Yahoo!ニュース

大森靖子が「本現場」の3日間 恵比寿、下北沢、そして女川のライヴレポート

宗像明将音楽評論家
「大森靖子ワンマンライブ 絶対少女ツアーファイナル『最終公演』」での大森靖子

たとえ好きなアーティストのライヴでも、何日間も連続で見ることはそうそうない。CDリリース週のアイドルでもない限り、だ。

しかし大森靖子は、以前出演するイベントを選ばないと公言していたほど、日本全国で頻繁にライヴをしている。しかも、ファンの側にもアイドルのように「大森靖子TO(トップオタ)」や「大森靖子本現場(大森靖子をメインにライヴへ行く人)」が存在すると見聞きする。

普通は3日間も同じアーティストのライヴを見れば飽きる。しかし、数少ない例外が大森靖子だった。以下は、彼女の活動全体から見ればごく一部にすぎない、3日間のささやかな記録だ。この3日間のイベントの性質はまったく異なり、そのすべてで大森靖子は違ったステージを見せた。

2014年3月14日「大森靖子ワンマンライブ 絶対少女ツアーファイナル『最終公演』」

画像

初日は大森靖子のワンマンライヴ、しかも恵比寿LIQUIDROOMだった。チケットはソールドアウト。入場すると、バーカウンター前のスペースでは色鮮やかな布の塊のようなオブジェがライトアップされており、まるで「ミッドナイト清純異性交遊」のビデオ・クリップに登場する無力無善寺が恵比寿LIQUIDROOMに突然現れたかのようだった。ハンドニットブランド「縷縷夢兎(るるむう)」プロデュースによる「女子の怨念タワーfor大森靖子」だったという。

バンドを従えたツアーの最終公演だったが、冒頭はオケによる「ミッドナイト清純異性交遊」。ファン有志が配布したサイリウムが一斉に折られると、現れた大森靖子はステージに立つのではなくフロアにダイヴしながら歌い、ワンマンライヴはスタートした。波乱の幕開け、というのはこういう状況を言うのだろう。

それが終わると、あっさりとエイベックスからのメジャー・デビューが発表された。そしてフロア脇のスクリーンからは、蒼波純、いずこねこ、緑川百々子、東佳苗、南波志帆、アップアップガールズ(仮)からのお祝いメッセージ映像が。

ステージの幕が開いて遂にバンドが登場したかと思うと、そこもまた大量の布が天井から吊るされた世界だった。

画像

バンドは直枝政広(カーネーション)、tatsu、久下恵生、奥野真哉(ソウル・フラワー・ユニオン)、畠山健嗣(H MOUNTAINS)。2013年のアルバム「絶対少女」でもっとも私が愛聴した「絶対彼女」も今夜はバンド演奏だ。生々しさと優しさとと残酷さが交錯する歌詞に、これは男には綴れないものだと改めて感じる。

直枝政広がバンドマスターを務めた演奏は予想以上に凄かった。何が凄いかというと、大森靖子独特のタイム感の揺らぎに呼応して、さらにその表現を広げる演奏を縦横無尽に繰り広げていたのだ。キーボードのみならずサックスを吹く奥野真哉など初めて見た。久下恵生のドラムと大森靖子だけのパートは、さながらジャズのセッションのようだった。

画像

そしてギター2本のみをバックにした島倉千代子の「愛のさざなみ」は、昭和歌謡とUSインディーロックが融合したかのようなサウンドに。「KITTY'S BLUES」のキーボードには清廉さ、さらには聖母感まであった。「少女3号」にはサイケデリックな感触が加わり、「君と映画」はカントリーロックに。「音楽を捨てよ、そして音楽へ」は、アメリカ南部の匂いがするR&Bなサウンドへと変貌していた。この音楽的な豊かさはバンドでのツアーの賜物だろう。大森靖子はこのバンドでならどこへでも行ける、とすら感じた。

超満員の会場からの歓声に応えて、アンコールは2回。大森靖子は、「○○っぽい」と形容される時期を終えて、これからは他のアーティストが「大森靖子っぽい」と形容されるようなアイコンになるのだろう。そう感じたライヴだった。

画像

終演後、先日テレビ東京の「ゴッドタン」に一緒に出演したグラビアアイドル・塚本舞が来場していたので、大森靖子に「今度塚本さんと『ゴッドタン』に出るよ!」と言ったところ、「何やってんの!? 何やってんの!?」とキレ気味に言われた。

ではまた明日。

画像

2014年3月15日「カーネーション・トリビュート・アルバム『なんできみはぼくよりぼくのことくわしいの?』発売記念トリビュート・ライブ」

スカートの澤部渡とカメラ=万年筆の佐藤優介が発起人になって制作された、カーネーションのトリビュート・アルバムの発売記念ライヴ。出演は、カーネーション、うどん兄弟、大森靖子、カメラ=万年筆、スカート、曽我部恵一、Babi、ブラウンノーズ、森は生きている。その出演者の多さゆえ、ライヴは約5時間にも及んだ。

画像

(写真:じゅんじゅん)

大森靖子は2番手に登場。「あまい」ではアコースティック・ギターを激しく掻き鳴らし、キーボードの弾き語りによるカーネーションのカヴァー「The End Of Summer」では原曲を大胆に崩して歌った。そう、昨日とは打って変わって今日は大森靖子のイベントではなく、多くの観衆にとって大森靖子は「カーネーションの直枝政広がプロデュースしたアーティスト」なのだ。そうした状況の中でも大森靖子は堂々たるものだった。

画像

(写真:じゅんじゅん)

そして直枝政広を迎えて、彼の荒れ狂うかのようなギターのみをバックに、昨日に続き島倉千代子の「愛のさざなみ」をカヴァー。直枝政広の腰にすがって、嗚咽するかのように歌う大森靖子は、昨日よりも情念に溢れていた。

画像

(写真:じゅんじゅん)

2日連続で大森靖子に「また明日」と言って、宮城県女川町へ向かう深夜バスの乗車場所へと向かった。

2014年3月16日「女川町復幸祭2014」

(この日についての記述は「いつかまた、女川で会いましょう。 BiS、大森靖子など出演『女川町復幸祭2014』レポート(前編)」と一部が重複しています)

宮城県女川町にある女川町立女川中学校で開催された「女川町復幸祭2014」に大森靖子が出演することになったのは、直枝政広が希望したものだという。昨日まで2日連続で共演していたカーネーションの直枝政広は、昨年の「女川町商店街復幸祭」にも出演したカーネーションのバンドマスターだ。

そして女川町のステージに初めて立った大森靖子は、まるで女川町という場に立ち向かい、飲み込まれまいと戦うかのような気迫を感じさせた。1曲目の「ミッドナイト清純異性交遊」で登場した大森靖子は、手に女川町のサンマを手にしていて、それをファンに餌付けするかのように食べさせて歓声と笑いが起きることに。大森靖子の出身地である愛媛県のゆるキャラ、みきゃんの着ぐるみも一緒に現れたのだが、中に入っているのは高校時代の同級生だという。こういう意表を突いたスタイルで現れたのは、実に大森靖子らしかった。

そしてアコースティック・ギターの弾き語り。「音楽を捨てよ、そして音楽へ」や「少女3号」、「Over The Party」では激しくアコースティック・ギターを掻き鳴らす。さらに「エンドレスダンス」の静謐さや、「あたし天使の堪忍袋」でのフロアを巻き込んでの合唱は、完全に場を自分のものとしてコントロールしていた。

画像

(写真:フチザキ)

壮絶だったのは「PINK」だ。アコースティック・ギターを掻き鳴らす轟音から歌いはじめ、そして途中ではマイクから離れて狂人のように絶叫する。「私ごときの人間が」と。そこからマイクに戻った瞬間の歓声は、彼女の圧倒的なステージへの讃辞のようだった。

画像

その「PINK」で、「原発のこと」という歌詞が歌われた瞬間の衝撃は忘れがたい。ここは女川原子力発電所が存在する町なのだ。考えてみれば、「音楽を捨てよ、そして音楽へ」にも「放射能」という単語があった。とはいえ、そこに政治的なメッセージはないかもしれない。大森靖子は、女川町でも何ら臆することなく大森靖子だったのだ。私はこの日まで3日連続で大森靖子のライヴを見ていたのだが、女川町での彼女は神がかってすらいた。

女川町でのライヴ映像は以下の動画の「ミッドナイト清純異性交遊」にも挿入されている。2014年3月29日の「加賀温泉郷フェス×音泉温楽コラボイベント 山代音泉ライブサーキット」の映像もあり、大森靖子がビールをかぶり、ファンにリフトされ、なぜかファンがマイクで歌っている光景も必見だ。

そして、「女川町復幸祭2014」のハイライトは不意に訪れた。BiSのライヴを会場前方で見ていたところ、気づくと大森靖子が横に立っており、「リフトして!」と言うのだ。「誰でリフトするのがいい?」と聞いたところ「誰でやったら面白いかな?」と言うので、「一番面識がないメンバーでリフトするのが脈絡がなくて良いのではないか」と私は考えた。一番面識がないメンバーは、必然的に、もっとも最近加入したコショージメグミになる。一緒にリフトしてくれるという人が運良く現れ(荒れ狂うBiSのライヴ中にである)、コショージメグミの自己紹介で大森靖子を2人でリフトした。慌てたわりに大森靖子が軽くて拍子抜けした。

後でその様子を撮影した写真を知人に見せてもらったところ、リフトされて笑顔で手を伸ばす大森靖子と、「コショージ、大森さんだぞ!」と必死に叫んでいる私の顔が写っていた。

14日のワンマンライヴは長丁場だったし、15日も出演時間自体は短いとはいえイベント全体はやはり長丁場。さらに東京から女川町へと移動して16日もライヴだ。大森靖子はタフである。私は疲労と睡眠不足でヘトヘトになっていたが、最後の最後、大森靖子をリフトする体力が残っていて良かった。3日連続で見ても満足できるステージを大森靖子は見せてくれたのだから。

すでに持っている「絶対少女」をまた買って、「なんで?」と笑われながらサインしてもらったのは、そんな3日間の結果、軽く昂揚していたからだった。

音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

宗像明将の最近の記事