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改めて、スピード辞任であることが再確認できる一文。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
現場は必死に戦う。(写真:アフロスポーツ)

 上記は3月下旬に発売の『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』の一部を編集、抜粋、改稿したものである(書籍版には関係者の証言がより多く付与される)。

「今日の振り返りも大事で、今季のネガティブだったことも振り返らないといけない。ただ、きょうは勝利を喜びたいと思います。私の子どもたちがニュージーランドから来ています。そのうち1人はネイピアでバレーボールの試合があるため、ニュージーランドへ帰ってしまった。スナップチャットで、自分がどれだけ喜んでいるかを伝えたいと思います。ハードワークした選手やスタッフとも喜び合いたい。対戦相手のブルーズの選手たちとも交流を図りたい。ラグビーはゲームなので、人との出会いがかけがえのない財産です」

 サンウルブズが発足2季目の2勝目を挙げたシーズン最終戦後、総括会見でこう語っていたフィロ・ティアティアヘッドコーチは、ディフェンスコーチのへリングとともにチームを離れることとなった。2018年シーズンまでという任期満了を待たずに、指揮権を明け渡す。

 代わりにボスとなるのは、日本代表ヘッドコーチのジェイミー・ジョセフだった。このシーズンは、「チームジャパン2019総監督」という肩書きでチームを後方支援。今度は、ナショナルチームの指導との兼務に踏み切った。

「兼任のアイデアは当初(2017年シーズンの開幕前)からありました」

 日本代表候補合宿の最中だった2017年10月2日、辰巳のグラウンド脇のプレハブ小屋で記者会見を開いた。

「ハイランダーズから離れたばかりで日本代表のヘッドコーチ。ここにサンウルブズのヘッドコーチとなると負担が多すぎると思って、了承できなかった。しかし、私はただ勝ちたい。そのためには短期間で選手を育成しないといけず、それには私が関与しないといけない」

 1年目は1勝、2年目は2勝、3年目は大きく踏み出して5勝を狙おう。一部スタッフ間でかような目標設定がなされるなか、12月4日に改めて会見したジョセフは、何と、同じ「5」でも異なる宣言した。

「5位以内」

 指揮官就任を最初に発表した10月の段階では具体的な目標勝利数を公言しなかったなか、突如として大きな目標を掲げた格好だ。その手には、「TOP5 IN 2018」と書かれたパネルがあった。この年から加わるオーストラリアカンファレンスのチームに、サンウルブズは一度も勝っていない。勇敢な挑戦が始まった。

 サンウルブズは、結果が問われている。

 2016年のチーム発足時に「このチームをどう豪華客船にするか、その手腕が問われている」と語っていた田邊淳アシスタントコーチは、2018年時まで連続で参加する唯一のコーチングスタッフとなった。船を沈ませずに来た歴史を踏まえ、こう展望する。

'''「半分沈んだような船が何とか沈まないようにはなった。ただ今度は、(統括団体の)SANZAARに狙われて沈まされるような船になった。これからは標的にならないような船にしていって、最終的に豪華客船になればいいなと思います」

'''

 2023年のワールドカップの開催国を決める投票で、日本協会は2つ持っている票をフランスに投じた。結果的に開催権を得たのもフランスだったが、他の立候補国には南アフリカがいた…。サンウルブズがスーパーラグビーにいられる2020年以降の立場は、平たんにはならなそうだ。

 つまるところ、サンウルブズが2018年のシーズンで結果を残さなくてはならない理由は、ジョセフが「5位以内」という目標を掲げたからだけでも、2019年のワールドカップに勝つためだけでもない、ということだ。サンウルブズが明日を生きるには、次のゲーム、またその次のゲームを制しに行かなくてはならない。

 進化が求められるのは、財務面も然りだ。

 2017年シーズンのサンウルブズでは、初年度より1つ減った秩父宮での平均入場者数が5000人ほどダウン。一方で遠征先での故障者補充などに伴い、移動費や人件費が膨れ上がった。収支を想定より大きく乱した。

 秩父宮でのゲームが6試合になる今季は、現時点でラグビーと距離のあるファンにもサンウルブズを強く訴求したい。そこで渡瀬裕司CEOは、池田純をチーフブランディングオフィサーに招いた。

 池田は2011年に横浜DeNAベイスターズの社長に就任し、ホームグラウンドである横浜スタジアムの運営会社を球団の傘下に置くことで思い切ったファンサービスを実施。2016年の退陣までに球場の集客力を上げ、以前にはない黒字を作った。現在はJリーグの特任理事、大戸屋ホールディングスの社外取締役、さらには日本ラグビー協会の特任理事を兼任している池田を、渡瀬は自身とほぼ同列の位置に据える。ファン獲得へのかじ取りをほぼ一任しそうだ。

 2017年11月22日に都内で会見した池田は、キッズスペースやバーの併設された秩父宮の未来予想図を「青山ラグビーパーク化構想」として紹介した。ここで本当に説明が求められるのはこの「ボールパーク」の実現に必要な予算の捻出方法と超えるべき障壁の有無などだろう。もし実現が叶ったところで、芝生の管理が従来通りなら選手の満足度は伴わない。

 ちなみに2018年春の時点で、秩父宮の所有権は日本スポーツ振興センターにある。DeNAを母体とするベイスターズが横浜スタジアムを盛り上げるよりも、スケールの大きなチャレンジが待っていそうだ。

 サンウルブズは、日本大会が閉幕する2019年以降も日本ラグビー界の価値を高める存在であるべきだろう。池田が目指す「ラグビーパーク化」も、その志をもとに出されたものだ。

 ただし日本大会後最初のトップリーグが開幕するのは、2020年1月となる。2021年以降のトップリーグの日程も同様になりそうで、2019年に向け減少の一途をたどる試合数も上昇の見通しか。もし本当にそうなれば、今後はトップリーグのシーズンがスーパーラグビーのシーズンとほぼ重なる。

 トップリーグかスーパーラグビーのどちらかでしかプレーできないとなれば、トップリーグから選手を集めた従来の方式にはピリオドが打たれる。そこでサンウルブズに在籍する選手は「サンウルブズにいないと日本代表に入りにくいという形になるのがいい」と強調している。ただし社員採用もあるトップリーグのクラブよりサンウルブズを選びたいという若手を増やすには、条件や福利厚生などの見直しは急務だろう。

「サンウルブズとトップリーグの両方を盛り上げないといけない」と話すある日本協会理事は、あくまで仮の話としてこう展望する。

「サンウルブズを怪我などで抜ける選手がもともと所属していたトップリーグのチームへ戻れるようにするなど、新しいルール作りが必要かもしれない」

 アマチュアリズムとプロフェッショナルの新たなすみ分けの形が提示されたら、内容次第では各競技団体の参考例にもなり得る。スポーツ界をリードしうる可能性が、目の前にある。

 芝の上にもオフィスのテーブルにも、困難で楽しいミッションが転がっている。

 同書が発売されて間もなく、池田氏の日本ラグビー協会特任理事辞任が報じられた。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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