巨人は2日に来季のコーチングスタッフを発表。新任の2軍ヘッドコーチにキム・ギテ(金杞泰)元KIA監督(51)が就任した。

キム・ギテ新2軍ヘッドコーチ(以下、キム氏)は2007年から3年間、巨人のファームで研修コーチ、打撃コーチを務めた。その当時、キム氏から指導を受けた選手たちはキム氏について、「熱さ」と「厳しさ」を語っていた。

朝も夜も雨の日も練習に付き合った熱血漢

キム氏が日本を離れた2年後の2011年。シーズン中の5月23日に巨人の2人の育成選手が支配下登録となった。福元淳史と山本和作(かずなお)。当時27歳と24歳、いずれもプロ3年目の内野手でかつてキム氏が指導に力を入れた選手だった。

福元と山本がプロ入りした2009年、キム氏は巨人の2軍コーチとイースタンリーグの混成チーム・フューチャーズの監督を兼任。育成選手の2人もフューチャーズに参加し、キム氏と接していた。

福元はキム氏について「僕が試合でミスをすると、遠征から帰ってきた後でも、夜遅くまで個人練習に付き合ってくれました」と振り返った。

福元とキム氏はどちらも左打者。バットのヘッドが下から出る癖があった福元に、キム氏は自ら手本を見せ、アドバイスしたこともあったという。

「とてもリストが強くて、軽く振っただけでも強い打球が飛んで行きました」(福元)

現役時代に首位打者(1997年)、本塁打王(1994年)を獲得するなど、韓国球界の大打者だったキム氏の力に福元は驚かされた。

そしてキム氏は福元に口癖のように「必ず全力疾走すること」と言っていたという。

「これまでに出会ってきたコーチと比べて、試合に取り組む姿勢に厳しい人でした。でもメリハリがあって優しかったです」と支配下選手登録されたばかりの福元は話していた。

また山本にはキム氏との苦い思い出があった。

「雨の中で延々と素振りを命じられたこともありました。その頃の自分は打てなくてむしゃくしゃしていたので、キムさんに文句を言ってしまったんです」

LG監督当時、ノックバットを手にするキム・ギテ(写真:ストライク・ゾーン)
LG監督当時、ノックバットを手にするキム・ギテ(写真:ストライク・ゾーン)

育成から1軍の晴れ舞台へ。活躍をキム氏も喜ぶ

福元と山本はどちらも巨人で1軍出場することなく、福元は2012年6月にソフトバンクへ、山本は同年オフにオリックスへと移籍した。するとともに新天地で日の目を見た。

2013年5月15日、福元はセ・パ交流戦の広島戦に2番セカンドでプロ初スタメン。2日後の阪神戦では2安打を放ち、守備でも2度のダイビングキャッチを見せる活躍で勝利に貢献し、初のお立ち台に上がった。

山本もまた5月15日からショートで連日先発出場を果たし、19日のDeNA戦でプロ初アーチ。この一発が決勝打となった。

山本がいたオリックスには当時イ・デホ(現韓国ロッテ)が在籍。韓国でもオリックス戦の結果が報じられることから山本は、「キムさん、見ていてくれるかなぁ、すごく会いたいな」と口にしていた。

福元と山本が1軍で輝きを放ったその年、筆者は当時LGで監督を務めていたキム氏に会うたびに、2人の近況を伝えた。するとキム氏は「ソウデスカ、スゴイデスネ!」と両腕を大きく広げて喜んだ。

さらに「橋本(到=現ジャイアンツアカデミーコーチ)はどうですか?元気ですか?」など、ジャイアンツ球場でともに時を過ごした選手たちの名を挙げて尋ねてきた。

2019年の沖縄キャンプでのキム・ギテと阿部慎之助(写真:ストライク・ゾーン)
2019年の沖縄キャンプでのキム・ギテと阿部慎之助(写真:ストライク・ゾーン)

情熱の指導者が再びG戦士とともに

時は流れ、福元は2013年10月にソフトバンクを戦力外となり、引退後は同球団のアマスカウトとして現在は関東北信越地区を担当している。

山本は2015年10月にオリックスを戦力外になった後、翌16年から母校の大阪経済大硬式野球部で監督を務めている。

キム氏はLG、KIAで監督を務め、2017年にはKIAを8年ぶりの韓国チャンピオンに導いた。そして来季、阿部慎之助2軍監督を支えるヘッドコーチとして、再び巨人のユニフォームに袖を通す。

キム氏は福元や山本と出会った頃のように、情熱的に若きG戦士たちと接することだろう。

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