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日本代表・長谷川慎スクラムコーチが語る、強豪を押すための策とは。【ラグビー旬な一問一答】

向風見也ラグビーライター
(写真:アフロ)

 ラグビーの見どころのひとつはスクラム。フォワードと呼ばれる選手が8対8で組み合うプレーで、観戦者が競技ならではの迫力を感じるシーンのひとつだ。

 スクラムはプレー再開時のボールの出どころにもなるため、競技者にとっては試合の優劣を左右する命綱でもある。

 体格やパワーがものを言いそうな領域にあって、日本代表は低さとまとまりで勝負する。

 長谷川慎スクラムコーチは、背番号1から8まですべての選手の役割を明確化。各々がパズルのごとく組み合わさる。強固な塊を作り、大男の力押しに対抗する。隙あらば、向こうの人と人との間に塊ごと力を加える。一点突破の形で押す。

 2016年秋に就任の長谷川コーチは、2017年以降、日本代表と連携するサンウルブズ(※)でも同じ型を提唱。自ら作り出したスクラムシステムの詳細を、代表選手をはじめとした実力者たちに落とし込んできた。秘伝のレシピを複数のシェフに伝え、誰が調理場に立っても同じ質の料理を出せるようにするイメージか。

※サンウルブズ=国際リーグのスーパーラグビーに日本から参戦。ニュージーランドなどの強豪国のプロクラブと対戦する。

 5月31日、宮崎・シーガイア。サンウルブズの活動を切り上げた長谷川コーチが、27日から始まっていた日本代表合宿へ合流した。6月に組まれるツアーに向け、朝の8時台からスクラムの指導に入る。10時台からの実戦練習でも、スクラムからの攻防を確認した。

 チームは9日、16日にイタリア代表と、23日にジョージア代表とテストマッチ(国際真剣勝負)をおこなう(場所はそれぞれ大分、神戸、愛知)。両軍ともスクラムに注力する欧州諸国のチームだ。日本代表は翌年のワールドカップ日本大会でもヨーロッパ勢とぶつかるため、今度の戦いは本番への試金石にもなる。

「コア(体幹)の短い日本人に合う組み方」を目指す長谷川コーチは、まず初戦のイタリア代表戦へフォーカス。練習後、その一部を明かしてくれた。

以下、単独取材時の一問一答の一部(編集箇所あり)。

――きょうの練習はイタリア代表戦をイメージされていると思われますが、準備内容を読者にお伝えいただける範囲でお願いします。

「組む前、組んだ瞬間、組んだ後。それぞれで何をしなければいけないか(を確認)。多くの選手にとっては(過去の積み上げを通して)わかっていることがほとんどなので、それを思い出させる。スーパーラグビーで色々とやって来たこと(を踏まえ)、イタリアにはこういう風に組む…と。共通認識のワードがいっぱいあるので、それを西川(征克)やアニセ(・サムエラ)とかに言うくらいかな(2人はサンウルブズへ非帯同、もしくは帯同時間の短い選手。合宿参加者のうち同条件の選手には、他に須藤元樹がいる)。代表の選手は、『これをやろう』『これをやらなくちゃいけない』ということは絶対にやる。ふわふわした雰囲気は全然、なく、すごくいい練習ができた」

 スクラムという数秒および数分にわたる勝負を「組む前、組んだ瞬間、組んだ後」に細分化し、その時々の各選手の基本動作を再確認したのだろう。右プロップの座を争う浅原拓真は「イタリア代表は素力が強い。こっちはまずは先手を取って、自分たちのスクラムが組めるように、という感じですね」とのことだ。

 長谷川コーチや選手らは、常に「自分たちの形で組めれば…」と口にする。裏を返せば、相手の圧力や揺さぶり、自軍選手の動作エラーなどで形を崩されると苦戦しがちだ。側面から押すリーチ マイケルキャプテンは言った。

「(提示された)キーポイントをやれば、押せる。キーポイントが一個でもできなかったら…」

 長谷川コーチは今回の合宿で、イタリア代表に「自分たちのスクラム」を乱されずに組むための動作を確認した。本人はその詳細への明言を避ける。本稿の見解として述べるとしたら、勝負は「組む前」から始まっていそうだ。長谷川コーチは続ける。

「組む前、組んだ瞬間、組んだ後。それぞれで何をしなければいけないか。その共通認識をする。(当日の)レフリーと相手を考えたら『これ(この日練習した動作か)』が一番、合うと思っているけれど、試合になったら違う場合もある。そうなったときに、変えられるようになっていくといい」

 現行ルールのもとスクラムを組む際は、両軍が一定の間合いを取り、互いに掴み合い、いよいよ組み合う。組み合う前に余分な力をかければ反則とされるが、実際に組んでいないレフリーがそれを判定するのは至難の業と言える。そのため専門コーチは試合に向け、「レフリー」と「相手」の両方を精査しなくてはならない。

 それを前提としながら、長谷川コーチは「試合になったら違う場合もある」とも話している。レフリーの判定基準や相手の圧力のかけ方が想定外だった場合の対応力も、注視している。

 前者はスーパーラグビーの公式戦も吹く久保修平レフリーを練習に招くことで、後者はサンウルブズでの試合経験を活かして対応するようだ。

――スクラム練習では、久保レフリーと一緒にチェックをしていました。

「僕らがやっていることがレフリーからどう見えるかを、見てもらう。どういうところを見ているのかというアドバイスをもらう」

――国際レフリーにとっての一般論や常識を共有する。

「(頷きながら)これまでは僕の目ばかりで練習していたから、違う人の目を、と」

 ここまで話すと、自らこの日の練習で見られた課題を口にした。実際のゲームでラン、パス、コンタクトと身体を使うなか、スクラムの「組む前、組んだ瞬間、組んだ後」の動作をどこまで徹底できるかについて言及する。

「あとは、ラグビーが入ってきた時に、どこまでスクラムに100パーセントを向けるかどうか。向かないとだめだと思う」

――確かに実戦練習中、自陣ゴール前相手ボールスクラムのシーンでレギュラー組が大きく押し込まれることがありました。

「そういうことは、絶対になくさないといけない。ただ、色々なところでサンウルブズでの経験が生きているなと思います」

――例えば。

「まず、イチからのスタートじゃない。『相手のタイプがこうだから、こう組もう』と話す時、いままでは『こう』を説明するところからスタートだったけど、いまは『レッズ(に近い)』とか『ブランビーズ(に近い)』と言えば、(選手が)『あぁ…あの時に…』『映像を観たら確かにそうだ』『だったら、これをしなくてはいけない』と(容易にイメージしてくれる)。種類(相手の組み方のパターンとその対処法)が、増えた感じがします」

 日本代表はイタリア代表とは2014年6月に日本で対戦。エディー・ジョーンズ前ヘッドコーチが元フランス代表のマルク・ダルマゾスクラムコーチに豊富な練習時間を与えることで、うだるような暑さに苦しむイタリア代表を電車道のように押し込んだ。見事に勝利を飾った。

 当時とは背景や状況が違うが、少なくとも勝負においては当時と同じ結果が求められる。長谷川コーチの繊細な計画立案は、果たして実を結ぶか。「組む前」から注目されたい。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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