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日本代表のスクラム博士が…。湯原祐希さん死去。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
2015年の試合前の国歌斉唱時。日本代表として22キャップ保持(写真:アフロスポーツ)

 東芝ラグビー部は9月30日、2011、15年のワールドカップで日本代表だった湯原祐希さん(以下、敬称略)の逝去を発表した。36歳だった。

 湯原は今年から、東芝でフォワードコーチを務めていた。チームスタッフによれば、29日朝、少人数での自主練習へ参加中に突然、倒れて病院へ搬送された。緊急入院も回復が見られず、同日のうち部内で訃報が共有された。発表があって間もなく、何名もの代表経験者が嘘であって欲しいとSNS上で反応した。

『スクラム、どうすか?』『どうって何?』

 心優しいスクラムの博士だった。

 過去の取材音源を振り返れば、当日の試合で組んだスクラムの内部の様子、その都度で変わるルール解釈への見解などを、詳細にわたって解説する湯原の熱量を感じられる。

 スクラムはフォワードが8対8で組み合う攻防の起点。個々の力強さに加え、全体のまとまりや姿勢、ぶつかり合う瞬間の力の放出度合いなどが優劣を左右する繊細な領域だ。最前列中央のフッカーとして組んだ湯原は、その内部における自らの実感、選手同士の駆け引きを詳細に言語化するのだ。

 その知恵の深さは、2015年のイングランド大会での歴史的3勝にも大きく関与した。

 大会を通じて出場機会がなかったため、試合前日はメンバー外になった選手用の練習で汗を流すのが慣例となる。しかし試合後は、主力選手が組んだスクラムについて異なるポジションの選手からも意見を求められたという(敗戦したスコットランド代表戦でスクラムの反則を取られたシーンについて、スクラムを組まないバックスの選手から「どうなっているの?」と聞かれたと自ら証言)。

 大会前に組まれたジョージア代表戦の最中にも、この人の存在感がにじむ出来事があった。

 生前の本人が、当該エピソードの載った記事を読みながら詳しく振り返った。

「山下(裕史=この日、最前列の右プロップとして先発)が(前半34分に)交代した後、(観客先で観ていた)自分を(グラウンドレベルへ)呼ぶんですよ。『何? 何? どうしたの?』と聞いたら、『スクラム、どうすか?』『どうって何?』と。あいつはよく『スクラム、どうすか?』と言うんですが、まずは『よかったよ』と。そう言ったらあいつも安心するし、実際(その日は)スクラム、よかったので。で、さらに『ここをこうしたら…』といったことを言うと、『わかりました』。…で、(話が)チーンと終わるんです。『え、それだけ?』『はい。何すか?』と。スタンドへ戻っていきました」

最後の「取材」は

 強靭さ、手先の器用さにも定評のあった湯原は、2006年から所属の東芝では2019年から選手兼任の形でアシスタントコーチに就任。2020年限りで引退し、フォワードコーチに転身していた。

 東芝のフッカーでレギュラー候補の森太志は、2019年の国内トップリーグのカップ戦期間中に「(チームは)すごくいい段階を踏んでいる。スクラムセッションの熱量が変わってきた」としながらこうも証言。レジェンドの壁の高さを想像させた。

「湯原さんはたまにスクラム練習に入ってくるんですけど、まだ全然、強い。湯原さんが選手兼任(コーチ)になっているのは、僕がいまひとつ信頼されていないからだ(と捉えている)。湯原さんには強烈なリーダーシップがあって、湯原さんがいれば安心だと皆が思っていた。僕が、そう思ってもらえるように、引退しても大丈夫と思ってもらえるようにしたいです」

 筆者が最後に本人にお会いしたのは9月12日。都内で明治大学と慶應義塾大学との合同練習を視察されていた時のことだ。

 終了後、帰路につく方向が一緒だったため、電車内で途中まで雑談をさせていただいた。正式に取材を申し込んだタイミングではなかったため音声などは記録していないが、「選手同士で教えるのより、指導者として教える方がはるかに大変だ」といった趣旨の実感を、ミーティング中やグラウンド内での情景を交え、前向きなトーンで口にされていた。

 これから、コーチとしての声を伺いたかった。謹んでご冥福をお祈りいたします。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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