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ウクライナ・ハルキウ州で避難命令 赤十字救助隊が決死の住民救出 3分おき着弾の最前線で起きていること

村山祐介ジャーナリスト
寝たきりの老婆を担架で救急車に運ぶ救助隊員=クトキフカ村(撮影:村山祐介)

 ウクライナ北東部ハルキウ州でロシア軍が集中砲撃を再開し、州政府は3月、一部住民に強制的な避難命令を出した。通信も交通手段も途絶えた村々に取り残された1500人以上の子どもらの命綱になっているのが、ランドクルーザーで駆け付けるウクライナ赤十字社の救助隊だ。3分おきに着弾する最前線で何が起きているのか。私は救助隊に同行して現場に入った。(文・映像・写真/ジャーナリスト・村山祐介)

手りゅう弾を積んだドローン

 ロシア南部とウクライナ東部の激戦地の間に位置する鉄道拠点クピャンスク。昨年2月の侵攻直後にロシア軍が占領したが、9月にウクライナ軍が電撃的に奪還し、その後は近郊で両軍が対峙する最前線となってきた。今年1月下旬に再びロシア軍の攻撃が激化したため、ハルキウ州政府は3月2日、子どものいる世帯と体が不自由な住民に対して強制的な避難命令を出した。その翌朝、私はハルキウ市内でウクライナ赤十字社の救助隊と落ち合った。

 午前8時半。快晴だが、気温はマイナス1度でピリッとした冷気が漂う。私と通訳、救助隊員6人が2台のランドクルーザーと1台の救急車に分乗した。

 向かうのは、約120キロ東のクピャンスク市内とそこから直線距離で17キロ北に離れたドボリチナ村、さらに6キロ北にあるフィホリフカ村の3カ所。通訳で自ら住民避難のボランティアもしているデニス・チバさん(30)は「まさにホットスポット」と表現した。村を流れる川の対岸に展開するロシア軍から連日20回以上砲撃があるという。

 道中の車内で、救助隊の安全担当ウラジミル・フェドゥテンコ副隊長(53)は言った。

「迫撃砲にりゅう弾砲、戦車砲とあらゆる武器が使われていますが、中でも危険なのがドローンです」

 副隊長によると、ドボリチナ村に投入されているドローンは監視用で、見つかると数分後に砲弾が飛んでくるものの、その間に逃げたり、地下壕に隠れたりすることができる。だが、フィホリフカ村の上空を旋回するドローンは、紙コップに入れた手りゅう弾を積んでおり、すぐに爆弾が落ちてくる。ドローンの存在に気づいたら瞬時に逃げないと、間に合わない。

「フィホリフカ村は極めて危険で、同行はお勧めできません。私たちには守るべき住民がおり、あなたまでは守れないかもしれない」

 車両に赤十字マークがあっても攻撃されるのか尋ねると、何度も首を振った。

「関係ありません。ロシア軍が120ミリ迫撃砲で攻撃してきたとき、頭上にはドローンが飛んでいました。赤十字の車両と分かっていて砲撃を始めたのです」

 ランドクルーザーは二つの村から8キロほど離れたクトキフカ村の路上に止まった。通常は複数台で行動するが、最前線に行くときは攻撃されるリスクを減らすため、あえて機動力の高いランドクルーザー1台で現場に向かう。ほかの車両は有事に備え、最前線から距離のあるこの場所で待機することになっている。

 まずはイゴール・クリメンコ救助隊長(46)ら3人がフィホリフカ村に向かうことになった。手りゅう弾を積んだドローンが来る村だ。同行を見送ることにした私が「怖くないのか」と尋ねると、隊長は「ときどきね」と苦笑した。ほかの隊員からは「もう慣れた」との声が飛んだ。

「でも住民が我々を待っている。行って自分たちの仕事をするだけだ」

クマを抱いた少女

 2時間後、戻ってきたランドクルーザーの後部座席から降りてきたのは、巨大な黄色いクマのぬいぐるみだった。

 クマのぬいぐるみを抱えて脱出した13歳の少女=3月3日、クトキフカ村(撮影:村山祐介)
クマのぬいぐるみを抱えて脱出した13歳の少女=3月3日、クトキフカ村(撮影:村山祐介)

 抱えていた少女は車を降りると、目を閉じて深く息を吐いた。次に寝たきりの老婆(87)が担架に乗せられ、救急車の後部座席に運び込まれた。

 救助されたのは、13歳のミラちゃんを含む家族3人と近所の女性の計4人。ミラちゃんの母で文化会館職員のナタリア・ソロシェンコさん(45)は安どの表情を見せた。

「本当に何が起きるか分かりませんでした。村は電波が全くつながらず、何の情報もなかったんです」

 村の周縁で続いていた砲撃が、3週間前からは中心部に着弾するようになった。寝たきりの祖母を連れて脱出しようにも交通手段がない。ソロシェンコさんは以前支援団体から渡された赤十字の緊急電話先とスマホを手に、丘の上や屋根、壁と電波がつながるところを探し回った。

 ミラちゃんは「着弾するかも、って毎日不安でした」と話した。そんなぎりぎりの脱出にどうしてぬいぐるみを連れてきたのか尋ねると、けげんな顔になった。「離れ離れになるなんて考えられません」

 この先のことを聞くと、一瞬迷う仕草を見せた。

「うーん、戦争が終わるまでハルキウにいると思います。もし前線が遠ざかって村が安全になれば戻れますが、残念ですけど今は戻れません」

老婆を抱きかかえる救助隊員=3月3日、クトキフカ村(撮影:村山祐介)
老婆を抱きかかえる救助隊員=3月3日、クトキフカ村(撮影:村山祐介)

砲撃下の口喧嘩

 私はもう一つの最前線、ドボリチナ村に向かうランドクルーザーの後部座席に乗り込んだ。平屋の民家が並ぶどこにでもある農村だが、川を挟んで展開するロシア軍から5キロほどの距離にある。未舗装路に面した民家の前で車は止まった。

「救助に来ました」

 隊長が玄関のドアを叩く。その奥のクローゼットのある通路に、耳当て付きのロシア帽をかぶった住民の男性(67)が姿を見せた。すぐに老婆も加わり、クローゼットから上着を選ぶようなやり取りが始まった。

 午後3時47分。バーンと鼓膜がしびれるような1回目の短い着弾音があった。

 私は慌ててしゃがみこんだが、住民2人は気に掛ける様子はない。もはや日常の状況なのだろう。パスポートや年金といった言葉のやり取りが続く。

脱出をためらう住民を説得する隊員や近所の住民=3月3日、ドボリチナ村(撮影:村山祐介)
脱出をためらう住民を説得する隊員や近所の住民=3月3日、ドボリチナ村(撮影:村山祐介)

 5分後、ヒューンという短い飛来音を伴って、ドーンという乾いた音が聞こえた。衣類選びを手伝っていた隊長が外に出た。周囲の状況を監視している隊員に声をかけた。

「気をつけろよ。近かったか?」

 それでもなお、服を選ぶ作業が続いていた。女性の声が一段と大きくなり、呼応して男性も怒鳴り声になる。焦り始めていた私は「夫婦喧嘩は後でやれ」と内心舌打ちした。

 後で分かったのだが、救助はハルキウに住む孫娘が赤十字に要請したもので、本人はまだ自宅を離れるふん切りがついていなかったのだった。女性は妻ではなく近所の住人で、煮え切らない男性を心配してわざわざ駆け付けていた。

 後で通訳してもらうと、砲撃下の口喧嘩はこんなやり取りだった。

女性「書類はちゃんと持ったかって聞いているのよ」

男性「昔の上着に入れたままだから、今探しているんだよ」

女性「あなたの家は私が面倒みるから心配ないよ。ボランティアがもう3回もあなたを避難させようと来てくれているんだから」

 大声でたしなめるようなニュアンスで、それを聞いた男性はへそを曲げ始めた。

男性「あんたは何を怒鳴っているんだい! そんならわしは今回も行かん! 知るもんか!」

 女性はひるまず背中を押していく。男性は半ば観念した様子で力なく言った。

男性「なんで行かなきゃいかんのか」

女性「あんた、もう食料も電気も水も何にもないじゃない」

男性「もう戻って来られんのじゃろうか・・」

女性「戦争が終わったら帰って来られるわよ」

 ひりひりするような3分間の後、1秒間ほどのヒューンという長めの飛来音、バーンという着弾音、5秒ほど続く長い余韻が響いた。これまでより明らかに近い場所だった。

松葉づえの男性を救助する隊員ら=3月3日、ドボリチナ村(撮影:村山祐介)
松葉づえの男性を救助する隊員ら=3月3日、ドボリチナ村(撮影:村山祐介)

 松葉づえを突いた男性の両脇を隊長とチバさんが抱え、一歩一歩ゆっくりと庭を抜け、通りに出た。私は一足先にランドクルーザーの後部座席に乗り込み、早く、早くと祈りながら男性が抱え込まれるのを待った。

 そのとき、ヒューンという鋭い飛来音でみんな一斉にしゃがみこんだ。ドゴーンと耳をつんざく着弾音。ヘルメットを押さえてひきつった笑いを見せたチバさんと目が合った。隊長は何事もなかったように冷静に男性を後部座席に押し込んだ。

 急発進したランドクルーザーは、未舗装路を高速で突き進む。時折、路上に突き出た枝がフロントガラスにゴンゴンとぶつかった。

 午後4時1分。遠くの着弾音が聞こえた。村に入って5発目だった。

一日に150発

 10分後、待機場所のクトキフカ村に着き、ランドクルーザーの後部座席のドアが開いた。クリメンコ隊長はいつもの柔和な笑顔に戻っていた。

「戦場の洗礼を浴びたな。厳しい試練というやつだよ」

 私は「もうぐったりです」と答えるのがやっとだった。だが、緊張が解けたからだろうか、周りにつられて笑い声を出していた。

 この日救助したのは計6人。ハルキウ州政府によると3月2日現在、クピャンスク地域には子どもたちが812人、体が不自由な人が724人残っている。攻撃はその後も一段と激しさを増しており、州知事によると、ドボリチナ村には3月28日の一日だけで、迫撃砲や戦車砲など150発以上が撃ち込まれたという。

ジャーナリスト

移民・難民、紛争など国境を越える動きを取材。2001年に朝日新聞社に入り、2009年からワシントン特派員、2012年からドバイ支局長、GLOBE編集部員、国際経済担当デスクを経て2020年にフリーに。オランダ・ハーグ在住。米国に向かう移民を描いたノンフィクション『エクソダス―アメリカ国境の狂気と祈り―』(新潮社)で2021年度の「講談社本田靖春ノンフィクション賞」、2019年度にボーン・上田記念国際記者賞、2018年の第34回ATP賞テレビグランプリのドキュメンタリー部門奨励賞を受賞。Youtube : https://www.youtube.com/user/MurayamaYusuke/