ラグビー日本選手権は、現実的で違和感のない改革を。

第50回という節目を迎えた日本選手権は、三連覇を狙うサントリーサンゴリアスを軸に優勝争いのただ中にある。ここから盛り上がるところで、来季以降のことを言うのは気が早いのだが、いま思うところを書いておきたい。

1995年1月15日、日本選手権で神戸製鋼が大東文化大学を102対14で破った。社会人王者と大学王者の一騎打ちが人気を呼び、日本ラグビーをけん引してきた選手権の意義が問われた試合である。当時、僕はラグビーマガジンの編集長で、総括記事に「日本選手権は20年も前から日本一決定戦としての価値を失っている」と書いた。7連覇を達成した新日鉄釜石の選手の「日本選手権はお祭りだから」というコメントも引用した。当時の社会人選手には大観衆の前で華やかにシーズンを締めくくりたいという気持ちが強かったし、大学側は自分達の力を思いきりぶつけて社会人をやっつけようと工夫を凝らし、ときおりは勝利した。国立競技場を埋めたファンもエキシビション的に楽しんでいた人が多かったように思う。牧歌的な時代だった。

あれから18年、日本のラグビー界も変わった。1963年の創設当初は仕事が主な社会人は練習量が少なく、大学との実力が互角だったが、社会人の専門的強化が進むと実力差は次第に開いた。第35回大会(1998年)からは複数チーム(社会人3、大学2)が争う方式に変更され、トップリーグが発足した2003年度の41回大会(2004年2月7日~3月21日)は異なる職種の選手が集う「クラブ」も含めた22チームに拡大された。しかし、翌年は8チームに縮小されている。3月下旬までの日程は参加チーム、特に大学側に負担が大きく、大会運営費も協会の財政を圧迫したからだ。

41回大会の試みが、もっとも日本選手権の理想に近かったのだが、社会人、大学、クラブという各カテゴリーを残したままチーム数を減らしたために、トップリーグが6チームしか出られないのに、翌年からトップリーグに昇格するチャレンジシリーズ1位、クラブ王者が出場するという違和感ある形が残った。僕もクラブでプレーし、運営にかかわった時期があり、日本選手権の出場枠を勝ち取るまでの苦労を垣間見ている。出場枠があることで、選手のモチベーションも上がり、運営がレベルアップしたことも知っている。将来の日本ラグビーのことを考えれば、地域密着型のクラブの発展は必要だとも思う。

しかし、現状では社会人(トップリーグ)、大学、クラブの実力差は開く一方だ。練習環境、強化費に大きな違いがあるのだから当然である。大学選手権4連覇の帝京大学のように、大学、クラブに突出したチームが出現する可能性はあるが、大きな枠で見れば実力差はさらに開くだろう。現行のシステムはますます無理が出てくるし、危険ですらある。伝統の大会であり、その名称からメディアの露出が大きい日本選手権は存続の道を模索して修正を繰り返してきたが、根本的に見直すべきだ。クラブの枠を外すだけに終わらせてはいけない。日本選手権を存続させるべきか、残すなら、どんな形がファンに喜ばれるのかを熟慮したい。拡大路線が理想かもしれないが、それが各チームの負担を強いるなら、希望チームのみ参加にするなど工夫が必要になる。

強化の環境で考えると、「プロ的な強化を進めるトップリーグとそれを目指すチーム」、「純然たるアマチュアとして活動する企業、クラブ」、「大学」を分けたほうが現実的だ。日本一決定戦としての位置づけを明確にするなら、日本選手権はトップリーグだけで争うべきだろう。これとは別に、アマチュアの最高峰の大会として全国社会人大会を復活させ、そこにクラブが参加する方法もある。過去にとらわれず、それぞれのレベルで選手もファンも楽しめ、強化にもつながるシステムを考える時だ。日本で開催される2019年のワールドカップを見据えれば、一つ一つの試合がその成否につながることを忘れてはいけない。