昇格すると何が違う? 関西大学32年ぶりのAリーグへ。

12月8日、京都の宝ヶ池球技場に歓喜の笑顔と涙があふれた。32対17で、摂南大学を下したノーサイドの瞬間、「関西大学」ののぼりが並ぶ応援席が総立ちになる。フィールドでは、選手が雄叫びをあげ、コーチングスタッフが抱擁を交わす。誰もが32年ぶりの歓喜に酔いしれていた。

桑原久佳監督(43歳)は目を潤ませた。「よくがんばった。体を張ってタックルしてくれました。待ちに待った昇格です。(高校時代に)全国大会に出場経験のある選手が多かったので、気後れすることもなかった。これで満足せず、さらに上を目指したい」。自身も関西大学ラグビー部で活躍した。当時もBリーグ。2、3、4年生とAリーグとの入替戦で3連敗。喜びもひとしおだった。

関西大学は1923年創部の伝統を誇る。同志社大学、関西学院大学とともに関西の大学ラグビーを牽引し、1964年の第1回全国大学選手権から4度の出場を果たしたが、その後出場はなく、1979年に初のBリーグ降格、いったん昇格したものの1981年に再び降格してからはAリーグに昇格できずにいた。本格的な立て直しが始まったのは3年前。2010年に桑原久佳監督が就任すると同時に、19歳以下日本代表、専修大学などでコーチを歴任した松村径氏がフルタイムコーチに就任する。1997年から始まったAO入試などを活用して、優秀な選手の獲得は継続されており、桑原、松村体制のスタートでチーム力は格段に上がった。

2010年、当時2年生だった三瀬亮太郎は今季キャプテンを務めた。「それまでは楽しくラグビーをしていたのですが、フルタイムコーチの就任で、Aに昇格するという目標が明確になりました。ラグビーをする充実感がまったく違ってきましたね」。それから3シーズンでの昇格となったわけだ。三瀬自身はAリーグでプレーできないが、「後輩たちが頑張ってくれるでしょう。優秀な選手がたくさんいますから」と、3年生以下に、さらなる飛躍を託した。

「関関同立」。関西の有名四大学の略称である。関西学院大学、同志社大学、立命館大学はすでにAリーグ。そこに関大が加わったことで、関西ビッグ4が勢ぞろいしたことになる。ラグビー有名高校の優秀な選手が関東へ流出する歯止めにもなるのでは、と期待する声も大きい。桑原監督も「Aリーグになって、リクルートも楽しみです」と期待するが、「学生スポーツなので、礼儀や道徳などは教えてきましたし、社会に出ても恥ずかしくない人間を育てるのが部の理念です」と、拙速な強化には走らないことを誓った。

ところで、Aリーグに昇格すると、いったい何が違ってくるのだろう。三瀬キャプテンはこう話す。「Aに上がると、(関西では)ジュニア(2軍)リーグ、コルツ(3軍)リーグもあって、これまで試合数が少なかった選手達にも機会が増えます」。

BリーグからAリーグに昇格し、今やAリーグ三連覇の強豪になった天理大学の小松節夫監督は、その違いを実感した一人だ。「有料試合になるんです」。なるほど、有料試合になれば各部に配当金もあり、チケット販売などにも力が入る。「マイナーからメジャーになるわけです。新聞、雑誌の取材があったり、専門誌(ラグビーマガジン)に資料を送ったり、裏方の仕事も増えます。Bは、お互いの学校のグラウンドで試合することが多いのですが、Aはお客さんも多く、ときにはテレビ放映もある。スタッフの充実感も違ってくるし、選手の気持ちも上がります」

露出が増えれば門を叩く部員も増え、学校側の支援体制も違ってくる。選手の意識が高まれば、自然と練習の質も上がる。勝つことで、何もかもが違うわけだ。だからこそ、降格したチームのショックはいかばかりかと気になるところではある。

関東大学リーグ戦では、2部優勝の立正大学が、1部最下位の関東学院大学を破って、2007年以来の1部復帰を決めた。1998年から10年連続で大学選手権決勝に進出した関東学院大については、もう一度這い上がってほしいと願うばかり。摂南大学も1年でのAリーグ復帰を狙う。来季も入替戦をめぐる戦いは熾烈だ。関西大学がAリーグに定着する道も、平たんではない。