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時代性を越えて、そしてやさしく。 鈴木博文、弦弦管管、澤部渡出演「神保町の三文楽士」レポート

宗像明将音楽評論家
共演するムーンライダーズの鈴木博文とスカートの澤部渡(撮影:山本昇)

「影響を与えた側」と「影響を受けた側」の共演

時代性に左右されない音楽というものがある。そういう音楽は頑固か飄々としているかのどちらかで、時代の変化を乗り越えて生き続けるために、若いリスナーにもしっかり影響を与えることになる。2014年6月7日、神保町試聴室で開催された鈴木博文ソロ・ライヴ「神保町の三文楽士」での、ムーンライダーズの鈴木博文とスカートの澤部渡の共演は、まさにそんな「影響を与えた側」と「影響を受けた側」による幸せな空間だった。

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(撮影:山本昇)

「神保町の三文楽士」の出演は鈴木博文のほか、弦弦管管(鈴木博文、ゴンドウトモヒコ、今泉仁誠、三浦千明)、そしてゲストに澤部渡。このライヴがアナウンスされた瞬間、私はチケットを予約した。鈴木博文と澤部渡の双方のファンだったのはもちろん、澤部渡がスカートとして出演した2011年9月16日の秋葉原3331でのライヴで披露した、ムーンライダーズの「9月の海はクラゲの海」(これはサエキけんぞう作詞、岡田徹作曲の作品だが)のアコースティック・ギター弾き語りカヴァーが素晴らしかった記憶が鮮明に残っているからだった。このふたりが共演したらどんな化学反応が起きるのだろうかという期待は大きかった。

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(撮影:山本昇)

そして、この神保町試聴室での鈴木博文のライヴ・シリーズ「神保町の三文楽士」とは、彼の1993年の傑作アルバム「三文楽士」をもじったものだろう。かつて大谷能生らによって発行されていた音楽批評誌「エスプレッソ」で、1990年代のベスト・アルバムについてのアンケートがあったとき、私は鈴木博文の「三文楽士」を挙げた。当時20代の若造であった私の胸にも深く刺さったアルバムだったのだ。

管楽器のいる弦弦管管とエレキ・ギターのみの澤部渡

ライヴは弦弦管管のステージからスタート。鈴木博文がベース、ゴンドウトモヒコがユーフォニアム、今泉仁誠がガット・ギター、三浦千明がトランペットという編成だ。ゴンドウトモヒコは、Yellow Magic Orchastraのライヴにサポート・メンバーとして参加してきたことでも知られる。最近は日本でも欧米でも、管弦楽器を加えた編成の若手バンドが増えているが、それを意識せずとも呼応するかのような新鮮なサウンドだった。楽曲の叙情性を膨らませるかのような豊潤な演奏だ。

弦弦管管では、今泉仁誠のアラブ風のギターに、鈴木博文のベースが絡んでいくインプロビゼーションのような展開も。今泉仁誠が歌った楽曲は、スパニッシュな感触だった。

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(撮影:山本昇)

そこからゲストであるスカートの澤部渡のコーナーに。MCでは、「鈴木博文さんでよく聴いたアルバムは『石鹸』」「豊田道倫さんのスタッフをしていたときに間近に博文さんを見て、『いいことあるなと』思った」「大学にカメラ=万年筆の佐藤優介が入ってきたとき、ふたりで大学でギターでムーンライダーズを弾いた」と鈴木博文にまつわるエピソードを披露していた。1987年生まれなのに、1990年の作品である「石鹸」を挙げてくるところが、熱心な音楽リスナーである澤部渡らしい。

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(撮影:山本昇)

名曲「ストーリー」から始まった澤部渡のステージは、エレキ・ギターの弾き語りのみによるストロング・スタイル。「さかさまとガラクタ」「アポロ」「すみか」と、スカートの最新作「サイダーの庭」の収録曲が多めだ。特に今夜の「おばけのピアノ」は、声の伸びが鮮やかな歌唱に加え、ギターの演奏もエモーショナルで素晴らしかった。鈴木博文を長年聴いてきたであろう、音にうるさい今夜の客層も納得したのではないだろうか。

シャッフル・ビートやスウィング感に溢れた珍しい「ロック」のライヴ

そして、鈴木博文が参加して澤部渡との共演。ふたりがまず歌ったのはムーンライダーズの「シナ海」だった。1977年のムーンライダーズのデビュー・アルバム「MOON RIDERS」に収録されていた鈴木博文作品だ。「三文楽士」に収録されていた「21世紀の大馬鹿者」は原曲よりも力強い演奏になり、鈴木博文のブルースハープを聴きながら、「三文楽士」の発表から21年も経ってしまったのか……と回想してしまった。ユーモアがあってシニカルで、そこに諦観も混ざる。そんな「21世紀の大馬鹿者」は、「三文楽士」という名盤の最後を飾るにふさわしい楽曲だ。最高である。

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(撮影:山本昇)

さらに再び弦弦管管が登場して、鈴木博文の還暦の誕生日である2014年5月19日に発表された新曲「後がない」を演奏。それを歌う鈴木博文は、まだまだ先がある若々しさだ。ピアノのEKKOを加えて新曲「Flyline」も初披露された。

後がない | メトロトロン・レコード/鈴木博文 | note

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(撮影:山本昇)

さらに澤部渡を招いて、鈴木博文と澤部渡の楽曲を交互に演奏する構成になった。まず「ハル」(スカート『エス・オー・エス』収録)から。鈴木博文が歌う楽曲は澤部渡からのリクエストとのことで、鈴木博文は「声の若さが違う」と笑いながら、澤部渡と33歳差のデュエットも。特に「ぼくは幸せだった」(ムーンライダーズ『月面讃歌』収録)では、ふたりが交互に歌う姿も演奏も熱かった。アンコールは「僕は負けそうだ」(ムーンライダーズ『Bizarre Music For You』収録)。

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(撮影:山本昇)

そして、本編ラストの「月光密造の夜」(スカート『ひみつ』収録)を聴きながら、鈴木博文も澤部渡も分類上は「ロック」なのに、これほどシャッフル・ビートやスウィング感に溢れた演奏のライヴも珍しいと感じていた。ユーフォニアムやトランペットも響く今夜の編成によるライヴは、鈴木博文と澤部渡の楽曲に新しい解釈を与えていたのだ。それが可能なのは、鈴木博文と澤部渡の楽曲の強度が高いからだろうし、そうそう朽ちることのない楽曲を生み出すソングライティングこそ、鈴木博文から澤部渡に継承されたものだったのではないか。管楽器と弦楽器が織りなす新鮮な演奏を聴いた後、軽い昂揚感とともにそんなことを考えた。

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(撮影:山本昇)

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(撮影:山本昇)

ムーンライダーズから継承するもの

2013年12月17日、ムーンライダーズのかしぶち哲郎がこの世を去った。2014年2月8に青山CAYで開催された「かしぶち哲郎さんお別れ会」では、スカートの澤部渡とカメラ=万年筆の佐藤優介が「君には宇宙船がある」(ムーンライダーズ『月面讃歌』収録)を献奏し、澤部渡は「かしぶちさんの曲を歌い継ぎます」と語った。あの大雪の日のことを思い出す。

2014年1月7日、鈴木博文はこうツイートした。

オレはバカだけどやっとわかった。ずっとムーンライダーズの6人に内在して、不在しなかったものは「やさしさ」だったんだ。5人になってもその「やさしさ」は持ち続けていたい。

出典:twitter.com/metrotron_com

澤部渡がバンド編成としてもスカートを長く続けるのなら、鈴木博文との共演を経て「やさしさ」も継承してくれたら。昨年末から「神保町の三文楽士」までのことを振り返りながら、ふとそんなことも考えた。

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(撮影:山本昇)

音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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