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「卍ポーズ」は海を越える 敷田球審の「見逃し三振コール」に魅せられた韓国と台湾の審判たち

室井昌也韓国プロ野球の伝え手/ストライク・ゾーン代表
見逃し三振をコールするイ・ヨンヒョク審判員(写真:トゥサンベアーズ)

以前から韓国KBOリーグのある球審の姿が気になっていた。打者が見逃し三振をした際、体を左側にひねり、右の拳を下から突き上げてコールしていたからだ。それは日本の野球ファンならお馴染みのNPB敷田直人球審(48)が見せる、いわゆる「卍(まんじ)ポーズ」を思わせた。

韓国の「卍の使い手」は審判歴11年のイ・ヨンヒョク審判員(39)。イ氏になぜそのような動きをするのか尋ねた。

「5年前から1軍の試合を担当するようになったのですが、三振の時にどうコールするか常に悩んでいました。メジャーリーグや日本の球審の映像をたくさん見た中で一番印象的だったのが、日本の方(敷田球審)がやっていたあのポーズでした。いろいろな動きを試してみましたが、あれが私の三振コールのタイミングとバッチリ合うんです」

イ氏は敷田球審の名前とそのポーズが「卍」と呼ばれていることは知らなかったが、独特の見逃し三振コールに魅了され、自分のものにしようと決めた。3年前のことだった。

NPBの30代の審判員によると、独自のポーズはある程度のキャリアを積むと先輩から使用が許されるという。韓国も同じでイ氏が「卍」の習得に着手したのもそのタイミングだった。

KBOリーグの審判員は各球団の春、秋のキャンプに帯同し、NPB球団との練習試合でジャッジすることもある。イ氏は「日本に行くと、あのポーズの方をずっと探していますが、今まで生で見たことはありません」と敷田球審のことを追いかけていた。そして筆者にこう尋ねた。

「私のポーズはあの方に似ていますか?」

「似ています」と答えると、イ氏は「本当ですか」と声を弾ませるも心配を口にした。「キャリアのある方なので、私が真似しているということを知って、気分を害さなければいいのですが」。イ氏にとって敷田球審は憧れの存在だ。

卍の継承者は台湾にもいた。プロ選手から転身した黄俊傑審判員(53)だ。2018年のジャカルタ・アジア大会で球審を務めていた黄氏にポーズについて片言の英語で尋ねると、「敷田審判員のことは知っている」と答え、試合後に動きを再現してくれた。

「卍ポーズ」を再現する台湾の黄俊傑審判員(写真:ストライク・ゾーン)
「卍ポーズ」を再現する台湾の黄俊傑審判員(写真:ストライク・ゾーン)

韓国のイ氏に台湾にも「同志」がいることを伝えると、なんとイ氏は黄氏のこともチェック済みだった。

「アジア大会の映像を見ました。2年前なので、私がそのポーズを始めた後だったのを覚えています。台湾の方も日本の方を真似していたんですね」

そしてイ氏は会話の最後、興奮気味にこう言った。「これまで敷田球審の映像をたくさん見てきました。もしお会いすることがあったら、『カッコいいです』と伝えてください」

KBOリーグでは映像によるリプレー検証を6年前から採用するなど、判定の機械化をいち早く取り入れている。

今年8月4日からは2軍戦(フューチャーズリーグ)の一部で、「自動ストライク・ボール判定システム」、別名「ロボット審判」の試験運用を開始。これは投球のトラッキングデータ(追跡情報)が、打者ごとに設定されたストライクゾーンを通過したか否かでストライク、またはボールの判定を下し、球審はイヤホンの機械音声に従ってコールをする仕組みだ。

テレビ中継では画面にストライクゾーンが表示され、球審の判定が厳しくチェックされている。そんな中でイ氏は6月の試合で正確な判定をする審判員として注目された。

今後、判定のAI活用が急速に進むことが予想される韓国。一方で生身の球審はそれに負けない技術と「憧れ」を持ってコールをしていた。

韓国プロ野球の伝え手/ストライク・ゾーン代表

2002年から韓国プロ野球の取材を行う「韓国プロ野球の伝え手」。編著書『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑』(韓国野球委員会、韓国プロ野球選手協会承認)を04年から毎年発行し、取材成果や韓国球界とのつながりは日本の各球団や放送局でも反映されている。その活動範囲は番組出演、コーディネートと多岐に渡る。スポニチアネックスで連載、韓国では06年からスポーツ朝鮮で韓国語コラムを連載。ラジオ「室井昌也 ボクとあなたの好奇心」(FMコザ)出演中。新刊「沖縄のスーパー お買い物ガイドブック」。72年東京生まれ、日本大学芸術学部演劇学科中退。ストライク・ゾーン代表。KBOリーグ取材記者(スポーツ朝鮮所属)。

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