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来年のワールドカップ優勝へ脱『ONE TEAM』? 2022年夏の日本代表。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
ラインアウトの練習に励むリーチ(写真提供 日本ラグビーフットボール協会)

 あの『ONE TEAM』という流行語は、もう使われていない。

 ラグビー日本代表のリーチマイケルが明らかにした。

「いま、『ONE TEAM』という言葉は使っていなくて。まずはジャパンのスタンダードをよりよくするのが一番、大事です」

 2019年、ワールドカップの日本大会で初の8強入りを果たした。その折の『ONE TEAM』というスローガンができたのは、2016年秋のことだ。

 就任したてのジェイミー・ジョセフヘッドコーチのもと、選手の国籍、雇用形態がさまざまであるチームがひとつとなるために作られた。

 当時主将だったリーチが今回、さらりと口にした一言に、記者団は反応する。それにはリーチが「(たまたま選手がその単語を口にするのを)聞いてないだけです」。確かに普遍的な『ONE TEAM』は普遍的なスローガンとして、グラウンドの周辺に掲げられたボードに刻まれている。

 とはいえ選手たちは、いい意味であの栄光を過去のものとしていると言えよう。

 日本大会時の体制を引き継ぐ現代表は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う2020年の雌伏期間を経て、2021年は強豪国との対戦で全敗を喫した。

 リーチが話したのは6月8日。2022年夏の活動のための宮崎合宿中でのことだ。

 見据えるのはまず、直近で予定されるテストマッチ。さらに2023年のフランス大会ではないか。

 次のワールドカップに向けては、左プロップの稲垣啓太が別な場所で「(フランス大会では)優勝、したいですよ」と言い切っている。

昨年も代表に選出された稲垣
昨年も代表に選出された稲垣写真:長田洋平/アフロスポーツ

「チームとしての設定を僕が決めるわけじゃないですけど、個人としては優勝したいです。初めからベスト8というのは好きじゃないですし、やるからには勝ちたい。優勝という言葉を軽々しく言えるほど先を見ていないのは事実ですけど、まず、目の前の1試合、1試合を勝ち抜くために、自分の準備をしていく必要がある」

 2022年6月からの活動は、目標地へ向けた滑走路だ。

「ユニーク」な強化方法

 チームは7月9日までにテストマッチ(代表戦)4戦を含む5試合を予定。テーマは、選手層の拡大となる。

 日本大会までは、国際リーグのスーパーラグビーにサンウルブズという日本のチームを派遣。ハイレベルな舞台で、戦法の涵養と戦力の見極めができた。現在は国内リーグワンのみを母体としなければいけないとあり、異なる策が必要とされた。

 そのため5月9日に計63名の超巨大なスコッドを作ったと発表。その大半を5月31日までに本隊の日本代表、予備軍のナショナルディベロップメントスコッド(NDS)に振り分ける。日本代表の34名は宮崎で、追加選手も交えたNDSの34名は大分でキャンプを始める。

 戦法、ゲームプラン、プレースタイルは両軍で共有。途中離脱者に伴う繰り上げは、練習進行上、やむを得ない場合のみにとどめているような。

 ちなみに日本ラグビーフットボール協会の岩渕健輔専務理事は、「(男子15人制日本代表の)予算は過去最大と認識をしています」。サンウルブズという外部団体を使わず、大人数の選手を管理しているためだ。

 ふたつのチームが同時並行に動く状況を、ジョセフはこのように解説する。

「自分たちの形はユニークです。(ワールドカップに向けて)選手層を厚くしなければいけない。怪我で出られない選手がいた場合をカバーするためにも、多くの選手を起用しなければいけない」

選手に指示を出すジョセフ=写真右(写真提供 日本ラグビーフットボール協会)
選手に指示を出すジョセフ=写真右(写真提供 日本ラグビーフットボール協会)

田村優が受けた「ストレート」なフィードバック

 今回、組まれた試合は以下の通り。

6月11日 EMERGING BLOSSOMS×TONGA SAMURAI XV(東京・秩父宮ラグビー場)

6月18日 ウルグアイ代表戦(秩父宮)

6月25日 ウルグアイ代表戦(福岡・ミクニワールドスタジアム北九州)

7月2日 フランス代表戦(愛知・豊田スタジアム)

7月9日 フランス代表戦(東京・国立競技場)

 5つある試合のうち、本隊の日本代表は25日の対ウルグアイ代表2連戦の2試合目から始動する。それまでの2戦はNDSが受け持つこととなり、18日の対ウルグアイ代表の1戦目まででNDSの活動を終わらせる。

 この時点で、NDSから一部の選手が本隊の代表に招かれる可能性がある。いわば「昇格」するかどうかで注目されるひとりが、田村優だ。

オンライン取材に応じる田村(スクリーンショットは筆者制作)
オンライン取材に応じる田村(スクリーンショットは筆者制作)

 現体制下、長らく不動の司令塔だった田村は、5月中旬に別府であったプレキャンプでジョセフと面談。その内容を本人は明らかにしないが、談話に実相をにじませた。

「ジェイミーから僕に対するフィードバックは常に厳しいです。あやふやなところがあったら僕もストレートに伝えて欲しいとは伝えるので、ほぼ直球でフィードバックをくれる。僕は助かります。落ち込むとかは、あまりないですね」

「(具体的なセリフは)言ったら言ったで、それが何かになったら嫌なんで…。ただ、『そんなに言われていないだろう』と思っている人もいるでしょうけど、まぁ、そうじゃないですね」

 かたやジョセフもこうだ。

「彼に一貫性を持っていいラグビーをして欲しい。それができれば素晴らしい選手なのは間違いない」

 6月11日、NDS組にとって最初の試合がある。トンガ出身選手との慈善試合だ。2日前のメンバー発表では、10番をつける田村が向こう2試合で主将を務めることもわかった。

 NDSの堀川隆延ヘッドコーチは説く。

「ジェイミー・ジョセフとコミュニケーションを取りながら、(離脱せずに別府に残った)32名のなかでも、日本代表に近いメンバーをスタートに選ばせていただきました。このNDSの主将を決めるにあたってはジェイミーとも会話をして、最終的に彼のリーダーシップが若いチームには必要、彼の経験値がNDSを戦うなかで重要であると思い、彼に託しました」

 田村自身は、グラウンド内外におけるチーム作りを楽しんでいると話した。

「僕もこの新しいチームのなかでは、新しい選手。一緒に映像を見たり、練習が終わった後に『もっとこうしよう』とコミュニケーションを取ったり、チームが確保してくれた安全な場所へ皆でご飯に行ったり。…まぁ、そんな感じでやっています。はい」

 以後の2試合を通し、このチームの主将は田村が務めることもわかった。

 リーグワン新人賞の根塚洸雅、日本人ロックとして期待される辻雄康が集まる隊列を、「皆、すごいっすよ。アスリートとして優れているというか」と見る田村。「昇格」への意欲について聞かれて「それはあります」としつつ、まずは足元を見つめる旨を強調した。

「どこからスタートするにせよ、大きなゴールがあるわけで。まずはこのチームでできるのは貴重な経験だし、このチームをスペシャルにするチャンスがある。僕は、すごい楽しみです」

「このチームにフルコミットして、僕の持っているものを全部、出す。身体がどうなろうと、全部、出し切ろうということだけです」

ディフェンスで新機軸

 NDSが大分で一体感を作るなか、宮崎組もプレースタイルのアップデートを図る。

 そのひとりは初代表の李承信。おもにスタンドオフを担う。

ボールを持つのが李(写真提供 日本ラグビーフットボール協会)
ボールを持つのが李(写真提供 日本ラグビーフットボール協会)

 同じ位置の田村とは事前キャンプで一緒に動き、「パス、キックのスキル、日本代表のスタイルにあったスタンドオフ(像)」を教わったと感謝する。

「10番(スタンドオフ)だけじゃなくて12番(インサイドセンター)もプレーできるように色んな選手とコミュニケーションを取ったほうが、10番で試合に出る時にプラスになるよ」とも言われたとも述懐。宮崎組に配置された事実を、こう捉えていた。

「試されているのがすごく伝わってきて…。初キャップ獲れるチャンスがすぐそこにある。毎日、チャレンジして、それをものにしたいです」

 長谷川慎が8人一体型のスクラムを、遅れて合流のトニー・ブラウンが攻撃戦術を再インストールする。

 さらには今季就任のジョン・ミッチェルが防御の仕組みをアップデートする。

 ランナーの正面の選手、外側の選手が低く刺さる。相手を掴み上げるチョークタックルを繰り出しているようにも映るが、「1人目が(相手を)倒すのがベスト」とある選手は言う。

 地上戦では、機を見て2人がかりでのジャッカルも繰り出す。機能すれば相手の攻めのテンポを遅らせ、次の防御網の出足を担保できるか。

 キーワードのひとつは「スクエア」。タックラーが相手と正対する意識だ。宮崎組のインサイドセンター、梶村祐介はこうだ。

「相手がボールを動かすなかで身体が外側、内側に向くとアタックをやりたいようにやられる。しでも身体の向きが変わると(ミッチェルに)指摘してもらえるので、選手はそこを(強く)意識していると思います」

 NDSの指導のためにミッチェルと事前に打ち合わせていた堀川は、ミッチェルの防御システムについてさらに深堀する。

「ディフェンスのアライメント(連携)を素早く取るために何が大事か(の考え方)、ラックサイドの(位置取りの)優先順位などがこれまでと大きく違う。それでディフェンスでより素早いポジショニングが取れるようになってきた。目指してきた速いセット、速いラインスピードで、2人で止めるという哲学は変わりません」

フランス代表戦のためのいま

 ふたつのチームを同時並行で動かすことで、既存戦力へ刺激を注入して新戦力も掘り起こす。戦い方にも新機軸を加える。それが『ONE TEAM』というキーワードをさほど用いなくなった、日本代表の現在地だ。

 ジョセフは言う。

「メディアの皆さんは私によくキーワードを求めます。ただそれは、私から発信するものではなく選手から出てくるものだと考えます。新しい選手と新しいチームを作るワールドカップまでの間で、決めていけたらと思っています」

 この夏、最後の2試合の相手はフランス代表だ。来日メンバーの顔触れは未知数も、世界ランクは日本を8つ上回る2位に入る。2023年時のミッションクリアに向け倒すべき相手とも、「模様替え」の最中に戦うにはタフな相手とも取れる。

 ツアー終盤に向けたメンバーの絞り込みに関し、ジョセフはこう言及する。

「(NDSによる)最初の2試合でいいプレーをした選手は、こちらの代表へ来てもらう。対ウルグアイ代表2試合目(宮崎組にとっての初戦)でどんな選手を起用するかは、それまでの2試合を見て判断するものだと考えています」

 きょうからの2試合でのNDS組の奮闘も、起爆剤としたい。

宮崎組。フォワードは練習生を交えて入念にスクラムの形をチェック
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ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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