中日・門倉コーチ、韓国で唯一無二の経験 親しみと深みのある指導者に

読谷キャンプでの中日・門倉健2軍投手コーチ(写真:ストライク・ゾーン)

「ひと昔」として区切られる10年。この10年の日本と韓国の球界を振り返った時に欠かすことのできない人がいる。今年、中日の2軍投手コーチに就任した門倉健(45)だ。

中日、近鉄、横浜(現・横浜DeNA)、巨人でプレーした門倉は2008年、35歳の時に巨人を退団。翌09年に渡米した。

しかしメジャー契約は得られず、同年4月、以前から獲得に積極的だった韓国の名将であるキム・ソングン監督(現・福岡ソフトバンクコーチングアドバイザー)の誘いでSKワイバーンズ入り。プロ出身4人目の日本人助っ人として韓国での野球人生が始まった。

以後、門倉はSK、サムスンライオンズの2球団でプレー。速球と鋭く落ちるフォークを武器に開幕投手、月間MVP、オールスター出場、2けた勝利、韓国シリーズ制覇など、日本人選手として初ものづくしの活躍を見せた。韓国での3シーズンで27勝。日韓通算103勝という記録を残して13年1月に現役を引退した。

2010年、SK開幕戦に先発登板した当時の門倉コーチ(写真:ストライク・ゾーン)
2010年、SK開幕戦に先発登板した当時の門倉コーチ(写真:ストライク・ゾーン)

引退後はサムスンで指導者生活をスタート。3年間コーチを務め、帰国後は解説者として日本の野球を外から見つめてきた。

そして訪れた11年ぶりのNPB、20年ぶりのドラゴンズ復帰。門倉が韓国で得たものとコーチとしての信条を聞いた。

与田監督との接点は23年前の2軍遠征

門倉は中日からのコーチ要請を想像もしていなかったという。

「与田(剛)監督とは僕がプロ1年目(96年)に選手として一緒だった。その年、お互い2軍だった時に大阪遠征のホテルが同室で、その時に練習方法について意見を交わして、世間話をたくさんさせてもらったのを鮮明に覚えている」

しかし与田監督と門倉の接点はそれくらい。

「引退後は球場で会うこともなかったのに、“2軍の選手を社会人として教育して欲しい”と与田監督は声を掛けてくれた」

コミュニケーションを重要視する与田監督は門倉に「2軍の教育係」を求めているという。

韓国での経験と時代の変化

門倉にとって韓国での経験は今にどう生かされているのか。

「韓国では指導者として3年間、色んなタイプのピッチャーを見てきた。そのおかげで日本でもスムーズに指導できるというのは大きい」

一方でこうも思ったという。

「韓国ではコーチが上からやらせるという、昔の日本のような指導もあった。それを見て、改めて選手との会話の大事さを感じた。まず選手の考えを聞かないと、どうするのがベストなのかわからない」

清水達也投手の投球を見つめる門倉コーチ(写真:ストライク・ゾーン)
清水達也投手の投球を見つめる門倉コーチ(写真:ストライク・ゾーン)

11年ぶりの日本では進化を感じている。

「コーチになってすぐ、球団からiPadを渡された。前までは感覚に頼っていたものが、今は動作を撮ってすぐに見られる。研究材料が増えた。現役の時に今の知識があったら、もっと成績が良かったんじゃないか?って思う」

しかし便利になったことで、楽になったわけではない。

「やることがいっぱいある。映像をしっかりチェックして予習、復習しないと選手の質問に答えられない。そうなると指導者失格。新しい選手は毎年いっぱい入ってくるので、特に2、3年目の選手をつまずかせず、遠回りすることなく成長させなければいけないという責任感がある」

コーチは裏方。サポートするのがコーチ

門倉は中日の投手の能力をどう見ているか。

「韓国の投手の方が球は速いが、コントロールは日本が良い。ただ、ずば抜けた投手というのはいない」

そんな中で注目されるのがドラフト2位ルーキーの梅津晃大(22=東洋大)だ。右肩に違和感があり調整中だが、「ブルペン捕手の人が“見たことがない球質”と驚いていた。サムスンで指導したバンデンハーク(ソフトバンク)みたいな球の伸び」と門倉は評価する。

門倉は個々の投手に目を配り、「ウエスタンリーグは5チームしかない中で、育成(選手)を含めた選手たちに、試合で投げる機会を作ってあげなければいけない」と言う。

そして「基本的にコーチは裏方。強制しすぎるとやらなくなってしまう。選手にはそうはなって欲しくない」と穏やかに話した。

選手とのコミュニケーションを大事にする門倉コーチ(写真:ストライク・ゾーン)
選手とのコミュニケーションを大事にする門倉コーチ(写真:ストライク・ゾーン)

やりがいを感じる日々

「毎日ユニフォームを着るのが楽しい。やりがいがあって日々ワクワクしている。選手を鍛え上げて1軍に送ることが今の一番の楽しみ。つらい練習も明るく楽しくやれば絶対に身になる。みんなにチャンスがある」

門倉は笑顔で言葉に力を込めた。

韓国で門倉は片言の韓国語か通訳を介してコミュニケーションを取っていた。しかし今はその必要がない。自分の言葉を用いてストレスなく選手に思いを伝えている。

10年前と変わらぬ親しみやすさに、異国での経験を積んだ門倉。長身のその姿は明るくて深みのあるコーチとして若竜たちの前にいた。