Yahoo!ニュース

「噛みつけ」に騒然? メダル王手のリオ五輪男子7人制日本代表、徳永祥尭の「知」【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
4月のシンガポールセブンズで国際レベルの7人制を初体験。(写真:Haruhiko Otsuka/アフロ)

あと1つ勝てば、メダルに手がかかる。

リオデジャネイロ五輪で初の正式種目となった7人制ラグビー男子の部で、日本代表が準決勝進出した。日本時間12日未明の当地デオドロスタジアムで大会3日目に挑む。強豪のフィジー代表との準決勝に勝てば銀メダル以上に確定、もし敗れても3位決定戦に勝てば銅メダルを獲得できる。

この競技の年間世界一を競うサーキットであるセブンズワールドシリーズに常時出場するコアチームからは昨季、降格していた。それでも予選プールC初戦で優勝候補のニュージーランド代表を破ると、全員でスペースを共有しながらのボールキープ、ランナーを挟み撃ちにする組織防御を駆使。着々と白星を重ねていた。

ここから先。求められるのは、登録全12名での総力戦か。

15人制の東芝監督としてトップリーグ2連覇を果たした瀬川智広ヘッドコーチのこと。桑水流裕策キャプテンやラッキーボーイの後藤輝也ら、好調な主軸を重点的に起用してゆくだろう。「調子がいい人を引っ張る」もまた、勝負論における正解でもある。

それでも、3日間で6つの真剣勝負をおこなうキャンペーンは最終日を迎えている。個々に疲労はたまっているはずだ。有事に備えた控え組のパフォーマンスが、勝敗を分けることもあろう。その意味では、総力戦の趣きも薄くはならない。

有事での躍動が期待される1人は、徳永祥尭である。身長185センチ、体重100キロの23歳で、今大会での先発は予選プールC最終節のケニア代表戦のみと、出番は限られている。もっとも昨季は、関西学院大学から瀬川ヘッドコーチの在籍した東芝入り。開幕からナンバーエイトとして先発出場を重ね、密集戦への絡みつきやタックルで魅せていた。

ブラックジョーク?

ニュージーランド代表との初戦を前に、日本のテレビ局が選手への応援メッセージを紹介。「東京都 20代 男性」の伝言を、司会のアナウンサーが弾む声で読み上げる。

「メダルに、噛みつけ!」

これまで、五輪の表彰台でメダルをかじるオリンピアンは数知れず。スタジオもその流れを受け、このメッセージを紹介したのだろう。

もっともその放送を観て、少なくないラグビーファンは騒然とした。決していぶかしがったわけではなく、やや驚いて「これ投稿したの誰www」と書き込むネットユーザーもいた。

無理もない。2015年12月12日、東京・秩父宮ラグビー場。東芝とパナソニックがトップリーグの第5節をおこなった日のことだ。

激しい肉弾戦の末、結果は17―17とドロー。結果的にプレーオフ決勝もこれと同カードとなるなど、以後のシーズンの盛り上がりを期待させたのだが、東芝の背番号「8」をつけた徳永は、その後、戦列を離れることとなる。

後半20分の肉弾戦で、パナソニックのフランカー劉永男の上腕に噛みついたためだ。

その日はおとがめなしに終わったが、6日後、日本協会から「スポーツマンシップに反する行為」をしたとして6試合出場の停止処分を下された。事実上、そのシーズンを棒に振ったのだ。

本人にとっては、うんざりする事例だろう。それでもかくいう事情から、徳永と「噛む」という行為の関連付けはブラックジョークと映ってしまうのだ。

考えながら、激しく。

あの頃のスポーツ各紙は、ボクシングのマイク・タイソンなど、試合中に歯を出したアスリートと徳永を並列。やや苛烈な表現でニュースを伝えた。

もっともこのシーンについて、東芝の冨岡鉄平監督(現ヘッドコーチ)は言い切る。

「悪いのは、徳永です。これから何があっても東芝は反応を示さないですし、裁定にも文句はない。ただ、あれはただの報復行為ではないし、クレイジーな奴がただ噛んだというわけではない。その辺は、監督として言ってあげなければいけない」

この日のパナソニックは、上腕で東芝の強力な選手を締め上げるよう意識していた。接点で絡む相手をスムーズに引きはがすことで、その後の攻防を滑らかにしたかったからだ。先発のほとんどが、海外リーグや国際舞台でのプレーを経験しているディフェンディングチャンピオンだ。手加減はしない。この日の担当レフリーにとっても、合法的な範囲でプレーが進んでいたように映った。

一方、東芝には「首を締められている」と感じた者もいた。だから東芝の関係者は、劉の同種の防御から身を守るべく、つい、許されぬ行為に手を染めたのではと徳永を慮った。パナソニック陣営からも、「出場停止はかわいそう」との声が漏れた。

「この件についてはしゃべるな。上の方からそう言われています」

納得のしづらい事案について、当の本人はただ毅然と振る舞う。時はパナソニックとの再戦を控えた頃。自身の代わりには同期の山本浩輝がレギュラーを務めていたとあって、心中は穏やかではなかろう。

それでもこの人は、どんな状況でも何かを吸収しようとしていた。それどころか、自分のもうひとつの強みをナチュラルに明かした。

「練習ではBチーム(控え)に回るので、相手を仮想した動きをすることが多い。そうしていると、『○○(ライバルチーム)』のディフェンスはこういう所に空きやすい(スペースができる)、ということがわかる。勉強になります」

そう。激しさと並ぶ徳永の良さには、研究熱心さがある。そもそもレギュラーを掴んでいた頃も、冨岡監督からはその潜在的な資質を買われていた。

東芝の徳永と同種のポジションには、ワールドカップイングランド大会の15人制日本代表でキャプテンをしたリーチ マイケルがいる。突進力やタックル、スピードなど多彩な魅力を持つ才気についても、徳永はこう口にしたものだ。

「ラグビーの全体の流れをわかっている。ディフェンスの時、僕だったらラック(接点)の付近に寄ってしまうところ、マイケルさんは『外』で待つ。そうしたら相手がその『外』へボールを振って来て…という感じ。無駄な動きをせずに、自分の最大の力を発揮しています」

古今東西、出世する選手は、神の細部を見損なわない。

「徳さんがそんなことを」

考えながら、激しく。広いスペースを少人数でカバーする7人制にこそ求められそうな理想像を、徳永は描いているのだ。桑水流キャプテンら主力格の良さ、瀬川ヘッドコーチのリクエストも、もうこの人なりに咀嚼していよう。

出場停止処分が発表された際には、学生時代の仲間から「徳さんがそんなことをするはずがない」との声が漏れた。

当時はチームメイト皆に謝ったという当の本人も、活字で表現されたリリースはとっくに相対化している。

<JAPAN 3 YOSHITAKA TOKUNAGA>

表彰台に呼ばれたら、ジョークでも比喩でもなく宝物に噛みつく。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

すぐ人に話したくなるラグビー余話

税込550円/月初月無料投稿頻度:週1回程度(不定期)

有力選手やコーチのエピソードから、知る人ぞ知るあの人のインタビューまで。「ラグビーが好きでよかった」と思える話を伝えます。仕事や学業に置き換えられる話もある、かもしれません。もちろん、いわゆる「書くべきこと」からも逃げません。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

向風見也の最近の記事