京都国際高からカープ入りした韓国人選手 母校の甲子園初出場に「誇らしい」

京都国際OBで元広島のシン・ソンヒョン(写真:トゥサンベアーズ)

第93回選抜高校野球大会は大会5日目となる24日の第2試合に、春夏通じて甲子園初出場の京都国際が登場。同校OBで初のプロ野球選手となった、元広島東洋カープのシン・ソンヒョン(申成鉉、韓国トゥサン)は母校の初出場に「信じられないし、強くなったんだなと思いました。誇らしいです」と話した。

京都国際は韓国系の国際学校「京都韓国学園」として1963年に開校。2004年から現在の名称となった。シン・ソンヒョンは韓国・ソウルのトクス(徳壽)中を卒業後、06年、京都国際に野球留学。大型内野手として通算30本塁打を記録し、3年生の9月に広島の入団テストを受けた。

入団テストでシン・ソンヒョンは53人の受験者の中でただ1人合格。3年ぶりの合格者となり、10月のドラフト会議で広島から4位指名を受けて、プロ入りが決まった。

2015年に取材で韓国を訪れた前田智徳さん(左)と当時ハンファコーチの正田耕三さん(中央)。2人のカープOBと話すシン・ソンヒョン(写真:ストライク・ゾーン)
2015年に取材で韓国を訪れた前田智徳さん(左)と当時ハンファコーチの正田耕三さん(中央)。2人のカープOBと話すシン・ソンヒョン(写真:ストライク・ゾーン)

シン・ソンヒョンは高校時代について「めちゃくちゃ、しんどかったです」と日本語で話し笑った。そして「練習はきつかったし、1年生の時は掃除や手伝いもあったので大変でした。ただ、今考えると野球をやる環境は良かったです。グラウンドがもう少し広かったらもっと良かったですね」と振り返った。

シン・ソンヒョンが甲子園大会の存在を知ったのは、韓国での中学生の時。たまたまテレビで見た映像だった。「ユニフォームの背中に背番号の布が縫い付けられていたのが印象に残っています」

父の勧めで日本に渡り、京都国際に進学。「高校では甲子園を目標にみんなで頑張っていたので、甲子園はとても大きな存在でした」

夢の甲子園を目指したシン・ソンヒョンが4番打者として迎えた3年生の夏。京都国際は京都大会準々決勝で、京都外大西に1-3で敗れた。自身の結果は3打数無安打2三振。「『4番として打たなきゃ』というプレッシャーの中で、チャンスで打てず悔しかったです」

シン・ソンヒョンはプロ入り後、阪神タイガースとの2軍戦で甲子園を訪れた。

「高校生の時に目標にして、テレビでもたくさん見た球場に自分がいるということが、信じられなかったです」

高校時代に成し遂げられなかった甲子園出場。それを果たした後輩たちに、シン・ソンヒョンはエールを送った。

「『(日本語で)おめでとう』って言いたいです。とても名誉なことだと思うし、負けてもいいのでベストを尽くして欲しいです」

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シン・ソンヒョンは高校卒業後に入団した広島での5年間で1軍出場はなく、13年限りで戦力外に。帰国後、独立球団を経て、15年に育成選手としてKBOリーグのハンファイーグルス入りし、後に正式登録となった。17年4月にトゥサンベアーズに移籍。昨季の成績は9試合に出場、打率2割5分だった。

KBOリーグでのシン・ソンヒョンは高校時代の定位置・ショートをはじめ内野のすべてのポジションを守り、今年は打力を生かすべく、外野守備にも挑戦している。

高校を卒業して12年、現在30歳。今年が正念場となるシン・ソンヒョンは来月3日のシーズン開幕を前に、「一球一球に集中して、一生懸命やるしかないと思っています」と語った。

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ファーストを守るシン・ソンヒョン(写真:トゥサンベアーズ)
ファーストを守るシン・ソンヒョン(写真:トゥサンベアーズ)