相ということは、珍しくありません。(現代の)建築物では、遠目に威風堂々としていても、中に入ってみればひび割れなどが目立つことも、これまた珍しくありません。対人関係においても、相手の社会的立場を傷つけないことを優先させることで、儀礼的なコミュニケーションが多くなり、本心はなかなか明かさないことになります。つまり、他人を信用しないメンタリティが醸成されることになります。

反日と「面子」

以上を踏まえて、以下では「面子」の観点から、今回の問題を振り返ります。

まず、シナリオ1が真実だった場合、それは「世界第二の経済大国」の軍隊(厳密には人民解放軍は党の軍隊ですが)としては、まさに面子に関わる問題です。それは国際的にだけでなく、国内に対しても同じです。「党の軍」である人民解放軍は共産党体制を支える要であり、「遊びでレーダー照射を行った」といった不始末を口にできるはずはなく、その事実を日本に指摘されたこと自体が受け入れられなくなります。故に、林語堂の例に沿って言えば、「本当に悪いのは俺様に恥をかかせたお前だ」と息巻く「醜い息子」と同じ行動パターンになることは、理の当然です。

では、シナリオ2が真実だった場合はどうでしょうか。この場合、国内レベルと国際レベルで分けて考える必要があります。

まず国内レベルでは、日産やホンダの中国における1月の新車販売台数が、昨年9月の反日デモ以降、初めてプラスになったように、反日的なムードはやや緩和しているようです。しかし、上海の日系企業で、中国人従業員がストの一環として日本人幹部らを軟禁するなど、「反日」的行為が横行していることも確かです。つまり、仮に親日的であったとしても、「親日的な意見を吐いたら社会的な制裁を受けるかもしれない」と思わせる雰囲気があるのです。これは、先ほど述べた「面子」に立脚した「他人を信用しないメンタリティ」と結びつきます。この状況下、中国政府はまさに「面子」にかけて日本にプレッシャーをかける必要があるといえます。

その一方で、日中間では緊張緩和に向けた取り組みも進んできました。1月25日、公明党の山口代表が習近平総書記と会談し、日中間のハイレベルの首脳会談が重要であることで同意に至りました。この前後、鳩山元首相、村山元首相、加藤前衆院議員が相次いで訪中し、政府要人と面談を重ねています。緊張緩和そのものは、中国政府にとっても好ましいことですが、そのための対話が進むことが、国内の反日的世論から反発を招くこともまた、想像に難くありません。つまり、中国政府首脳部が、この状況下で敢えて日本に威圧的な態度をとることは、「日本に丸め込まれるほどヤワじゃない」という外面的評価、つまり「面子」を国内的に保つ効果があるといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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