9年前、ヤクルト入り目前で破談になった韓国のエース ラス投で胴上げ投手となって引退

胴上げ投手となって現役を引退したペ・ヨンス(写真:トゥサンベアーズ)

2010年12月4日、日本のスポーツ各紙にはこんな文字が並んだ。

「ヤクルト、“ヨン様”と合意へ」

ヤクルトはペ・ヨンジュン、ではなく韓国サムスンのエースでFA権行使を宣言していたペ・ヨンス(当時29歳)と入団交渉。契約締結に大筋で合意したと各社が報じた。

ペ・ヨンスに提示された条件は、既にヤクルトでプレーしていたイム・チャンヨンが08年にヤクルト入りした時とほぼ同額の年俸3000万円、背番号も34に内定していた。

ヤクルトはその年、石川雅規、館山昌平、由規、村中恭兵が2けた勝利を挙げ、11年のシーズンはその4人に次ぐ先発投手としてペ・ヨンスが加わる予定だった。

ところが一週間後の12月10日、ヤクルトはペ・ヨンスとの入団交渉打ち切りを発表する。「身体検査をパスできず獲得を断念した。プライベートなことなので詳細は明かせない」ということだった。

ヤクルトがペ・ヨンスの獲得を見送った理由。それはB型肝炎の検査が陽性だったからだ。B型肝炎ウイルスが日常生活で感染するリスクはほとんどないが、当時の判断によってペ・ヨンスのヤクルト入りはなくなった。

「これまで韓国でプレーしてきて、まったく問題になることはなかったのに。でも受け入れるしかない」と気持ちを切り替えたペ・ヨンス。彼はそのオフ、サムスンと2年契約を結び、後にハンファ、トゥサンでプレーし、38歳となった今年まで現役生活を続けた。

韓国を代表する右腕

「韓国のエース」というと近年では、今季ナショナルリーグの防御率1位を記録したリュ・ヒョンジン(ドジャース)やプレミア12で代表入りしたキム・グァンヒョン(SK)、ヤン・ヒョンジョン(KIA)らの左腕投手の印象が強い。

しかし彼らが登場する前の2000年代初頭は、右腕のペ・ヨンスが韓国を代表するエースだった。

ペ・ヨンスはプロ5年目、23歳だった04年、4完投を含む17勝(2敗)を挙げて最多勝を獲得。防御率2.61の好成績でリーグMVPを手にした。

切れのあるスライダーを武器に06年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で代表入り。07年は右ひじの手術で戦列を離れたが、復帰後は日本球界から注目されるほどに回復した。

2006年当時のペ・ヨンス(写真:ストライク・ゾーン)
2006年当時のペ・ヨンス(写真:ストライク・ゾーン)

圧倒的な存在感でリーグのエースとして君臨したペ・ヨンス。しかし13年に14勝を挙げて2度目の最多勝を獲得したのを最後に、成績は下降線をたどった。15年にハンファへFAで移籍、今季は年俸が前年の5分の1となる1億ウォン(約900万円)でトゥサンに在籍していた。

予期せぬ形で訪れた大舞台での最後の登板

ペ・ヨンスはプロ20年目の今季、37試合に登板し1勝2敗、防御率4.57。先発は一度もなく、多くの登板が敗戦処理のような形だった。

今年のトゥサンは公式戦を制覇。韓国シリーズに進出するとキウムに対し第3戦まで3連勝を飾ったが、その3試合でペ・ヨンスが登板する機会はなかった。

かつてのペ・ヨンスといえば、06年の韓国シリーズではサムスンのエースとして第1戦に先発。その年の新人王リュ・ヒョンジンと投げ合って勝利し、3戦以降は4試合連続でリリーフのマウンドに上がる活躍でチームを優勝に導く存在だった。

2006年、韓国シリーズで投げ合ったペ・ヨンス(左)とリュ・ヒョンジン(写真:ストライク・ゾーン)
2006年、韓国シリーズで投げ合ったペ・ヨンス(左)とリュ・ヒョンジン(写真:ストライク・ゾーン)

しかしそれは遠い昔。第4戦もペ・ヨンスの登板はなく、トゥサンの2点リードで延長10回裏を迎えた。その回キウムの先頭打者が倒れて1アウト。あとアウト2つで試合終了、というところだった。

トゥサンのマウンドには前日から連投の8番手のイ・ヨンチャン。球数が40球に近づき、トゥサンのキム・テヒョン監督はイ・ヨンチャンの状態を確認しようと三塁側ベンチを出た。そこで球審はキム・テヒョン監督にこう声を掛けた。

「既に2回、マウンドに行っているので、ピッチャーを交代しない場合、行ってはダメです」

しかしその時、キム・テヒョン監督はもうファールラインをまたいでいた。その瞬間、自動的にイ・ヨンチャンの降板が決定。望まぬ形での投手交代となりキム・テヒョン監督は球審に抗議したが、当然受け入れられずやむなく9番手の投手を送り出すことになった。そこで現れたのがペ・ヨンスだった。

審判に抗議するキム・テヒョン監督(写真:トゥサンベアーズ)
審判に抗議するキム・テヒョン監督(写真:トゥサンベアーズ)

突然の投手交代に不安感が漂う場内。そんな中「待ってました」と言わんばかりにペ・ヨンスは笑みを浮かべてベンチを飛び出した。自身11度目、歴代最多の通算25試合目となる韓国シリーズのマウンドへ向かった。

急遽の登板となったマウンドで投球練習をするペ・ヨンス(写真:トゥサンベアーズ)
急遽の登板となったマウンドで投球練習をするペ・ヨンス(写真:トゥサンベアーズ)

ストッキングをひざ下まで上げたオールドスタイル。大きく振りかぶるワインドアップモーションでペ・ヨンスは4番パク・ピョンホに初球を投じた。

外角低め140キロのストレートがびしっと決まる。1ストライクとすると、ボール、ファールでカウント1-2と追い込んだ。そして4球目。スライダーが外角低めに鋭く曲がると、ワンバウンドしたボールにパク・ピョンホのバットは空を切った。空振り三振。ペ・ヨンスは大きくガッツポーズを見せた。

優勝まであとアウト一つ。ペ・ヨンスは続くジェリー・サンズへの初球、外角のストレートを打たせると打球はワンバウンドで自身のグラブの中に納まった。ファーストに駆け寄りながらボールをトスしゲームセット。トゥサンは3年ぶり6度目のシリーズ制覇を果たし、ペ・ヨンスは予期せぬ形での登板で打者2人を抑えて胴上げ投手となった。

そしてその3日後、ペ・ヨンスは現役引退を発表した。

エースの中のエース

投手コーチとして長きに渡ってペ・ヨンスと接してきた落合英二現サムスン二軍監督は、以前、ペ・ヨンスのことをこう評していた。

「彼は背負っているものが違いますし、大きな舞台ほど乗っていくタイプです。彼がサムスンのエースです」

日本でのプレーは叶わなかったが、20年間で韓国歴代5位、現役最多の138勝を記録。そして最後の投球を韓国シリーズでの胴上げ投手という、華やかな舞台で終えたペ・ヨンス。彼は間違いなくエースの中のエースだった。

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