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中国指導部の交代の意味

六辻彰二国際政治学者

中国の権力移譲システム

11月8日から開かれる中国共産党の党大会で、習近平国家副主席が、党主席に就任する見通しです。さらに来年3月には、全国人民代表大会(全人代)で国家主席に就任するとみられていて、そうなると習近平は現在の胡錦濤主席がもつ主要三ポストのうち、人民解放軍の最高責任者である中央軍事委員会主席を除く、二つを継承することになります。近い将来、中央軍事委員会主席のポストも引き継ぐことで、胡錦濤から習近平への権力移譲は、完成するものとみられています。

中国の権力継承は、独特のものです。中華人民共和国を建国した毛沢東の死後、共産党内部では後継者の座をめぐって、血で血を洗う抗争が起こり、政治は不安定化しました。これを収束させ、中国を改革・開放に導いた実力者・トウ小平は、安定的な権力移譲の方法を考案しました。まず、主要三ポストに任期を設け、特定の個人が半永久的にこれを握れなくしました。そのうえで、自らの後継者である江沢民を主要三ポストにつけただけでなく、その江沢民の後継者として胡錦濤を指名したのです。トウ小平は「自分の目の黒いうちに」、二代先の最高権力者までを決めておくことで、権力移譲にともなう混乱が再現しないようにしたいえるでしょう。

江沢民と胡錦濤

前・国家主席の江沢民と、現・国家主席の胡錦濤は、いずれもトウ小平に見出された、いわば兄弟弟子の関係です。しかし、近いもの同士が、仲良くなれると限らないのが人の世です。

もともと、二人のバックグラウンドは大きく違っています。江沢民は、改革・改革の早い段階からその恩恵を受けた上海に拠点をもちます。同じく市場経済化の恩恵を受けた幹部たちは、その財力をテコに、党、政府、軍に自身の血縁者を送り込み、インフォーマルな人間関係で国家の中枢を握る勢力となりました。この既得権益層は「太子党」と呼ばれ、江沢民はその頭目なのです。一方の胡錦濤は、甘粛省など貧しい地域でエンジニアとして働いた経験もあり、共産党の下部組織「共産主義青年団(共青団)」を支持基盤にします。

江沢民、胡錦濤の時代を通じて、共産党の内部は「太子党vs.共青団」の対抗軸で占められてきており、両者は共産党一党支配のもとでの市場経済という点で違いはなく、その対立は、中国によくある、人脈に基づく派閥間のそれです。

いずれにしても、次期主席が確実とみられる習近平は太子党に属しているのですが、それで新執行部が太子党一辺倒になるとは言えません。今年の春、重慶市の党委書記・薄キョ来が収賄と、さらにその妻によるイギリス人企業家殺害によって、突如失脚しました。これは太子党に属し、重慶市の経済成長を実現させたことで国民の人気の高い薄キョ来が、習近平率いる次期執行部に入ることを封じるために、共青団系によって排除されたとみるのが順当です。

基本路線に違いがない二大勢力

二つの勢力のバランスは、共産党の最高意思決定機関である、政治局常務委員の人数比と、その席次によって示されます。現在の人数は9人で、うち共青団系が3人。人数では少数派ですが、9人のうちの序列1位は胡錦濤、序列3位は温家宝首相で、これによって全体的なバランスが保たれているのです。

ロイターは19日、次期政治局常務委員の人選が、江沢民、胡錦濤、習近平の三者間で合意された、と伝えました。詳細は不明ですが、温家宝に近いといわれ、政治局常務委員入りが取りざたされていたオウ洋・広東省党委員会書記がないとのことです。さらにロイターは、複数の識者の分析として、江沢民、胡錦濤、習近平の三者が、政治改革に意欲的とみられるオウ洋を常務委員にすることで、党内の対立がさらに深まることを懸念してこれを外した、という観測を伝えています。

これが事実だとすると、トウ小平が定めた後継者継承の方法には沿わないものの、太子党の江沢民と習近平、共青団の胡錦濤がいずれも尊重する、トウ小平の改革・開放路線が基本的に継続されることは、ほぼ確実といえるでしょう。10月22日に発表された、11月の共産党大会で行われる予定の、党規約の改正について議論に関する声明文において、これまでは党規約の柱として、必ずといっていいほど声明文の最後に付け加えられてきた、毛沢東思想についての言及がありませんでした。これは、国父の考え方を公式に、あるいは全面的に否定はできないものの、トウ小平の社会主義市場経済の路線とバッテイングする毛思想を封印しようとする意思の表れともみられています。

大きな変化は予想できない

先ほど述べたように、太子党と共青団は人的ネットワークに基づく、緩やかな派閥で、政治・経済的な考え方に、大きな違いはありません。故に、胡錦濤体制のもとで、共青団系の政治家が、かつての太子党系の政治家がしていたように、ビジネス界や軍に人脈を広げ、個人的な利益を得ていたとしても、不思議ではありません。ニューヨーク・タイムズは温家宝首相とその一族が、この20年間で27億ドルの蓄財をしたと報じ、これに対して28日、温家宝首相側の弁護士が「事実無根」と主張する声明を香港の新聞に掲載しました。金額はさておき、胡錦濤の息子が中国で90パーセント以上のシェアをもつスキャナー会社の社長であることを踏まえれば、政治権力と経済的利益が極めて密接に繋がっていることは確かです。

つまり、様々な状況証拠を付き合わせていくと、太子党と共青団の間の対立はあるものの、そのいずれが主流派になったとしても、共産党中枢と繋がる人脈をもつ者が恩恵を受ける体制を、自発的に改革する意思は生まれにくい、といえるでしょう。言い換えれば、習近平が率いることになるとみられる新指導部のもとで、太子党が好む市場開放はさらに進むかもしれませんが、それ以上の急激な変化は起こらないとみられるのです。そのなかで、格差などに由来する、国民の政治的・経済的な不満が増幅することは充分に予想されることで、その延長線上に、今夏のように、当局が比較的大目にみやすい反日デモが、突発的に発生する可能性は大きいと考えられるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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