Jリーグの新チェアマンに北海道コンサドーレ札幌の会長、野々村芳和氏が内定したことが正式発表された。

野々村氏は1995年にJリーガーとしてプロデビューし、2001年に現役を引退。その後サッカー解説者を経て、2013年にコンサドーレの社長に就任。今年1月11日に社長を退任し、会長に就任していた。

筆者はコンサドーレのサポーターであり、ライターとしては野々村氏が社長在任中の9年間に、5回ほどインタビューを行ってきた。今回は野々村氏のチェアマン内定にあたり、彼の言動をつぶさに観察してきた人間の一人として、彼の経営能力やチェアマンとしての適性について解説する。

6年で売上規模を3倍強にした経営手腕

社長としての彼は、Jリーグ界では「稀代の経営者」と言えるだろう。

その根拠は何か? コンサドーレの売上の伸びを見れば一目瞭然だ。

野々村氏がコンサドーレの社長に就任した1年目、2013年の売上は10.7億円だったが、コロナ禍前の2019年には36.0億円まで売上を伸ばした。たった6年で会社の規模を3倍強にしたわけだ。

この期間におけるJ1とJ2計40クラブの売上伸び率は平均で1.6倍だ。頭ひとつ抜きん出た成長率と言える。

スポンサー企業からは「人たらし」と評判

また、スポンサー企業の経営者の間では野々村氏の「人たらし」ぶりが評判だ。ユニフォームの胸スポンサーを長年務める石屋製菓(株)の石水創社長は次のように述べる。

野々村さんのすごいところは人心掌握力に長けている点。ビジョンを掲げるだけでなく、それをしっかりと有言実行するので信頼感がある。プレゼンスキルがあるのは言うまでもないが、傾聴力もある。パートナー企業含め、コンサドーレに関わる人が以前と比べて何倍も増えてきたのは、彼の人柄によるところが大きいのではないか。

Jリーグのチェアマンとして今後、コロナ禍における行政との調整やDAZNとの放映権の価格交渉など、数多くの交渉事があるだろう。野々村氏のコミュニケーション力はそういった折衝の場で必ず活きてくるはずだ。

サポーター目線での情報発信力

野々村氏は北海道のラジオ番組で毎週2つのコーナーを持っており、サポーターに向けて自らの声で情報発信を行っている。北海道新聞でもコラムを連載し、スカパー!でも自身がMCを務めるサッカー番組を持っている。

経営トップに立つ人間が自ら「広告塔」の役割を買って出て、ここまでメディアに露出しているJリーグクラブは他にあるだろうか?

彼の発言を9年見ていて感じるのは、常にサポーターを第一に考え、サポーター目線で物事を語れる点が特に秀でているように思う。サポーターが知りたい情報を的確に把握した上で、できる限りの情報を発信する誠実さがある。

例えば、今年1月7日にスポーツ新聞がMFチャナティップの川崎移籍が決定的と報じた際、野々村氏はその日のラジオ番組で正式決定前にもかかわらず、移籍の経緯を具体的に語った。これはまさにサポーターの視点に立った情報開示だった。

単にべらべら喋るだけではない。機密事項にあたる情報はしっかり口を閉ざす。現にチャナティップ移籍に関しては移籍金の正確な金額については公にしなかったし、この2カ月間、チェアマン就任に関する情報については一切喋らなかった。情報管理能力を持ち合わせた人物と言えるだろう。

「現場の泥臭さ」を知る初めてのチェアマン

元Jリーガーがチェアマンになるのは史上初だ。元プロサッカー選手として現場の課題を理解できるのは、歴代のチェアマンの中でも貴重な存在と言える。

そこに、Jクラブの経営に長年携わった経験が加わる。現チェアマンはリクルート出身でビジネスパーソンとしては優秀だったが、サッカー界での実務経験がほぼなかった。そのため、現場の肌感覚とは異なる意思決定を下すことが何度か見受けられたように思われる(例えば昨年の没収試合連発問題など)。

それゆえ、クラブ経営の泥臭さを熟知した人物がJリーグトップに立つことは、58個あるJクラブ側にとっても風通しのいい運営となることだろう。

新チェアマンへの高まる期待値

スポンサーを口説き落とす「営業力」、メディアを巧みに操る「広報力」、現場のリアルを知り尽くした「現場力」、これら3つを兼ね備えたJクラブの社長を筆者は他に見たことがない。

Jリーグは新チェアマンの選考業務の支援をコーン・フェリー・ヘイグループ株式会社(組織変革や人事制度構築を専門に扱うグローバルなコンサルティングファーム)に委託していたが、現時点でこの上ない人選だと考える。

コンサドーレという地方クラブの売上を3倍強にした経営手腕は、必ずや新しいチェアマンのポジションで活きてくるはずだ。

もし懸念点を挙げるとするならば、働きすぎる点だ。

過去のインタビューで野々村氏は「好きなことをやってるんだから自分は休みなんていらない」「24時間サッカーのことばかり考えている」と口にしてきた。

昨今流行りの「働き方改革」とは逆をいくスタンスで、今後彼の部下になる職員が若干心配だ。ただ、Jリーグは現在コンプライアンス遵守を徹底しており、この心配はきっと杞憂に終わることだろう。

コンサドーレ時代から推測される新チェアマンの「改革路線」

では、野々村氏は新チェアマンに3月に正式に就任した後、どういった施策を打ち出してくるのだろうか。

あくまで筆者の仮説だが、ズバリ「改革路線」に舵を切ってくるのではないだろうか。

野々村氏の過去のインタビューを振り返ってみると、節々で「とにかく変わらなければいけない」「現状維持は衰退と同じ」という主旨の発言を繰り返している。

「変化なくして成長なし」という考え方は、彼の行動哲学そのものと言えるだろう。

現に野々村氏は社長就任1年目の2013年、「北海道とともに、世界へ」というスローガンを掲げた上で、「世界戦略」を打ち出してきた。

当時コンサドーレはJ2に降格して予算も大幅に縮小された状況だったため、「無謀な攻めだ」と一部のサッカー関係者から嘲笑する反応があった。

しかしその後、「タイの英雄」ことチャナティップを獲得し、東南アジアでのコンサドーレの基盤を確固たるものとした。壮大なビジョンを絵に描いた餅で終わらせず、具現化してみせたのだ。

他にもJクラブ単体では異例となる広告代理店(博報堂DYMP)と長期のパートナー契約を締結したり、パリコレで何度もショーを発表しているデザイナー相澤陽介氏をコンサドーレのクリエイティブディレクターに招へいしたりと、Jリーグ界では前代未聞の施策を次々と打ち出してきた実績がある。

こういったイノベーティブな行動原理はどこから来ているか、以前野々村氏本人に聞いたことがある。

自分の人生でどこかの企業に会社員として就職したことは一度もない。Jリーガーの時は1年1年が勝負で、うまくいかなければ契約が切られる状態。失敗したってへこたれずに新しいことにとにかくチャレンジすること、その繰り返しで競争の世界を生き残ってきた。変わらないと生き残れないという人生観は、それこそサッカーが教えてくれたんだと思う。

そんな彼が、就任1年目からどんな「改革案」を出してくれるのか、今から楽しみだ。

野々村氏ならば、このコロナ禍で低迷している日本サッカー界をV字回復させる起爆剤となってくれることだろう。コンサドーレでの9年間で、私たちサポーターに見せてくれた夢や経営実績から、それは間違いないことだと確信している。

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