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通算0勝投手のイケメン元スコアラーが監督に大抜擢 目指す姿は「病院の院長」

室井昌也韓国プロ野球の伝え手/ストライク・ゾーン代表
サムスンのホ・サムヨン新監督(写真:サムスンライオンズ)

もし、あなたの職場の隣のデスクで働いている先輩や同僚が突然、組織のトップになったら驚かずにはいられないだろう。そんなことが昨秋、韓国球界で起きた。

サムスンライオンズは2020年から指揮を執る新監督にホ・サムヨン氏(47)を指名した。ホ監督の前職は戦力分析を行うグループのチーム長。指導者経験はなく現役時代の姿を知る人もごくわずかだ。そのような人物が監督に大抜擢された。

本人も驚いた監督就任要請

ホ監督は1991年にサムスンの地元のテグ商業高から投手として入団。速球派投手として期待されるも腰の故障もあり、プロ5年間での1軍登板はわずか4試合。2回1/3を投げ0勝0敗、防御率は15.43だった。

現役引退後は球団に残りスコアラーに転身。データ分析に長け、きめ細やかな仕事ぶりに定評があった。

身長180cmの長身に長い足。スマートな体型に整った顔立ちはメンズ雑誌のモデルと紹介しても疑う人はいないだろう。

ホ・サムヨン監督(写真:サムスンライオンズ)
ホ・サムヨン監督(写真:サムスンライオンズ)

サムスンがホ監督の就任を発表したのは昨年の9月30日。筆者はその前日と前々日、彼と顔を合わせていた。後から思えば普段より緊張感のある表情に見えたが、それは思い過ごしだった。ホ監督は「まだその時は監督就任の話は聞いていなかった」と話す。

「9月29日、スウォンでの最終戦が終わってテグに戻ったら、団長室に呼ばれました。夜9時半です。時間は今でも忘れません。話を聞いた時、とても驚きました。この球団は失敗を目指そうとしているのかなと思いました」とホ監督は笑った。

シーズンが終わり、若手選手が参加するフェニックスリーグと秋季キャンプに向けた準備をしていた彼にとって、監督就任というのはまったく想像もしていなかった提案だった。

昨秋の就任会見でのホ・サムヨン監督(写真:サムスンライオンズ)
昨秋の就任会見でのホ・サムヨン監督(写真:サムスンライオンズ)

この人選を行ったホン・ジュンハク団長(日本におけるGM)はその理由を「20年以上、スコアラーを務め、このチームと他球団の長短所を誰よりもよく知っている。選手との信頼関係もあり、トラックマンをはじめとしたデータの活用にも長けているから」とした。

他球団の職員も応援したくなる人柄

ソフトな物腰に誠実な人柄、独学で覚えたという日本語で日本人コーチとも良好な関係を築いてきたホ監督。球界での評判は非常に高い。

現役時代、そしてコーチ、監督として長きにわたってサムスンでともに過ごしたLGツインズのリュ・ジュンイル監督(56)は「彼のことを悪く言う人は誰もいない」と話す。

またサムスンの球団職員は「とってもいい先輩。監督になったことは嬉しいが、監督は2、3年の任期を終えると球団を離れるのが大半なので、辞めた後は一緒に働けなくなると思うと残念」と先の心配までしていた。

ホ監督も周囲の声が温かいと話す。

「他の球団の職員の人たちから『応援しているよ』という連絡をもらいます」

皆、彼の監督就任を驚いたと同時に、頑張って欲しいと見守っている。

経験不足の指揮官がチームを束ねる方法とは

一方で実績、経験ともに不足している指揮官に、冷ややかな視線が向けられているのも事実だ。ホ監督はその点を自ら認識している。

「各パートの専門的なことは私よりもコーチたちの方が分かっているので、練習は彼らに任せるべきだと思っています。私の役割は『病院の院長』です。院長は外科や内科といったすべての分野を担当するわけではないですよね。全体をまとめるのが私の役目だと思っています」

2月1日から沖縄で行われている春季キャンプ。ホ監督が練習中、選手やコーチに口出しすることはほとんどない。外野かファールグラウンドから選手の動きを見つめている。

選手の動きをチェックするホ・サムヨン監督(写真:ストライク・ゾーン)
選手の動きをチェックするホ・サムヨン監督(写真:ストライク・ゾーン)

サムスンの各部門のコーチは自身の判断で選手に練習の意図や指示を発していた。チームによっては選手が監督の姿を目で追ったり、顔色を見ていることも少なくないが、サムスンにはそれがない。ホ監督は外国人選手には声をかけるも、その他の選手に練習中話しかけることはほとんどなかった。

今年初めて1軍でメインのバッテリーコーチを務めるイ・ジョンシクコーチ(38)は、「ホ監督はすべて任せてくれるので、気負いなくやれます。ただその分、責任を感じます」と話す。

また作戦部門を担当するパク・チンマンコーチ(43)は元々物静かな性格だが、今年のキャンプでは積極的に大きな声を出し、選手に状況ごとの守備、走塁のアドバイスを細かく伝えていた。

ホ監督は首脳陣の役割をこう話す。

「今は選手にとってスマートフォンがコーチになる時代です。投手、野手ともにスマホの動画が答えを教えてくれることがあります。だから専門分野のコーチが根拠のあるアドバイスをしなければ、選手には響きません」

かつて韓国では当たり前だった押しつけ型の指導は、今のサムスンにはない。

「27.43」という数字に込めた意味

サムスン沖縄キャンプでは1、3塁のベンチに以下の文字が記されている。

RESPECT 27.43

27.43とは各塁間の距離、27.43メートルを表す。ホ監督が選手に向けた「野球場ではすべてのプレーで基本を守ろう。例えば常に全力疾走を」という主旨のメッセージだった。

ベンチに貼られた「RESPECT 27.43」のバナー(写真:ストライク・ゾーン)
ベンチに貼られた「RESPECT 27.43」のバナー(写真:ストライク・ゾーン)

「選手個々の特性を生かしながら、チーム内の調和を保っていきたい。特に作戦面を強化して、得点力をアップさせたい」と話すホ監督。4年続けて逃しているポストシーズン進出がチームに課された目標だ。

この数年、韓国球界ではキウムヒーローズがコーチ経験のないチャン・ジョンソク前監督によって好成績を収め、昨季は韓国シリーズに進出。知名度や実績に頼らない監督の人選に注目が集まっている。ホ監督はその新たな潮流に乗ることができるか。

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韓国プロ野球の伝え手/ストライク・ゾーン代表

2002年から韓国プロ野球の取材を行う「韓国プロ野球の伝え手」。編著書『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑』(韓国野球委員会、韓国プロ野球選手協会承認)を04年から毎年発行し、取材成果や韓国球界とのつながりは日本の各球団や放送局でも反映されている。その活動範囲は番組出演、コーディネートと多岐に渡る。スポニチアネックスで連載、韓国では06年からスポーツ朝鮮で韓国語コラムを連載。ラジオ「室井昌也 ボクとあなたの好奇心」(FMコザ)出演中。新刊「沖縄のスーパー お買い物ガイドブック」。72年東京生まれ、日本大学芸術学部演劇学科中退。ストライク・ゾーン代表。KBOリーグ取材記者(スポーツ朝鮮所属)。

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