Zeppアーティストはなぜ改名したのか~里咲りさが「Pinokko」になった理由

Pinokko(提供:HAWHA MUSIC RECORDS)

 アイドルシンガーソングライターとして活動し、2017年9月22日にはZepp DiverCity(TOKYO)でのワンマンライヴも成功させた里咲りさが、2018年4月23日に突然活動名義を「Pinokko」に変更した。

 ……と文章にすると1行の話だが、里咲りさ名義のCDは現行流通分をもって廃盤にするなど、過去の活動を投げ捨てる勢いで彼女は変わろうとしている。そもそも、Zepp DiverCity(TOKYO)でのワンマンライヴを成功させた、いわゆる「Zeppアーティスト」が改名するのはただごとではない。

里咲りさのZepp DiverCity(TOKYO)ワンマンライヴが「伝説」になった理由

 里咲りさがPinokkoとなることに、従来のファンが大きく反応しているとは言いがたい。「迷走」ととらえているファンもいるだろう。

 一方で、OTOTOYから無料配信されたデジタル・シングル「Resuscitation」の収録曲である「Trend」のMVは、すでに13万回再生を超えるなど、これまでのファンとは異なる層にリーチしているのがうかがえる。

 「Trend」のトラックは、打ち込みによる多少フューチャー・ハウスの感触もあるハウスだ。冷ややかなトラックとPinokkoのウィスパー・ヴォイス、そしてスタイリッシュなMVで、彼女はどこへ向かおうとしているのか。

 もう戻れない。過去に決別したPinokkoに話を聞くと、彼女は予想以上の覚悟を語ってくれた。

「おもしろ地下アイドル」で終わりたくない

――今回の改名は、はっきり言うと「地下アイドルからの脱却」なのかと思いましたが、真意はいかがなのでしょうか?

Pinokko  これははっきり言っておきたいんですけど、「アイドルじゃない」とは全然思ってないんです。アイドルって言ってもらえても、アーティストって言ってもらえても、私はどちらでも嬉しいから。ただ、今までの「里咲りさ」からの脱皮みたいな感じで、いいところは残して、ダメだったところは削ぎ落とすみたいなニュアンスなんですよ。大きなステージを目指して、広く伝わるものにしようとした時に、里咲りさをそのまま持って行ける限界がZepp DiverCity(TOKYO)だったんだと思います。神楽坂TRUSH-UP!!(里咲りさ時代のホームとも言うべきライヴハウス)をそのままやったのがZepp DiverCity(TOKYO)だったから。

――「限界」とは具体的にどんなことだったのでしょうか?

Pinokko  もっと正直に話すと、Zepp DiverCity(TOKYO)の後、打てる次の一手がなかなか難しくて。外からは順風満帆に見える部分もあったかもしれないけど、実は最後のほうはいろんな部分でけっこう大変だったんです。それで、ひとつのゴールを迎えてエネルギーもほぼゼロになってるところから、どうすれば新しい力を出してまた頑張れるかということを考えたんです。その結果、ちょっと乱暴に見えたかもしれないけど、「Pinokko」というアーティスト名になる、というカードを切ったんです。「里咲りさ」のファンは悲しいかなって思ったけど、そうしなければあの後きっと何も進歩することができなくて、やればやるほどファンの人をどんどんがっかりさせてたと思うんです。それは避けたかった。今までを否定するつもりは微塵もなくて、むしろ愛着しかないからこそ、終わらせないで続きを作りたくて、Pinokkoをやろうと思ったんです。

――そこまで思い詰めたのはなぜでしょうか?

Pinokko  「里咲りさ」では、現場単位で面白いことだけをやり続けて、数年後を考えずに常にその場その場だけでやってたんですよ。その瞬発力は大事だと思うんですけど、それをやり続けて25歳まで来た時に、「あ、これはもう下降するだけだな」って降りてく階段しか見えなかったんですよ。自分の感覚として、このまま行ったら3年後までは持ったとしても、5年後や10年後はないっていう感じだったんです。だから、25歳のまだ余力があるうちに仕切り直しをしなければいけないと思いました。

――余力があるうちに変わったほうがいいのは確かですが、さすがに突然で戸惑っているファンの人もいますよね。今後の勝ち筋みたいなものはつかんでいますか?

Pinokko  ふふ。

――不敵な笑みを浮かべてますね(笑)。

Pinokko  やっていく中で確実になっていくと思うから、謙虚にひとつひとつしっかり、楽しくやっていきたいです。「Trend」のMVも現時点で里咲りさのどのMVよりも再生されてるし、里咲りさよりも外に届くっていう自信があって。里咲りさ時代のCDは、一番最初のCD-Rアルバム(2015年『THE-R』)は面白いからバンと売れて、そこから売り上げが変わってなかったんですよ。むしろ最後のほうは下がりそうな感じもあったりして。それは「曲がいい」って好きになった人を、私が全部手離しちゃったからなんです。曲がいいから好きになってライヴに行ってみたら、よくわかんないことをやってて、好きになりきれなかった人がたくさんいたみたいなんです。潜在的なファンを取りこみきれなかったという反省があります。もっと数年後を考えてやっていたら、Zepp DiverCity(TOKYO)ももうちょっと余裕で埋まったと思うし、その後も見えたと思うんですけど。なので、ここで体制を含めて仕切り直さなければ、一生「おもしろ地下アイドル」だと思ったんです。もっと歳を重ねたときに、テレビに呼ばれて「おもしろ地下アイドルをやってください」って言われてもできないじゃないですか。そのときの自分に合った仕事をちゃんとできているようにしたいから、そういう部分も頑張りたいと思っています。

――とはいえ、メジャーの名門レーベルからのオファーもあったのに、それを断ったのはなぜでしょうか? メジャーで学んで、インディーズに戻る手もあったのではないでしょうか? 個人的にはそれで安心したかったという本音もあります。

Pinokko  宣伝担当に最適な人がいなかったっていう問題があって。あとは、Zepp DiverCity(TOKYO)でやれたのも、音楽が良かったからっていうより、私がひとりでやってる物語に共感して人が集まった要素のほうが大きかったと思うんです。だから「私のやるべき仕事はなんだ?」って考えたときに、ああいう発表をしたんですよね。

Pinokko「Resuscitation」(提供:HAWHA MUSIC RECORDS)
Pinokko「Resuscitation」(提供:HAWHA MUSIC RECORDS)

MVは基本的にアーティストが歌っていればいいんじゃないか

――改名後初めてリリースした「Resuscitation」から「Good Life/Beautiful」ではなく「Trend」のMVを制作したのはなぜでしょうか?

Pinokko  本当は「Good Life/Beautiful」から作る予定で、次に「Trend」を出したかったんです。照明をきちんと使うMVが作りたかったけれどいいスタジオが見つからなかったので、「Trend」一本に絞ったんですよ。本当は一日で2本撮る予定だったんですけど、それで中途半端になってもいやだし、一本目は「Trend」に集中してやろうと思って。

――「Trend」は打ち込みでクールなサウンドになっていて、里咲りさとは真逆のイメージの曲ですよね。

Pinokko  あれは私の中では「カタルカストロ」(里咲りさ時代の代表曲)と同じ文脈なんですよね。後ろで鳴ってる音の数が少なくて、ウィスパー・ヴォイスを乗せてるっていうのがもともとやりたかったから。これからもウィスパー・ヴォイスは徹底してやるけど、サウンドの方向性は曲によって少しずつ違ってくるかもしれません。弾き語りでやりたい曲の候補もありますし。

――「Trend」のMVの監督は誰なんですか?

Pinokko  主に私の会社主体で作りました。私自身もディレクションに参加してます。編集までがっつり関わったのは初めてで、すごくいい経験でした。会社のチームには、私が生まれた時からどんないいことがあって、どんなつらいことがあって、どういうことが嫌で、どういうことが嬉しかったかを全部話したんですよ。「だから私は今こういうことがやりたい」って言って。

――えらく重いチームになってますね。絨毯の上にトルソーと椅子だけがある思いきった映像にしたのはなぜでしょうか?

Pinokko  今までいろんなMVを撮ってきて、いろんなことをやってみたんですけど、基本はアーティストが歌っていればいいんじゃないかっていうところまで行きついちゃって。一番刺さるのってライブ映像だし、曲をダイレクトに伝えるシンプルな形にしました。あと、一作目なのに変にイメージが付いても嫌だったので、一番シンプルで曲の感じが伝わるものにしようと思いました。本当はもっとアーティスト感を出すために、ギターを弾いてるところとか、ピアノを弾いてるところを入れる案もあったんです。でも、そういうことをやらないところに「らしさ」が出るんじゃないかと。だからといって美術のクオリティが落ちるといけないので、絨毯も絨毯屋さんでチェックして「これだ!」っていうのを借りてきて、椅子もいろんなのから選んで、何かしらトレンドを象徴するものとしてトルソーを置いて美術にしようとしました。白くて広いスタジオで。

Pinokkoがフランスのブランドを着た理由

――結果的にJ-POPのMVの様式とはかなり異なるものになりましたね。岡崎体育の「MUSIC VIDEO」の歌詞のどれにもあてはまらないMVですよ。私はUKっぽいなと感じましたが、Pinokkoさん的にはイメージとして何かありましたか?

Pinokko  洋楽は意識しましたね。ブルーノ・マーズとかチャーリー・プースとか。最近洋楽はシンプルなMVが多いんですよね。J-POPの文脈じゃない新しいことがしたかったんですよ。

――基本的にPinokkoさんが立っているだけのシーンが多いですね。

Pinokko  私、動くと面白くなっちゃうんですよね……。ウィスパー・ヴォイスで歌っているので、激しく動いているはずがないっていうのもあって。もっと撮ったカットはあったんですけど、シンプルさにつながる形でああいう風になりました。ほとんど引きで。

――これまでは情報量の多いMVもあったじゃないですか。そういう作品とは真逆の方向に振りきれましたよね。

Pinokko  Pinokkoっていうのをどう出していくかっていうのを考えた時の答えがあれだったんですよね。私はJ-POPもアコースティック・ギターも好きだし、スピッツやYUIが好きで、テイラー・スウィフトもカントリー時代のほうが好きだし。でも、私の好みより、聴いてる人が寝る前に聴いて癒されるような、自分の声の一番いい音域で曲を作りたいっていうだけだったんですよ。それをどうパッケージしていくかというのを考えた時に、ああいうPinokko像ができあがったんですよね。

――MVで着ている4着のチョイスの理由はなんでしょうか? いきなりお洒落ですよね。

Pinokko  映像を作る時に毎回私が洋服を選んでたんですけど、せっかくいい映像なのに私がテロテロのTシャツとかで出るわけじゃないですか。「どんなに高品質で撮っても安っぽさが出る、それが愛嬌として伝わる人たちはいいんだけど、客観視した時にちゃんと見せられるものじゃないといけない」っていうのを、Zepp DiverCity(TOKYO)後ぐらいに、MVの映像の方や周りの人たちに言われたんです。「里咲さん、あなたはヴィジュアルのエクスキューズがありすぎる!」って。それで真面目に考えたんです。今回はISABEL MARANTっていうブランドなんですけど、そこのお店に行ったらPinokkoとしてイメージしていたものをサポートしてくれるような服がたくさんあって、そこから選んだんですよ。フランスのブランドで、他のアーティストさんが着てなさそうだったし。

企業を相手に仕事をしていきたい

――「Trend」はどういう層に届けたいでしょうか?

Pinokko  音楽好きな人に聴いてもらえたら嬉しいですね。やるからには広く届いてほしいって気持ちはもちろんあるし、とんでもない負けず嫌いなので、メインストリームに食い込む気持ちでやっていきたいです。みんなが歌で癒されたらいいなって思ったり、よりハッピーなことをしたかったりしたのでPinokkoを始めたので、それができたら嬉しいです。

――それはわかりづらいですよ、里咲りさがPinokkoになって「これからは / あたしがTrend」と宣言しだしたとしか思えない(笑)。

Pinokko  あはは、そうですよね。でも、違うんです。メジャーに行かなかったからって同じ物語を繰り返すわけにもいかないから、宣言と受け取ってもらえるのも嬉しいですけどね。会社のあれこれと準備でイベント出演を休んでたけど、イベントもやりますし。今までのいいところは残しつつ、新しい展開を増やしていくっていうイメージです。

――Pinokkoとしてインディーズでもメインストリームに食いこめるっていう算段はあるんですか? 笑顔でうなずいてますけど。

Pinokko  小さなレーベルだけど、企業相手にするお仕事も増やしていきたいです。スポンサードもそうだし、コラボレーションとかでいろんな会社と関われたら楽しいなと。いろんな展開をしていきたいです。

半年後までに勝負をつける

――(『Trend』のYouTubeのコメントを見ながら)すごい、「DAOKOかと思った」って(笑)。最高じゃないですか。

Pinokko  コメント欄は嬉しいですよね。聴いたらほめてくれる人がこれだけ潜在的にいるってことは、もっと聴く機会が増えた時に、好きになってくれる可能性のある人がかなりいるということだと思うんですよ。しつこく売っていって、しつこくいろんなところで流していったら、絶対ヒットさせられるっていう自信があって。今まではいい曲をどんなに作っても「いいものだから売れるでしょ」っていうスタンスだったんですけど、時間をかけて一曲を売っていかなきゃいけないっていうことに気付いて、「Trend」をゴリ押ししてます。とにかくヒットを一曲作りたいな。「Trend」で勝負してます。

――不安で心折れる可能性はないですか?

Pinokko  あったらダメですよ! 半年後までには「Pinokkoがキてる!」っていう雰囲気にしたいですよね。

Pinokko(提供:HAWHA MUSIC RECORDS)
Pinokko(提供:HAWHA MUSIC RECORDS)

私は素敵な時間をちゃんと返せているか

――以前から公言している日本武道館公演はいつになりそうでしょうか?

Pinokko  武道館は「できるときが来たらできる」と思うようになりました。もっと「今」表現できることを頑張りたくて。ごっちんさん(里咲りさのファン。2018年1月26日逝去。大森靖子や水曜日のカンパネラを支えたファンとしても知られる)が亡くなった時に、まさに会社を作るかどうか悩んでいたときだったんですけど、訃報を聞いて「ああ、ひとりひとりの大事な時間とお金を受け取って、私は素敵な時間をちゃんと返せてるか、本気でやれてるか」って自問自答したんです。その次の日に、迷ってる時間が無駄だと思って、会社を作りに行って。そういうこともあって、一秒一秒が勝負なんだと思ってます。「何年後にこうなってたらいいな」じゃダメだなと。今楽しいことをして、今みんなが嬉しい気持ちになってくれたらいいなと思います。

――そのためには今売れる必要がある。Pinokkoさんの考える「売れる」というのはどういうイメージでしょうか?

Pinokko  ちゃんと一般に知られて、長く続けられるアーティストになっていることですかね。そうじゃなければ、ずっと地下アイドルとしてご飯を食べていればよかったわけですから。毎月、めちゃめちゃ稼いでましたもん。でも、それは消耗戦で、長くは続かなかったし、自分のためにもファンの方々のためにも、消耗戦をやめたかったんです。自分が生きているうちは音楽とラジオをやっていたいし、それが誰かの楽しみや希望や癒しになってたらいいなって思います。それを実現するためにPinokkoをやっているんです。どこか企業が付いたんじゃないかとか、事務所が付いたんじゃないかと思ってるファンの人もいるみたいなんです。お金がかかってそうだから。違うんですよ、私の個人的なチャレンジなんです。

――そのチャレンジのために、大金を借金してみた気持ちはどうですか?

Pinokko  きゃー、忘れてたのに!(笑) これで改名のことを語るのも最後にして、Pinokkoとしてヒットを出せるように頑張ります。

――もう改名について語らないんですか。しかも、今「ヒット」の指標は難しいですよね。

Pinokko  そうですね、今はヒットとは何なのかって議論されているし、CDがどれぐらい売れたかっていうのも指標にならないわけですから。アンテナを張ってない人もPinokkoは知ってるっていう状態にしたいですね。