田中史朗が日本ラグビーを変える。ウェールズ代表との第1テストマッチで感じたこと

まずは観客動員について。ラグビー協会関係者からの情報では、2万人のうち、6,000人以上が、大学、高校、中学、ラグビースクールなどの競技者だった。今回の動員は関係者の努力のたまものだが、競技者が多かったことに最も価値があったと思う。関西ラグビー協会が各チームに試合を組まずに観戦するように呼びかけ、最終的には近郊のほとんどのチームがやってきた。ラグビーをよく知る選手達は、ウェールズの好プレーにも思わず感嘆の声を上げ、トライが生まれそうになると、さざなみのような歓声が徐々に大きくなるという心地よい興奮状態を作った。ウェーブも起きた。初観戦の人達も、閑古鳥の鳴くスタジアムより、数倍楽しめただろう。

自分達の代表チームをみんなで見て、考え、語り合う。それがラグビー人気を盛り上げる原動力になるはずだ。6月15日の第2戦も関東の競技者が秩父宮ラグビー場の客席に多数詰めかけ、ファンのみなさんと一体となって試合を盛り上げてほしい。

試合については、大魚を逃した感があるが、不用意な反則、簡単なミスもあって、まだ、勝つ地力が備わっていないと感じる場面も多かった。その中で光っていたのが、SH田中史朗(たなか・ふみあき)の動きだ。世界3強国(ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ)のプロクラブ15チームが集う「スーパーラグビー」で日本人初の出場を果たした選手だ(ニュージーランド、ハイランダーズ)。激しく圧力をかけてくるウェールズの選手達の間をすり抜け、防御背後にボールを蹴り上げ、瞬時にパスをさばく。常に攻めるスペースを探す動きで日本代表を牽引した。ウェールズ代表選手と対等以上にわたりあい、風格すら感じた。

エディー・ジャパンは、目標である世界トップ10入りのベースになるフィットネス、フィジカルを高め、セットプレー(スクラム、ラインアウト)をレベルアップさせている最中だ。加えて、ボールを持った選手が攻撃の選択肢を複数持てるように約束事の多い組織を構築している。ただ、これらのベースを築いた先にチーム力を世界トップ10に引き上げるのは、個人技、プレッシャーのかかった場面で正確にプレーできる経験値、そして勝つための試合運びだろう。トンガ、フィジーに負けたときは、どこか指示待ち姿勢に感じた選手が、ウェールズ戦ではアグレッシブに判断をしながら動き始めた。それを引っ張ったのが田中だった。日本代表のチーム力を次のステージに上げる「個人」が、スーパーラグビーでレベルアップして帰ってきたのである。

「負けは負けです。(トライが)獲りきれないのが日本の課題。スペースは見えていた。もっと早く動ければトライがとれた。日本は試合中のコミュニケーションが足りません。僕自身ももっとFWを前に出すゲームメイクがしたい。スーパーラグビーのほうが、一人一人のコンタクトは強かったです」

エディー・ジョーンズヘッドコーチは、常々「2015年にはスーパーラグビーでプレーする選手が10名いてほしい」と言っている。田中のようにプレーできる選手が日本代表に10名いれば、強豪国とも互角の勝負ができる、ということだ。田中に続いてスーパーラグビーデビューを果たした堀江翔太(オーストラリア、レベルズ)、ニュージーランドのチーフスと契約したマイケル・リーチ(負傷のため日本代表から離脱)と、日本代表のスーパーラグビー選手は、現在のところ3名。世界トップレベルを日々体感している選手は少ない。

日本ラグビーの未来を背負ってスーパーラグビーに飛び込んだ田中は、その経験を日本の選手に伝え、日本代表を世界のトップレベルに引き上げようとしている。田中に続いてスーパーラグビーを目指そうとする若い選手も増えている。夢をかなえるためには、当然、質の高いトレーニングが必要だし、20歳前後の大学世代では特に重要になる。スタンダードは必然的に上がっていくだろう。

田中は、フェイスブックで「ラグビーファミリー」というグループを立ち上げるなど、愛するラグビーを盛り上げようと動き続けている。彼一人にすべてを背負わせてはいけない。後に続く「個人」を育てるために、日本ラグビー協会、トップリーグ、大学の各チームが知恵を出し合って海外挑戦を後押しするシステム作りを急がなければならない。